レベル

 もれなくリュシアンたちは階段を登った先の応接間へと案内された。

 水晶の向こう側で、淡く光る何かを確認した鑑定持ちのお姉さんが、有無を言わさず全員を部屋へ押し込んだと言ったほうが正解かもしれない。


「…迂闊だったわ、リュシアンのレベルが普通な訳ないのよ」

「僕の?…なにかあったっけ?」


 あまりにもイレギュラーで、通常とはかけ離れた不測の出来事が、確かに数年前にあったのだ。

 それは、たった数時間というとても短い時間でのこと。


「そっか、あれだ!なるほど…」

「…だな、すっかり忘れてたな」


 アリスに続いて、腕を組んだエドガーが他人事のように頷いた。リュシアンだけが一人、みんなを見回して首を捻っている。


「一年目の帰郷の帰り、ほら…」


 そこまで言われてようやく、あのダンジョンのことを言われているのだと気が付いた。ペシュと出会った、101階層からなる未踏破ダンジョンの最深部。


「ああ、うん。そういえば…」


 頷いたリュシアンが「…で?」という顔をしたので、ニーナは頭を抱えた。


「…たぶん、その時の経験値が加算されてるんだと思うわ」

 

 時間にすれば、ほんのわずかの出来事。けれど99階層の魔物を、手当たり次第に軽く百数匹単位で倒しているだろう。もちろん、一緒になってヒャッハーしていたチョビも、とんでもないことになっているに違いない。

 実の所、リュシアンは魔力の上昇や、身の軽さ、魔法陣念写のスピードなど、細かいところで能力が上がっていると感じることはあった。でも、それは単にスキルレベルの上昇や、反復練習などの成果だと思っていたのだ。

 もちろん、そういうプラス要素も確かにあるが、知らないうちにそれとは別にレベルによって受ける恩恵が加わっていたようである。


「あんまり目立ちたくなかったんだけど…」


 レベルが高いからと言って隠すこともないと思うが、あの反応からするとたぶん普通じゃないほどの数値なのだろう。

 面倒なことになった、と全員が困ったように顔を見合わした頃、見計らったかのように扉がノックされた。

 初めに入って来たのは先ほどリュシアンたちの鑑定をしてくれたお姉さん、そして彼女が扉を開いて道を開けたところを通って来たのは、すらりと背の高い妙齢の女性だった。


「初めまして、この地区の冒険者ギルドを任されているリナ・ブリュレよ」


 褐色の肌に、薄い青の瞳、茶に近い金髪は高く結い上げられている。背は高く、筋肉質ではあるけれど、決してゴツイ身体つきではなく、体のラインは女性らしい柔らかな印象がある。

 そして鑑定持ちのお姉さんは、なんと副ギルドマスターでルルアと名乗った。


「あら?貴女は、確か…」


 挨拶に答えるためにリュシアンたちも立ち上がったが、ニーナは彼女たちを見て、ふと記憶の糸を手繰り寄せるように呟いた。

 すると小さく微笑んだリナは、慣れた様子でニーナの前に跪き、丁寧な礼を取った。


「お久しゅうございます、殿下。ますますお美しく成長されましたな」


 




 全員の簡単な自己紹介の後、ニーナはリュシアンたちに少しだけリナについて補足した。


「彼女は以前、近衛だったのよ」


 それに続いて、リナも自らの経歴を少しだけ話してくれた。

 元々は怪我が原因で宮仕えを引退し、その後、数年間の冒険者を経て、ドリスタンの港町のギルドマスターに抜擢されたらしい。


「貴方がリュシアン・オービニュですね。お噂はかねがね、ジーンから聞かされてますよ」


 どんな噂をされているか気になるが、なるほどギルドマスター繋がりでの知り合いなのだろう。ともあれ、知り合いの名が出たことで、少しだけ緊張がほぐれた。


「単刀直入に言いましょう」


 リナがいきなり本題に入って来た。


「こちらが、貴方のレベルです」


 ニーナのおかげで心構えが出来ていたが、それでもやっぱり来た…とゲンナリとため息を付いた。

 彼女が見せたのは、水晶に浮かび上がる魔法文字。普通に使われる数字ではなく、前世で言うところの古い漢字で書かれたような文字が、くっきりと浮かび上がっていた。


 386


 もれなくアリスが「ひえええっ!?」と素っ頓狂な声を上げて、エドガーやニーナは思わず絶句している。

 標準がわからないリュシアンは、どう驚いていいのかわからない。

 

 …これって、どのくらいスゴイの?

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