エイミの意気込みはわかるけれど、リュシアンとしてはここで部外者を混ぜたくなかった。

 皆を納得させるためにワープの魔法陣の話をしたけれど、本当ならあまり公にはしたくはなかったのだ。おそらく誰にも写生が不可能な転移魔法を、リュシアンだけが使えるとなればどうなるかわからない。

 けれど、実際に使うところを見られさえしなければ、最悪、なんとでもごまかしようがあるということである。


 ともかく、フランツに説得されてようやくエイミは諦めてくれた。

 エイミが所属する魔法陣の研究会に、リュシアンが必ず顔を出すという約束つきではあったが。その際、ここで知り得た魔法陣などのことを口外しないという条件は飲んでもらった。リュシアンの能力は、噂や都市伝説程度にぼかされている方が都合がいいのだ。


「さて、ペシュとは例の空白地帯で合流すればいいから、このまま急いで下に降りよう。地形が変化してなければ地図が使えるから、最短コースでいくよ」


 フランツたちと別れると、すぐにリュシアンは地図を用意した。

 

「おとなしく空白地帯で立ち往生していてくれると助けるけど」

「そうね…」


 実のところ、ニーナにはリュシアンの考えがわかっていた。

 もちろん今回の救出劇は、彼らがしでかした罪を贖わせることが一つの目的ではあるが、それが全部ではなかった。

 ひとえにニーナの立場があるからだ。

 学園では全員が等しく学生だが、ニーナはこの国の王女で、キアランはその国で微妙な立場の自治区の長の息子である。もちろん、知らなければそれで済むのかも知れないけれど、わかってて見捨てたとなれば…、いや見捨てたと見做されれば、彼が助かっても助からなくても、ひどく面倒なことに巻き込まれる可能性がある。

 キアランを見れば想像がつくかもしれないが、マンマルは面倒かつ問題の多い自治区で、ドリスタンにとっても頭の痛い問題が山積みの地区なのだ。

 何かと言ってはトラブルを起こし、そっちが攻撃しただの、こちらの人間をないがしろにしただのと、いちいちいちゃもんを付けてはお詫びだ、金だ、と喚き散らして要求してくる。

 ひと昔前なら、武力で黙らせていたかもしれないけれど、ドリスタンは国として良い意味でも悪い意味でも成熟しきっていて、その過程でいろいろな権利を認め、自ら、または他者を「守る」法律によってがんじがらめになっていた。


 今回の事も、本来なら生じることのない責任をおっかぶせて、マンマル自治区が大騒ぎにすることは目に見えていた。彼らにとっては真実などどうでもいいのだ。

 王国の姫が、自国の民を見殺しにしたと騒ぎ立てることによって、何らかの利益を得たいだけなのである。

 大国ドリスタンにとっては尾にたかるハエ程度の騒ぎかもしれないが、それでもうっとうしいことには変わりがない。そんな事情を知っていたリュシアンが、若干の余裕がある今の状況で、わざわざ面倒ごとの種を放置する気にならなかったのだろう。

 あえて言うならニーナの足元の石ころを、蹴躓けつまずく前に拾い上げたに過ぎない。


 そうしてダンジョンを順調に進み、階段を一つ降りた時である。すぐ近くで、激しく打ち合う戦闘音が聞こえてきた。

 或いは他のパーティを見つけたとも思ったのだが、どうやらペシュのぼんやり映像で見覚えのある背格好の青年たちのようだった。ここに居るということは、空白地帯を抜け出してワープ陣を目指して登ってきたということだろう。


「なんだ、自力でなんとかできたかな?」

「ったく、人騒がせな連中だな、出来るならさっさと初めから…」


 少し気が抜けたが、それならそれでこっちは手間が省ける。エドガーも、文句を言いつつも厄介ごとが解決したことに安堵したようであった。

 けれど、


「あれ?」


 リュシアンが、目を細めて戦っている彼らを改めて確認する。


「おかしいわね…、どこかに隠れているのかしら?」


 ニーナも気が付いたようだ。

 そう、例の彼…キアランがどこにもいなかったのだ。

 

「見ていても仕方がない。苦戦している訳でななさそうだけど、行こう」


 どちらにしても消耗戦である。彼らとて無駄な戦いはしたくはないだろう。案の定、助けに入ると彼らはホッと息を付いたように思えた。

 むろん、その後ニーナの存在に気が付いて、思わずギョッとしたのは疚しいことがあるからに違いなかった。




 




