下町
エドガー達が王都へと旅立った翌日、リュシアンは下町を訪れていた。
執事のギョームは馬車を出すと言ったが、リュシアンはそれを固辞して騎馬でのんびり丘を降りてきた。言うまでもなく、普通のあぶみでは足が届かないので、ロランに乗馬を教わった際に自作した専用の物を使っている。入学前に作ったあぶみが、いまだにぴったりだったのには少々傷ついた。
町の入り口の馬車を繋ぐ水飲み場に馬を預け、リュシアンはまっすぐに冒険者ギルドへと向かった。
帰郷の道中に立ち寄った、あのドリスタンの港町の冒険者ギルドの事はもちろん、今年から冒険者としてデビューすることなど、いろいろ話したいことがあったからである。見かけは二十代そこそこに見えるが、とても年長なジーンはいろいろ物知りで、リュシアンとしては何かと相談しやすい相手である。また、ジーンもリュシアンには親しみを覚えている様子で、いつ行ってもとても歓迎されるのだ。
冒険者ギルドに入ると、朝の早い時間だっため酒場の方には人はおらず、クエストが張り出されている掲示板の前にちらほらと冒険者たちが屯っていた。
「あら?えっと、確かリュシアンさま…、だったかしら?」
リュシアンに気が付くと、窓口から顔をだした猫耳お姉さんが耳をピコピコ動かし、ニッコリと笑った。ちなみにお名前は、ミウさんというらしい。名前まで猫っぽくて可愛い。
「おはようございますミウさん。ジーンさんに取り次ぎをお願いします」
「はーい、少々お待ちくださいね」
彼女は、リュシアンの顔を見た時点で要件は了解したとばかりに後ろを振り向き、すでに声を掛けていた。
「これはリュシアン様、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」
「あっ、えーと…リアムさん。おはようございます」
最初に出てきたのはサブマスのリアム・ロベールだ。以前も思ったけれど、本当にイケメン紳士だ。まだ早朝だというのに、身なりは当然のごとくびしっと整えられ、流れるような仕草でお辞儀をしている。一つ一つの所作が本当に洗練されていて、いかにも貴族然としていた。これで本当に乱暴者が集まる雑多な冒険者ギルドでやっていけているのだろうか。
そんな余計な心配をしている間に、リアムはリュシアンをギルドマスターの部屋へと誘った。
「お茶をお持ちしますね」
そう言って、始終笑顔を絶やさないリアムは、静かに部屋から出て行った。
向かい合わせの応接セットのシングル掛けの方に、すでにジーンは座っていた。リュシアンの顔を見ると、すっと音もなく立ち上がった。
「お待ちしておりました。どうぞお掛けになってください」
ジーンは特に約束をしていなくても、必ずこうして挨拶をする。まるで来るのがわかっていたかのような出迎え方ではあるが、恐らく決まり文句のようなものなのだろう。リュシアンが腰をかけると、穏やかな笑みを浮かべて自らも静かにソファーに身を沈めた。
「そうですか、冒険者に…」
「はい、この長期休暇が終わって、学園に戻ってからになりますが」
大騒ぎになった家族への報告とは異なり、ジーンは特に驚いた風もなく小さく頷いた。リアムの淹れてくれたお茶を、リュシアンにも勧めながら、ごく上品な仕草で口をつける。
「是非こちらで…、と言いたいところですが、そうですね、在学中は学園から近い方がいいでしょう」
リナさんにも言われたな、とリュシアンは小さく笑って頷いた。
「僕も、少し時間が作れるようになったら、学園の傍だけじゃなくいろいろなところでクエストを受けてみたいと思ってます」
さすがに在学中はモンフォールまでは来れないとは思うけれど、それでも数年たてば仲間内全員が教養科を修了するだろうし、長期のクエなども受けれるようになる日もくるだろう。
「そうそう、ドリスタンの港町でリナ・ブリュレという方に会って、よろしくとのことでした」
その時の、あのレベル騒動の事をリュシアンはジーンに話した。
もとより話さなくても、彼にはすでにわかっているのではないかと、なんとなく感じていた。なぜなら先ほど対面した時に、ほんの一瞬ではあったが驚いたような顔をしたからだ。
もっとも、ちっとも成長してないことに驚いていた可能性はあるのだけど……
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