ギルド見学
「次の船は、明日ですって」
「それじゃあ、宿を取らないとだな」
船の乗車券を扱う窓口で、後ろで待っていたリュシアンたちにニーナは両腕を上げてバツを作った。それを受けてエドガーが、護衛のお兄さんたちに何やら声を掛けていた。
どうやら今日はここで一泊らしい。
お昼は過ぎていたが、日暮れまでにはまだ時間があったので、せっかくだし少し町を歩こうということになった。この港町は、いつも通り過ぎるだけで見て回ったことはなかったからだ。
「そうだ、行きたいところがあるんだけど…」
数分後、リュシアンは冒険者ギルドの前に立っていた。
「様子見だけだったし、みんなは好きなところ見ててよかったのに」
「何言ってるのよ、私だって興味あるのよ」
「そうだよ、抜け駆けさせないからね」
「まあ、そういうこった」
予想はしたけど、やっぱり全員ついてきた。
来年度が始まったら、冒険者になりたいと彼らには相談してある。初めは驚いたようだったけど、冒険者を目指しているのは周知の事だったので反対されることはなかった。それどころかリュシアン以外は全員が十三才以上で、いい機会なのでみんなで登録しようとなったくらいだ。
本当の手続きは学園の近くのギルドがいいだろうけれど、リュシアンの場合は年齢の事があるので、ここで事前に聞いておこうと思ったのだ。
冒険者ギルドと言えば、モンフォールのオービニュ領でくらいしか入ったことがない。しかも、すぐにギルドマスターのジーンの部屋に通されてしまうため、あまり参考にならない。
外はまだ明るかったが、それでも午後の遅い時間だったため、ギルドに併設された酒場には、一仕事終えた冒険者たちがぼちぼち集まってきていた。
そんな酒場を横切り、ギルドの窓口へと向かう年若い少年少女の一行は、否応にも好奇の視線を集めた。しかも、リュシアンはどう贔屓目に見ても小さな子供だ。目立たないわけがない。
学園都市の冒険者ギルドは、在学中の冒険者たちも多く、基本的に若い年代層に偏っている。しかし、ここではほぼ全員が大人だった。
もっとも、どちらかというと学園都市のギルドが異質なのであって、普通はこちらの方が一般的な冒険者ギルドの姿とも言えた。
すると、酒場の一角でいきなり椅子を蹴倒すような音がした。
「ようよう、ガキのくせにいい装備持ってるじゃねーか」
ビールのような酒をジョッキで煽ってから、ふらりとチンピラ風の若い男が赤ら顔で寄って来た。
はい、典型的なの来ました。
ニーナは冷たい視線で男を一瞥すると、律儀に足を止めたリュシアンを促すようにしてさっさと歩き出した。エドガー達も、構う気はないようである。
「おいおい、無視はないだろう。なに、すぐ済むさ。その装備一式、大人しく置いていきな。お前たちには過ぎた代物だ、俺が有効に使ってやるよ」
いわゆるカツアゲである。
しかもこの時間でべろべろに酔っているということは、もしかしたら朝から呑んでいたのかもしれない。ニーナの柳眉がますます吊り上がっていく。
何か言おうとしたニーナをさりげなく止めて、リュシアンはいつもの営業スマイルを乗せて口を開いた。
「お気の毒ですが、貴方には小さくて着れないと思いますよ」
臆した様子もなく、それどころか心から残念そうにアドバイスをする子供に、その男は一瞬何を言われたのかわからなかった。
周りからは、くすくすと笑い声が聞こえてくる。
揶揄われたと気が付いて、男はますます逆上した。
「てめぇ、ガキが…舐めてるのか?痛い目を見ないとわからないようだな」
酒臭いその男が、今まさに掴みかかろうとしたその時、窓口にお姉さんが顔を出した。
「あっ、すみません!今、いいですか?」
「っ!?て、てめっ、待て…」
リュシアンはひょいっとその手を避けて、窓口へと歩いて行った。他の三人も、リュシアンに続く。
男は慌てて身体を反転させて掴もうとしたが、千鳥足の酔っ払いに捕まるような彼らではない。
「ガキにいいようにされて、良いざまだなウード」
「な、なんだと!?」
「おっと、俺はほんとのことを言っただけだぜ」
「ちくしょう…、あのガキが」
「もうやめたら?ここで喧嘩はご法度だよ、しかもあの坊やたち、まだ冒険者じゃないでしょ?一般人に手を出したら、ただじゃすまないよ」
一部始終を見ていた女冒険者が、フィールドから帰ったばかりなのか景気の良い食事をテーブルに並べて、至極まともな忠告をした。ちなみに彼女は、この男の何倍も強そうである。
周りの嘲笑にイラつきながらも分がないと思ったのか、男は椅子にドカッと座って再び酒を煽った。ガラの悪い仲間が相変わらずニヤニヤと冷やかしているが、ウードと呼ばれた男はそちらには一切構わず、不機嫌そうな視線をいつまでもリュシアンたちに注いでいた。
無視したらしたで襲い掛かって来そうだったけど、相手をしてもそれはそれで気に入らないらしい。なんだろう弱そうな相手には、とりあえず絡まずにはいられない病気なのだろうか?
