アンソニー王子2

「秘密は厳守とくれぐれもな、うまく話してくれ」

「はい、もちろんです。きっと、力になってくれるはずです」


 きっぱり言い切ったニーナに、スザンナはちょっと面白いものを見たように笑ったが、ここでは何も言わなかった。


「あとはアンソニー……ややこしいからここでは本名で呼ぶわね。サムには、くれぐれも気づかれないように気を付けて」

「……はい」


 アンソニーの影武者役を務めるのは、サム・マルタン。父親に認知されていない為、そのように名乗っていはいるが正式にはサム・マルタン・キンバリー、例のキンバリー辺境伯の息子である。

 バートンにとっては半分血の繋がった弟ということだ。


「これ以上、あの一族に権力を持たせるのは好ましくない」


 このままアンソニーが死去でもすれば、例え影武者といえど王太子の存在をなかった事にはできない。なにかしら手を打つにしても、その交換条件にキンバリー辺境伯が何を要求してくるかわかったものではない。

 もともとアンソニー王子の影武者を立てようと提案してきたのはキンバリーだった。

 当時は、とにかく誰もが混乱していて、一刻も早く事態を解決しなくてはならなかった。ましてや王太子謀殺説でも出ようものなら、いらぬ憶測に王家はもちろん臣下や市民にまで混乱は波及するだろう。

 そして、アンソニーが回復するにしても、そのまま亡くなったとしても、影武者は一時的な措置のはずであったのだ。そう、結果はそのどちらでもなくアンソニーは命を長らえ眠りについた。

 

「それでも早急に事実を明かしていれば、ここまで拗れることはなかっただろう。思い返しても腹立たしい、陛下はあのキンバリーめの口車にまんまと乗せられてしまったのだ」

「……お父様も、しばらくは平静ではなかったのでしょうね。けれど、今更です」

「そうね、ニーナの言う通りだわ。ともかく、一番いいのはアンソニーが回復することね」


 もちろんそれが叶ったとしてそう簡単なことではないだろう。なにしろ、サムは十年以上王太子として過ごしてきたのだ。事情を知らぬ者にとっては、彼は間違いなく本物だろう。


「サムが性格上、表舞台に好んで立たなかったことは、この際は幸いだった。陛下もその辺は考えていたのだろうな、それにかこつけて内外共に極力外に出すことはしなかったのだからな」


 キンバリー辺境伯の陰はちらつくが、すべての事象が意図的だったという確たる証拠もない。たまたま王太子が怪我をしたとき、たまたま年頃が似た認知してない息子がいたので、事態が収まるまで事故を隠すために一時的に影武者として置いた、だけなのだ。

 三人は額を突き合わせて難しい顔をしたが、しばらくしてスザンナが苦笑するように破顔して頭を上げた。


「……と、ここまでにしましょう。お客様をいつまでも待たせるわけにいかないし、ニーナも準備があるでしょう?」

「そうだな、今日は晴れの日だ。こんな時だが、楽しんでこい。キンバリー辺境伯には、引き続き私たちも目を光らせておこう」


 そう言って、ニーナは追い立てられるように部屋から追い出されてしまった。

 そうはいっても、気分はなかなか晴れないし、その楽しむべき場所に、バートンが招待されていることもニーナを気鬱にさせる原因でもあった。

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