幕間 いざクエストへ

 村の事はアリソンさんに任せて、僕達は再び湖を訪れていた。乙女のお膝元であるダンジョンに潜る前に、一言挨拶したかったのと、もう一つ、ディリィという人物について聞きたかったからだ。

 カエデが言うように、その名前がコーデリアの愛称だとすると、もしかすると僕の想像どおりの人物である可能性があるのだ。

 けれど、残念ながら湖のほとりに立っても乙女は現れなかった。

 向こうから出てきてくれないと、こちらからどう呼べばいいのか皆目見当もつかない。仕方がなく、僕達はダンジョンの入り口の方へと向かった。


「ここよ、この洞窟の先がダンジョンに繋がっているのよ」


 カエデが手を掛けているのは、大人なら身体を屈めないと入れないような小さな入口であった。


「わかったよ、ありがとうカエデ。あとは僕達で……」

「何を言っているの、私も行くわよ」

「え……? あ、でも」

「忘れてるかもしれないけど、私だって冒険者なんだし、何よりこれは私の問題でもあるのよ」


 それはそうなんだけど。以前、武器は見せてもらったけど実際の戦闘は見たことがないし、そういえば、ゾラの戦闘スタイルもあらためて聞いたことがない。まあ強いだろうことは想像がつくので問題ないとは思っていたわけだけど。

 ゾラは冒険者ではないが、助っ人として傭兵のような人材を雇ってはいけないという決まりはない。ただし、ランク査定には影響するので、昇級を狙っている冒険者は部外者をパーティに入れることは少ない。

 ちなみに傭兵と冒険者の違いは、すごく大雑把に分けると戦闘対象が対人か対モンスターかである。そしてどこかの国に雇われることが多い傭兵に対し、冒険者は基本的に国家間の戦闘に参加することはない。

 もちろん高ランクの冒険者を抱えていることは、その国にとって利益でもあり、体よく爵位でも与えれば国家に引き入れることも可能なので、有能な冒険者は優遇されることが多いのも事実だ。

 

「えーと、じゃあ……あらためて、カエデの戦闘スタイルを教えて。前に見せてもらった暗器がメインってことでいいの?」

「そうね、アレはどちらかというと近づけない時のセカンドウェポンかしら」


 袂からするっと取り出したのは鉄扇。一見、漆塗りの美しい扇に見えるが、近くで見るとちゃんと金属である。どうやら直接叩くというより、躱したりいなしたりするもののようだ。僕の革の籠手の性能に近い。


「で、やっぱりメイン武器はこれよ」


 扇を片手でパチンと閉じて、素早く突き出したのはなんとナックルを付けた拳。

 聞くと、身体強化系のスキルを複数持っており、機敏(身躱し)の数値が異様に高い。やっぱり文句なしの前衛だった。鉄扇で払った後、すかさず間合いに入って刺すようにパンチ! ……だね。


「……ま、魔法は?」

「使えるわよ。でも、私の場合は生活魔法しか使えないわ。属性は四つあるんだけど、魔力が少なくてね。だから戦闘には向いてないのよ」


 生活魔法! もちろんすごく興味が沸いたが、今は取りあえず戦闘能力である。


「回復魔法は? 使える?」

「そうね、水の属性があるから、初歩のキュアドロップくらいなら」


 キュアドロップ、これは風魔法のヒールと同義の魔法である。属性の違いがあるだけで、効き目はほぼ変わらない。回復魔法が使えるのは、かなり大きい。


「わかった、じゃあ一緒にいこう」

「そうこなくっちゃ」

「そうそう、分かってると思うけどダンジョン内の水は飲んじゃダメだからね」


 乙女は湖のほとりの湧き水を浄化しているので、ここへ滲みてきている水も浄化されている可能性もあるが、大事を取って水を飲むのは控えるのが良いだろう。

 アリソンさんによると毒の目処は、おおよそ想像がついているらしい。ただ、分かってはいても解毒が難しい代物だというのだ。

 彼女は、出張所で販売している薬のほとんどを自ら作っているので、薬草などには詳しい。そもそも彼女がクエスト受注を任されているのは、ごく低いレベルとは言え鑑定のスキルを持っているからだ。高レベルの鑑定は、鑑定料を取って巻物を使うという形を取っている。

 もちろん毒そのものを見たわけではないので断言はできないが、湿度の高い岩場にしか生えない毒草ではないかと推測していた。非常に珍しいもので、万能薬の材料の一つでもあるらしい。

 この辺で採取できるのはソナ瀑布の滝壺周辺。美しい白い花を咲かせることから、女神の名を取ってソティナ草と呼ばれるそれは、採取場所が聖地でもあることから年に数回の解放日にのみ採取できる特別な代物だった。

 普通なら市場に出回ることのないソティナ草であるが、カエデの祖父にそうではないかと聞いたアリソンさんが独自に調べ、ほぼ間違いがないと結論つけた。この毒は、遅効性でさらに水に溶けた後なんの処理もしなければ数時間で毒性を失うことから、証拠が残りにくいという利点があった。


「それじゃあ、改めて調査の必要はないの? 毒はもうわかってるんでしょ」


 話を聞いたカエデは、拍子抜けしたようにダンジョンの入り口を見た。


「わかってるからこそだよ。できれば毒が残っているうちに、ダンジョンに生息する薬草をいくつか持って帰りたいんだ」

「薬草……でも、このダンジョンには大したレベルの薬草はなかったと思うけど」


 カエデは何度か母に連れられてこのダンジョンを探索したことがあるので、内部に生息するモンスター、薬草、鉱石は大体わかっていたが、ダンジョン産としてもここで採取できる品物は、ドロップ品を含めて大したレベルではなかった。


「もしソティナ草が原因なら、解毒には特別な薬が必要になる。でもね、それは特別な薬草ってわけではなくて……」


 村長さんが帰った後、アリソンさんは僕がフリーバッグを持っているのを知って、ぜひとも依頼を受けて欲しいと頼んで来た。もとより断る気はなかったので、僕は二つ返事で了解して冒険者として正式にクエストを受けることになった。カエデにも言ったけど、これは僕にとっても関係のない話じゃないしね。

 こうして、奇しくも異界に於いて僕は初のクエストを受けることになったのだが、まさか冒険者としての一歩をこんな形で歩み出すとは夢にも思わなかった。 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 いつもお読みくださりありがとうございます。

 異界編での9章も幕間を迎え、次回からは10章に突入します。まさかのゾラ、カエデ、リュシアンというパーティでのダンジョン探索です。このダンジョンではリュシアンには色々なことがあるわけですが、ここでしばらくのお休みに入らせて頂きます。

 数週間ほどになりますが、本職に加え、こちらの追い込み作業がありまして、更新が出来そうにありません。出来るだけ早く再開できたらと思っておりますので、その際にはよろしくお願いします。


※当然ながら、もう一つの作品の方もお休みですが、まだの方はよかったら!

「憑依で最強!?その能力(チート)お借りします!」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883544542

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