「絶対に空白地帯を動かない、救助が来るのを待つ、と言ったんだ」


 リーダー格の体格のいい男が、そう話を切り出した。

 メンバー全員がリーダーの周りに集まり、どこか小さくなっていた。その泳ぐ視線の先は、明らかに不機嫌そうに腕を組んで彼らを睥睨しているニーナである。

 彼らの言い分はこうだ。

 キリアン以外全員が、まだ動けるうちに通過してきたワープ陣まで戻った方がいいと判断した。仲間内で散々話し合い、もちろんキアランを説得する努力もした。装備の摩耗のことや、なにより食料や水が致命的に残り少ない危機的状況も話した。確かにダンジョンは異常事態だったが、彼らのレベルなら十分ワープまで戻れると考えたらしい。

 

「確かに金は貰っていたけど、あいつと心中するつもりはないからな」


 予想は出来たが、どうやらキアランを空白地帯に置き去りにしてきたらしい。


「でっ、でもよ、俺らはちゃんとついて来いって言ったんだぜ。それでも残ったんだから、それは自分の判断だったんだろうよ」


 リーダーに追従するように、仲間の一人が言い訳がましく口を開くと、それに続いて彼らはそれまで溜まっていた不満をここぞとばかりに並べ立てていた。

 さらには呆れたことに、大金を積まれて言う事を聞いていただけで仲間などではないと開き直った。

 黙って聞いていたリュシアンは、一通り言い分を聞いて小さく息を吐いた。

 エドガーやダリル、アリスはすでに関わりたくないという空気を醸し出し、ニーナはリュシアンの出方を見ているようだ。

 

「貴方たちは…、たぶん冒険者としても活動してるよね?」

「え?…あ、ああ」


 おそらく彼らは、ニーナが何かしら言うのだろうと身構えていたのたが、その声はなぜか下の方から聞こえてきて慌てて目線を下げた。

 どう見ても子供にしか見えない年齢の、なんだか育ちのよさそうなボンボンが当たり前のように代表して口を開いたことに、意表をつかれて彼らは間の抜けた顔をした。そして可愛い見かけとは裏腹に、その子供は痛烈な言葉をいとも淡々とした声色で放った。


「金銭で雇われていたのなら尚更、最後まで面倒を見るべきだと思うけどね」

「……」


 もっとも、彼ら以上にキアランが度し難いとも考えられる。けれど、冒険者として依頼を受けたのだとしたら、それを途中で放り出すことはこれからの信頼をも失くすことになるのではないだろうか。

 もちろんリュシアンは何も自分の命と引き換えしろとまでは言わない。本来は、そこまで求められてしまうのが冒険者ではあるけれど、現在学生で、これが授業の一環であることを踏まえるとそこまで求めるのも過酷だろう。

 けれど、今回はどう見てもそこまで切羽詰まった状況ではない。


「まあいいや、ここからは貴方たちの問題だからね」


 リュシアンにしては珍しく、少し突き放したような物言いでこの話を打ち切った。


「ここにいれば、やがて僕の従魔がやってきます。彼女に付いていけば安全に3階層まで辿りつけると思いますので、ワープ陣で脱出してください」


 戸惑ったように額を合わせてリュシアンの言葉をどうとるべきか迷っている面々に、アリスやエドガー、ダリルははすでに興味を無くし、次にやるべきことの為にこの先の地図を確認して歩き始めていた。すがるような彼らの視線は自然とニーナへ集中したが、犯罪行為ばかりか己の責任さえも放棄した彼らに慈悲を与えるつもりはないらしく、くるっと踵を返して無言で仲間たちに続いた。

 

「あ、そうだ。僕の従魔はコウモリの姿をしています。前回のように間違っても攻撃はしないで下さいね」


 最後に残ったリュシアンが、ニッコリとそう言うと彼らはまるで石鹸水に浸したリトマス紙のように、さっと顔色を真っ青に変色させていた。


「もっとも、ついて行くかどうかは自分たちで判断して頂いて結構です」


 それだけ言うと、リュシアンはなんの未練もなくその場を立ち去った。後に残ったパーティは呆然とその場に立ち尽くし、もう振り向くこともない小さな後ろ姿を途方に暮れたように見つめていた。

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