幕間ーダンジョン脱出ー

 空白地帯に到着すると、そこには体操座りでうずくまるキアランの姿があった。

 ぐずぐずと泣いていたらしく、リュシアンたちの顔を見るなり体裁も何もかなぐり捨てて縋りついてきた。涙やら鼻水やらを擦りつけられたリュシアンは、ウオッシャーの巻物を無駄に使わされた。

 たった数時間の孤独だったが、甘やかされて育った彼には、それなりにいい薬だったようだ。そして、学園に無事に帰れば今回の事で、こってりお仕置きされることだろう。

 そして一行はペシュとの合流を待って、キアランの目の届かないところで転移の魔法陣を展開し、全員が無事に地上へと脱出を果たしたのである。


 ある程度の想像はしていたが、ダンジョン入り口周辺はそれはもう上を下への大騒ぎだった。ダンジョンで知り合ったパーティの数人も近くに居て、リュシアンたちを見つけると一斉に集まって来た。

 よっぽど心配していたらしく、あっという間にもみくちゃにされてしまった。

 その後、リュシアンたちは医療チームに引き取られ、それぞれ怪我や体調のチェックをされ、なんだかんだと寮への強制送還の処置を受けた。

 一日の休養のあと、教師たちやダンジョンの管理を任されている貴族などに囲まれて、ちょっとした事情聴取のようなことをされ、やっと解放された時にはある程度の騒動は収まっていた。


 ちなみにリュシアンたちは教師陣にちょっとだけお説教をされた。

 遭難したパーティの援護をしたことは尊いが、自分たちの帰還を優先せず、勝手に他パーティの捜索をしたことは必ずしも正しいことでないと叱られたのだ。これについては覚悟の上だったので、甘んじて反省文のレポート提出の罰を受けた。

 けれど結局、今回の事で一組のパーティ11人の行方不明者を出すことになり、もしリュシアンたちが救助に動かなければ、もっと被害を出していただろうことは確実だっただろう。

 行方不明者の捜索は、すぐにベテラン冒険者たちによって開始されたようだが、まだ問題のダンジョンは成長を続けており、捜索は困難を極めるとのことだった。無事でいることを祈るばかりである。







「で、その子の名前決めたの?」


 魔法研究科、魔法陣の研究チーム、ニーナ、ダリル、リュシアンは、テーブルを囲んでいつものようにリュシアンの生活魔法の魔法陣の一枚化を進めていた。最近は上級生チームを交えず、魔法陣Ⅱの教室で三人で研究していることが多い。

 そんな時、ダリルの胸ポケットから顔を出す白い子ネズミを見て、リュシアンがふと思い出したように聞いた。

 あのダンジョン騒動から一週間、ようやく学園のざわつきが収まり、通常の授業が戻って来た。ずっとバタバタしていた為、ダリルの従魔の名前のことをすっかり聞きそびれていたのだ。


「お、おう、まあな」

「あら、そうなの?聞きたいわ」


 魔法陣を前に頭を悩ませていたニーナは、ぱっと顔を輝かせてダリルを見た。みんなの注目を浴びて、子ネズミはぴゅっとポケットに潜り込む。


「ノル」


 ダリルが名前を呼ぶと、ヒゲをピクピクと震わせてポケットから愛らしい顔を覗かせた。思わずニーナが手をワキワキさせている。これがリュシアンのポケットなら、たぶん即座に飛びついていただろう。流石にダリルには、まだ遠慮があるようである。


「へえ、可愛い名前だね」


 確か、大陸の北の言語で雪の結晶とかそんな意味だった気がする。そういえば、ダリルの故郷は北の僻地だって言ってたっけ。


「そうだ、少し鑑定してあげようか?」


 さっそく鑑定の巻物を取り出すと、魔法陣を展開させた。

 

 LV2(幼生)  小鼠(2/5)

 

 毒(猛毒 呪毒)、腐食、かみつく、頬袋、暗視

 解毒(中) 周囲警戒 探索 気配察知 逃げ足


 ダリルの従魔


「頬袋って何かしら?」

「さあ、こういう特技って単に特性のようなものも含まれていたりするから、普通に餌をため込めるってことかもしれないよ」


 要点だけかいつまんでメモに書き写したものを見て、ニーナは興味深そうにいろいろ聞いてきた。そんな中、ダリルはメモを指差し、一つだけ聞いてきた。


「この種族の横の、カッコはなんだ?」

「ああ、これね。下の方に注釈があって、どうらや進化までのカウントダウンみたいだよ」


 それを聞いてダリルは少し嬉しそうだった。小鼠はどちらかと言えば戦闘向きではないが、それでも毒や腐食攻撃は何気に有効だし、探索や隠密系は悪いスキルではない。初めての従魔としては、御の字の結果と言えよう。


 そして、あれほど楽しみにしていたダンジョン実習は、今回の騒動で中途ではあるが修了となってしまった。参加者には平等な単位と、加えて持ち帰った戦利品、成した功績などが考慮されて、更に成績に加味された。

 結果的には、いろいろ残念なことも多かったが、それでも得たものは確かにある。ダリルの従魔然り、リュシアンの転移魔法然り、仲間たちのレベルアップ然り。

 例の行方不明のパーティも、冒険者たちの必死の捜索の甲斐あって無事に発見されたようだ。今回は、ダンジョン実習が始まったばかりで、序盤の攻略だったことが不幸中の幸いだったのだろう。

 そしてあのダンジョンは、この先、成長を終えれば未踏破のダンジョンとしてにわかに活気づくことになる。学園都市の下町も、ダンジョン近隣の宿場町としてますます人で溢れかえるに違いない。

 それらを受け入れるための準備として、町の整備や宿屋、装備を扱う店舗などを増やすなどの措置が必要で、アリスの話によると、学園都市や付近の商人ギルドは大わらわだという。

 ちなみにダンジョンの所有は、国に戻され今は立ち入り禁止になっている。


 大変だったけれど、珍しいダンジョンの成長という現場に立ち会った誼もあり、リュシアンはいつかあのダンジョンを攻略したいと思った。

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