帰還への道筋2
今回は、自分の意思で元の世界への帰還を試みることになった。
――ぜんぜん自信ないんだけど。
リンが先導する形で、うまく力を引き出してくれるとのことだ。まあ、ダメなら普通に一人ずつ運んでもらうしかないんだけどね。
ちなみにリンたちが「異界渡り」と呼称しているこの能力は、僕の念写と同じで異能とされており、鑑定などでスキルや魔法として普通に表示されない種類のものだ。
「いいこと? 貴方のその能力は、周りも同時に巻き込んでしまうの。だから、ちゃんと意識して。自分の指定した範囲を限定し、コントロールをすることを」
リンの場合は、基本的に自分を運ぶだけの空間転移という能力らしく、辛うじてその身に持っているもの……せいぜいが人ひとり分くらいまでの質量を移動させることしか出来ないらしい。僕の能力とは、質が違うというということだ。
「これからは魔法でもスキルでも、範囲を指定する種類のものを、意識して使うようにするといいわ。とにかくコツを掴むのが大切よ」
同じ魔力を使うという点で、範囲魔法のコントロールや、基本の魔力操作の精度を上げることでも応用できるだろう、とお婆様は補足した。
巻き込んで転移――、という事項で僕はちょっとだけ引っかかった。
以前、学園のキャンプ地で異界へ紛れ込んだ際に、幻獣が発生して大騒ぎになった事件があった。
あれって、もしかしなくても僕のせいだったりした!?
ええええ……、なんてことだ。不幸中の幸いは、あの時の一番の重傷者が他ならぬ自分だったことだ。
無意識だったとしても、大変なことをしてしまっていた。
お婆様の言うように、もっと範囲魔法や魔力操作の訓練が必要かもしれない。無意識ならなおさら、僕はたぶんもっと実戦を積むべきなのだ。
巻物を使ってしか魔法を使えないせいで、ついつい億劫になってしまい、後方専属みたいになっていたことは否めない事実なのだから。
「大丈夫よ、きっと出来るようになるわ……」
その先、何かを言おうとしてお婆様の唇が動いたような気がしたが、すぐにリンに向き直り「頼むわね」と話しかけていた。
そろそろ出発だと感じたのか、カエデは母親の下へと駆け寄りギュッと抱き着いて「行ってきます!」と元気に別れを告げた。アリソンさんは一度噛みしめるように唇を結び、すぐにそれを笑みに塗り替えると「いってらっしゃい、あまりリュシアン君を困らせないようにね」と苦言を交えて送り出した。
「いつまでも子供扱いはやめてよ。それに、リュシアンは皇帝陛下からだって守ってくれたスゴイ人なのよ! 大丈夫、心配しないで」
大丈夫、それはまるで自分に言い聞かせるようだった。
カエデは母の腕から飛び出し、僕の隣に戻って来ると「ね!」と、同意を求めるように両手を掬うようにして手を繋いできた。
いきなりのことで驚いたけれど、僕は笑って「もちろん」と頷いた。
素直に返されるとは思ってなかったらしく、カエデはテンションに任せて握った手を慌てて離そうとしたが、それを僕の方からちょっとだけ力を込めて握り返した。
「心配しないで。僕だけじゃないよ、向こうではたくさんの友人ができるから」
強く繋がれた手をもう一度確認したカエデは、心なしか紅潮した頬を緩ませて「うん」と頷くと、ようやくはにかむように笑った。
遡れば同じルーツにたどり着く血縁だと聞いたせいか、なんだかカエデには妹のような愛しさを感じる。まるで繋ぎ合った手から温かいものが流れてくるようだ。
「……あら、ずいぶんと魔力が安定してるわね。この分ならきっとうまくいくわ。落ち着いて、目をつぶったほうがいいわね、肝心なのはイメージよ。場所、人物……何でもいいわ」
いつの間にかリンは麒麟の姿になって僕の横に立っていた。お婆様はフリーバックから淡い青色のストールを取り出すと、そっとカエデの頭にかぶせた。
「リュシアン、行くよ。ボクの身体に触れて、その方が導きやすいから」
カエデの手を、確認するようにギュッと繋ぎなおした。
ペシュを襟の中に仕舞い、チョビがしっかりとしがみついていることを確認して、後ろに控えるゾラに目配せを送る。ゾラは静かにうなずくと、僕の肩に手を置いた。僕がちゃんとコントロールできるようになるまでは、身体に触れていてくれた方が安心である。
そして、準備が出来たことを知らせるようにリンの背にそっと手を乗せた。光沢のある彼女の鱗は少しひんやりとした感触だったが、ずっと触れているとなぜか温かく感じて不思議な手触りだった。
「ボクは最初の道しるべを示すだけだよ。帰りたい場所、又はその対象を強くイメージして。絶対に他に気を反らしちゃだめだよ」
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