ティーパーティ
ピエールの話では、どうやらここ半年の間に、二度もB+クラスの魔物が侵入していたというのだ。そして今回は、巡回中だったロランの部下がこの少し先で人影を見たらしく、こうして数人で調査に向かったというのである。
「旦那様はきっと、せっかく休暇で帰っておいでの坊ちゃまに、ご心配をお掛けしたくなかったのですよ」
実際、数回迷い込んで来た魔物も、問題もなくロランや騎士たちが追い払ったらしい。人影というのも、案外、人型のモンスターという可能性もある。
ただ魔境からの魔物が半年の間に数回も、というのはちょっと気になる。
魔境の向こうには、我が王国との国交はないけれど、ドリスタンと同盟を結んでいる国があったはずだ。大陸をぐるっと回りこめば、海沿いにモンフォールとも交易がある小国などもたくさんある。オービニュ領はこの魔境で遮断されているため、直接的には他国とはまったく交流がないが、無関係とはいえない国が背後にいくつか位置しているのである。
とはいえ、普通に考えてあの魔境を越えてくるとは考えにくい。
それなら、あとは自然現象。
例えば、ダンジョンでも発生していて、モンスターがあふれてきているとか……
ロランが帰って来ればわかるとは思うけれど、どちらにしても狩りは諦めたほうがよさそうである。せっかく上達した解体の腕を披露しようかと思っていたのに残念である。
取りあえずハーブを摘み終えたリュシアン達は、ピエールに収穫できそうな野菜などを教えてもらい、厨房へと戻って来た。保存してある肉類や、フルーツなどを用意してもらって、さっそく料理に取り掛かった。
今日はアフタヌーンティのために昼食は早めに軽く取って貰っているので、今は厨房には手伝いをしてくれる数人しかいなかった。もちろん料理は飽くまで自分たちだけで作ると言ってある。リュシアンを始め、ニーナ、アリスは慣れた様子で食事の準備に取り掛かった。
普通に井戸から水は汲めるけれど、ここはエドガーに魔水を用意してもらって美味しいお茶を提供することにした。
そうして子供たち主催のアフタヌーンティーは、家族を大いに満足させることが出来て、大成功を収めた。
リュシアンもだが、厨房になど立ったこともないようなニーナたちが、こうしてシェフ顔負けの料理を提供したことに素直に驚いているようだった。
冒険者になるにはこういうスキルも必要なのかと誤解されたが、もちろんそんなことはない。解体や簡単な調理くらいは確かにあって損はない技能だが、茶葉を吟味したブレンドティや、甘いマフィンにスコーン、具材たっぷりのサンドイッチにシチューなどをダンジョンで食べている冒険者など見たことがない。
ただ、長丁場になるダンジョンにおいて、少しは心を和ませるようなお菓子や温かいお茶、料理など食べるのは決して悪いことではないと思っているので、パーティの皆にも料理の手ほどきをしているのである。
そして、その日遅くにロランが帰って来た。
お茶の時間の際、あえて父を追及したりはしなかったが、ロランが帰ってくるのを時折人づてに確認してその時を待っていた。ロランが報告を終えて立ち去るのを見届けて、リュシアンは父の部屋を訪ねた。
息子の深夜の訪問に驚いたエヴァリストだったが、案外あっさりと事情を話してくれた。
「何もわからないうちに、わざわざお前に言うまでもないと思っていたのだがな」
こう前置きして、リュシアンを部屋の中央のソファーに誘った。
エヴァリストの部屋は書斎と兼用になっていてかなり広い。リュシアンも幼い頃に、ずいぶんここに入り浸っていたものである。
「最終的なロランの報告では、この辺り一帯には特に不審人物もなく、危険なモンスターもいないとのことだった」
「…それじゃ、今回のことはたまたま?」
「いや…」
首を振ったエヴァリストは「わからない」と呟いて、異常はないようだが森の奥に明らかに人の手が入ったような形跡がある、と続けた。
魔境のお膝元であるこの森は、時折高ランクのモンスターが出ることから、あまり気軽に低ランクの冒険者が入り込んで来たりはしない。それでも、冒険者が狩場にすることはもちろんあるので、人が居た形跡があったからといってすぐに異常事態とはならないのだ。
父の書斎を後にしたリュシアンは、どこかもやもやとした後味の悪さを感じたが、取りあえずロランが異常なしと報告したのなら、すぐにどうこうということではないのだろう。結果として、引き続き警戒はするが、明日からはすぐ裏の林あたりまでなら入ってもいいとお許しを貰ったのである。
