名前

 要するに、乙女の条件には村人たちの改心が絶対条件になっているのだ。

 出来ることなら、何もかもをうやむやにしたであろう村長にしてみれば、厄介な条件である。


「な、なにを……お前、適当なことを」

「適当なんかじゃありませんよ、村長さん。彼は、私よりも精霊を力が有ります。たぶん本当の事だと思いますよ」


 反射的に嘘だと決めつけた村長だったが、それはアリソンさんによってすぐさま肯定されてしまい、鯉のように口をパクパクさせた。


「なん、だと。そ、なるほど……そうか、そのナリで冒険者というのはおかしいと思ったんだ。エルフで、しかも巫女の力の持ち主か……」


 村長は思わず僕を二度見したが、しばらく思案気に俯いて何やらブツブツと呟いた。その際、謎の沈黙があったが、最後にポツリと「これは、あるいは」と小さく頷いて顔を上げた。


「……わかった。取りあえず、村の者にはそのように伝えておく」


 乙女の代弁者の存在に、さすがに分が悪いと思ったのか村長はやけにあっさり頷いた。その後、始終ちらちらと僕の方を盗み見る視線に多少嫌なものを覚えたが、とにかく条件が通ってホッと一息つくことができた。

 最終的に村長がギルドへ申請したクエストは、ダンジョンの浄化の一件のみ。そして報酬も村側が出すと言った。

 また村では会議を開き、井戸の見張りを行うこと、実行犯はその場で拘束する旨約束させた。ある意味、これは神殿、教会に対しての反逆だが、乙女の怒りが解かれれば加護といかないまでも身の安全が保障されると見込んでのことだろう。例え神殿の人間が何かしてきても、乙女の不可思議な力で守られるのだと信じたのだ。

 建前として、乙女は教会が祀る女神と同列の存在。もし乙女が村人を守れば、公的にも教会は村に手出しすることが出来なくなるのだから。

 まったく調子のいいことである。

 もちろん乙女に心から謝罪し、悔い改めることが条件だ。その第一目標として、村人総出で犯人を見つけようとなったのである。この場合は実行犯を、だ。

 アリソンさんも、村長と物別れするつもりはなかったので、今回のことにひとまず安心した様子である。

 もとより行く当てもなかったカエデたち家族を迎えてくれた村でもあったし、もともとこの辺り一帯はティファンヌ領地内で、自分たちの故郷なのだから思い入れも一入なのだろう。


「ダンジョンは浅いので、僕達だけでも大丈夫だと思います」


 村長が帰ったあと、これからのことをみんなで相談した。乙女に頼めば浄化は可能だが、あくまで村が行うことという条件があるので、村の雇った冒険者がダンジョン内の汚染を調査する必要がある。


「リュシアンって、本当にお人よしね。この村の事なんて、貴方には関係ないのに」


 カエデとゾラは、まるで忍者が隠れ蓑で身を隠していたかのように壁から現れ、今はシレッとテーブルでハーブティを飲んでいる。ちなみにゾラは、村長の暴言にカエデが暴れ出しそうになるのを何度も止めたらしく、ちょっとだけ疲れた顔をしていた。

 カエデって割と直情型だよね。


「それは違うよ」


 僕だって、そんな何でもかんでも首を突っ込まないよ。そう言って首を振った僕に、かなり疑わしそうにこちらを見たゾラの視線がチクチク刺さった。

 いや、ホントに今回は違うから!


「関係なくはないと思うよ。だって、乙女は僕のこと知ってたし……」

「えっ!? そうなの、でもリュシアンってこっちの人じゃないでしょ?」

「そうなんだけどね、どうも彼女は僕の知り合いから聞いたらしいことを……あ、いや、僕にも会ったことがあるって言ったかな」


 そう例の湖で……あのキャンプ場で垣間見た湖がここなのだとしたら、知らないうちに邂逅していたのかもしれない。


「……? よくわからないわね」

「ごめん、僕にもわからないんだ。ただ、彼女が言っていたディリィという名は、ある人の口からも聞いたことがあって気になっているんだ」

「へえ、ディリィ。ディリィね……愛称かしら? だとすると、えーと……そうね、コーデリアかしら」

「……あっ!」


 カエデが何気なく呟いた言葉に、僕は思わず椅子から立ち上がっていた。

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