やるべきことは

 先ほどまでは気が付かなかったが、たくさんの馬車が置かれた広場から、ざわざわと人々の戸惑うような声が聞こえてくる。

 馬車に隠れながら移動して奥を覗き込むと、大勢の人達がなにやら揉めているようだった。


「いきなりそんなことを言われても……神殿に送る荷物もあるんですよ」

「全てだ、例外はない」


 商人らしき大きなリュックを抱えた男や、いかにも買い出しにやって来た子供連れの女性などそれぞれ立場は違うが、なにやら困ったことになったのか大勢の人が困惑したようにたむろしていた。

 馬が繋いである水飲み場の近くに居るのが乗合馬車の主人のようだが、商人風の男に受け答えしていたのは違う人物だった。何というか、態度と口調がひどく横柄で尊大な男だった。


「……馬車が出ないらしいね」


 聞こえてくる話をまとめると、どうやらそういう事らしい。ゾラは油断なく背後を確認しながら、僕のすぐ後ろで身を屈めていた。カエデはというと、じっと騒ぎの方を見つめており何かを確認している様子だった。

 そしてたっぷり数分後。


「あの男……私、知ってる」


 どこか忌々しそうな声でカエデが呟いた。


「まだこの町に居たのね。たぶん間違いないわ、私を迎えに来た男たちの中でやたら威張っていた男だわ」

「あ、じゃあ、例の同行人?」


 カエデは頷いた。


「やたら派手な、あの馬車には見覚えがあるもの。人数は足りないけどね」

「一つ、聞いていい?」


 これからの行動を決めるのに、これだけは聞いておかないとならないと思った。送り届けるだけなら、それは余計なお世話かと思って聞かなかったが、もし同行するとなると僕の行動さえ彼女の命運を左右しかねない。


「結局のところ、カエデはどうしたいの?」


 彼女は思いがけず言葉に詰まって、しばらく俯いた。


「迷ってるなら言わなくていいよ。ただ、聞いておいた方がこれから先、僕の彼らに対しての対応が変わってくる可能性があるから」


 何しろ相手は曲がりなりにも時の権力者だ。そして今回の旅のリーダーらしき男も、なんだか一筋縄ではいかなさそうな感じである。もし、カエデがそれでも彼らに従うと決意しているのなら、それを無にするわけにはいかない。僕もたぶん、いろいろ呑みこまないとならないだろう。その辺のさじ加減に関わってくる。


「売り言葉に買い言葉じゃないけど……あの時は、どうとでもなれって感じだったのよ。いい加減うんざりしてたしね」


 なにしろ村には謎の病が蔓延し、カエデの家族もその被害に遭っている。そんな時、教会がグルになってそれは神に背いた咎なのだと吹聴して回った。人は弱いもので、苦しさのはけ口を求めて攻撃対象を探すものだ。わかりやすい標的があれば、情報の是非など関係なく完膚なきまで叩きのめす。いわゆる集団ヒステリーのたちの悪さである。

 それにしても神って……皇帝、どんだけ上から目線なんだ。


「教会も、教皇が病に倒れて十数年たってるし、次の後継者争いで内部がゴタゴタしてるって話だし、皇帝には恩を売っておきたいのよ」


 要するに二大権力が、寄ってたかって村娘一人を追い回していたわけか。


「……でも、決めたわ。私だって冒険者になったんだもの、何としても病の原因を突き止めて、治すための手段を探して見せるわ」


 冷静になって考えれば、もちろんそれは天罰などではなく、急に病が蔓延したのには原因がある。彼女が大人しく神殿へ向かい、皇帝の花嫁になれば不思議とその病は収まる、なんてシナリオが用意されているのだろうけれど……だとすれば、逆に解決法はあるはずなのだ。

 更に聞いてみると、彼女が神殿に向かうと決めたのは、もっと上の……そう偉い人にでも会って、村の現状を話し(というかか抗議して)、拒絶の意思を叩きつけようとしていたという、割と喧嘩腰の決意を固めていたのだという。

 うん、やらなくてよかったよ、間違いなく上の人には会えなかっただろうし、下手をすると闇から闇へと恐ろしいことになっていたかもしれない。


「……じゃあ、神殿には」

「いかないわ」


 まあ、そうなるよね。たぶん行ったが最後、それこそ流れ作業のようにあれよあれよという間に儀式は終わり、皇帝がいる帝都へと運ばれるだろう。


「行くとしても、やることをやってからよ」

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