そして次の日、さっそく狩場に入って野兎や比較的低ランクの鳥型モンスターを狩り、薬草園をあげてのバーベキューを開催した。明日には、エドガーたちを始め、ピエール達も王都へ出発してしまうので丁度いいイベントになった。エヴァリストに許しを貰って、薬草園の従業員や使用人たちも残らず参加となった。
「以前、オークモドキを前にオロオロしてたのが嘘のようですね」
「へえー、こいつにもそんなときがあったんだな」
見事な手さばきで兎を解体し、毛皮も傷つけず、肉も的確に部位に分けたリュシアンに、ピエールが感嘆の声をあげると、すぐにエドガーが冷やかすようなチャチャを入れた。
「エドガーは未だにオロオロしてるけどね」
もちろん、リュシアンも負けてない。
「ほらほら、どんどんお肉頂戴。全然足りないわよ」
不毛なやり取りをしている男どもに、給仕を担当していたニーナが空になった皿を持ってやって来た。初めこそリュシアンやエドガーたちが手ずから提供する食事に恐縮して、なかなか手が出なかった薬草園の従業員たちだったが、食べ始めてしまえばそこは戦争である。流石に肉体労働の男たちが食べているだけあって、みるみる肉が無くなっていったのだ。
「あ、そうだ。一週間前に処理して熟成したオークモドキの肉がありますので、そちらも一緒にどうぞ」
どうやらピエールも、帰って来るリュシアンの為にと、とっておきを用意してあったらしい。それもありがたく頂戴して、リュシアンは残りの獲物の解体も素早く済ませ、招待客の食欲を十分に満たすことができた。
そうして賑やかな昼食は、大所帯で楽しく過ごし、明日この地を去るピエール達との別れを大いに惜しんだのである。
「相変わらずここは良い所です。俺やリディもまるで家族のように接してくれて」
「それはよかった。薬草園のみんなもきっとそう思ってるよ」
場所を薬草園に隣接する庭園の東屋に移し、今はリュシアンとエドガー、ピエールの三人が小さなテーブルを囲んでハーブティを飲んでいた。
やがて、そこへアリスが焼いたパンケーキと、ニーナが作ったカスタード、リディが切り分けたフルーツが運ばれてきた。
「このカスタードクリームね、うちの妹たちにも大人気なのよ。私が作ると、まだダマができちゃうけど」
どうやらドリスタンのロイヤルファミリーにも受けはいいらしい。教えたニーナより、やはり宮廷調理人たちは器用に作るらしく、そのクリームを使ってスコーンやビスケットを食べるのが流行っているらしい。
結構いい加減なレシピでも、本職は何とかしてしまうものである。
ビスケットを作れるのだから、タルトなども案外作れてしまうかもしれない。今度、うちの料理人たちにも相談してみようと、リュシアンは真剣に考えた。ホールのケーキが食べられる日も近いかもしれない。
そろそろ仕事に戻らないと、とソワソワし出したピエールを何とか引き留めつつ、子供たちだけのティーパーティは夕方近くまで続き、それぞれの近況などを雑談を交えながら報告しあったのだった。
翌日、朝から雲ひとつない晴天で暑い日になりそうな空だった。
「暑くなりそうだから、熱中症にならないように気を付けてね」
三台の馬車にはエドガー達と護衛の冒険者たちが乗り込み、周りにはさらに騎馬の護衛達が囲んでいた。ピエール達も同行するので、かなりの大所帯での王都への旅になったのだ。
「お前はやっぱり来ないのか。父上が、いい加減寂しそうだぜ?」
流石にそう言われてしまうと少し気の毒にも思えたが、それでもリュシアンはきっぱりと首を振った。
「…やめとくよ」
それほど期待していなかったのか、エドガーは「そっか」とだけ言って笑った。
「チョビ、ペシュ、ご主人様を頼んだぞ。それじゃあ、また新学期に」
エドガーを始め、その後ニーナ、アリスとしばしの別れを告げ、ピエール、リディともまた一年後の再会を約束して、リュシアンは彼らが遠く見えなくなるまで見送ったのである。
そして馬車の音が遠ざかる頃には、この数日間の喧騒が嘘のように、どこからか聞こえる鳥のさえずる声だけが、いつもの静かな朝の風景に溶け込んでいた。
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