もっとも、リュシアンが制止しなければ、あの場でニーナに吹っ飛ばされたのは間違いなくあの男だったのだから、むしろ感謝してほしいくらいである。
「はぁい、ようこそ冒険者ギルドへ」
多少のイザコザはいつもの事なのか、窓口のお姉さんは先ほどの騒ぎなどなかったかのように型通りの挨拶をした。
「ギルド入会希望ですか?」
明らかにニーナやエドガーに向けて問いかけている。
「いえ、今日はお話を伺いに来ました」
答えたのは、当然リュシアンである。
窓口のカウンターから頭が出ない少年を、ちょっと覗き込むようにして上から確認したお姉さんは「なにかなー、坊や。何が聞きたいのかな?」とまるで小さな子供を相手にしているような対応に変わった。…いや、まあ子供なんだけど。
「来年度、つまり今秋から冒険者になろうと思ってるんだけど…、あっとそうだ、これを」
カウンターの下から手を伸ばして、学生証を渡した。
子供の社会科見学だろうくらいの対応をしていたお姉さんが、ニコニコと学生証を受け取って経歴を確認した。浮き出る文字を読んでいくうち、彼女の顔から自然と笑みが消えて、真剣に内容を追っていった。
「これが、坊や…いえ、貴方の?」
身分証明書は魔力で経歴を刻んでいくのだが、本人の魔力と結合しないと表示することができない。基本的には偽造が難しい為、その信頼度は高い。
「まさか、その年で教養科卒業?…え、あれ?…じゅ、十才?」
どう見ても六、七才…と言いかけたお姉さんの言葉尻を押さえ込むように、リュシアンは重ねてきっぱりと宣言した。
「十才ですが、何か?」
リュシアンの弾けるような笑顔が怖い。
ニーナとアリス、エドガーは苦笑するしかなかった。リュシアンにとってはデリケートな案件だから、あまりつついてあげないで、とお姉さんに無言のアピールをすることしかできない。
だが、そこはさすがプロ。それ以上は追求せずに、ギルドしては学園の身分証明があれば、恐らく冒険者の登録は出来るだろう、と返答した。
「もともと年齢の件は、安全面やクエストの不達成防止の対策なので、実力さえあれば問題ありませんよ」
「この学生証で大丈夫でしょうか?」
「そうね、十分だとは思うけど、参考としてレベルを確認されるかもしれないわ」
「レベル?」
そういえばリュシアンは、あまり自分のステータスの鑑定をしたことがない。
というか、この世界でのレベルはそれほど厳密に実力を示さないのだ。確かにレベルが上がればそれだけステータスは少しずつ上がる。けれど、大抵はスキルや特技などで強さが決まるので、各能力に多少のボーナスが上乗せされるといった認識なのだ。もちろん飛びぬけてレベルが高ければ別だが、通常十とか二十くらいの差なら、スキルの優劣で容易に逆転できてしまうのである。
どちらかというと、レベルを確認するのは経験値を見るためだ。すなわちどれだけのモンスターと戦ったかという目安でしかないのである。
「では、こちらの端に指を置いて、そう…、そのままでね」
リュシアンが作る巻物のような、何の変哲もない真っ新の厚手の魔法紙の向こうには、先ほどのお姉さんとは別の新しいお姉さんが座っている。こちら側は四人並んで、その魔法紙に人差し指を等間隔に当てている。
本来は高価な鑑定の巻物がいるのだが、たまたま鑑定のスキルを持つ人がいるというので特別にレベルを測定してくれるらしい。
「じゃあ、行くわよ。手を離さないでね」
お姉さんが呪文を唱えると、さあぁ…と紙の色が変わった。
リュシアンの指の先には暗い紫、エドガー、ニーナ、アリスの指の周りは濃淡こそあれ全員薄い橙だった。
お姉さんは一瞬だけ驚いたように魔法紙を見て、すぐに気を取り直したように「もう一度お願い」と断って、今度は水晶のような道具を持ってきた。
「こっちの方が、正確に数字が出るのよ」
ニーナはこれを見たことがあった。
確か王宮で、お兄様方のレベルを確認するために用意された…
「待って…っ!リュシアン、レベルはまた今度でも」
「…え?」
ニーナの声に振り向いた時には、リュシアンはすでに水晶にに手をかざしていた。
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