迷走中2

「ワープ陣はともかく、空白地帯が見つかるといいわね」

「そうだね、みんなそろそろお腹も空いてきただろうし…」


 いざとなれば携帯食での昼食になるが、ギリギリまでは探してみようということになった。ダンジョン探索の醍醐味は本来未知の領域を探索することだが、始めからそのつもりで来ているならまだしも、地図もあって計画通りに攻略しよう、という予定だったのだから皆の戸惑いも理解できる。

 ダンジョンが成長していて先行きがわからないこの状況では、一度ゆっくり休憩をとって息を整えたいところだった。

 そうして順番に階段を降りようという時になって、ペシュが急にリュシアンの肩の上で前肢をバタバタとさせて注意を引いた。そのまま上まで飛んで、頭の上あたりでぐるぐると旋回した。


「どうしたのかな……ペシュ、来た道がどうかした?」


 ペシュはしきりに先ほど歩いてきた道を差して、何かを伝えるようにまたくるくると回る。

 さらに、今度はチョビまでもが頭の上で額を擦りつけてくる。たぶん正解、ということなんだろう。仲がいいとは言えない彼らも、流石に従魔として主人の為には連携をするらしい。


「誰かいるのかな、どうもチョビもそうだって言ってるし、気になるから確認してきた方がいいかもしれない。他のパーティだったら、きっと戸惑ってると思うしね」


 余計なお世話かもしれないけど、今現在で状況がわかっている生徒は少数だろう。知らないがために、事故でも起こったら大変である。全員でぞろぞろ行くのも大掛かりだし、様子を見てくるだけなので少人数で偵察してこようということになった。


「僕と…、誰か二人くらい付いてきて」


 モンスターだったらすぐに引き返す、そして生徒が迷っていたら合流してここまで帰ってくる。と、簡単な作戦を決めた。同行するのは、モンスターや不測の事態に対応できる遠近両方の攻撃が可能なカミラと、魔法と回復要員のエドガー。そして、薬やいざというときの火力という意味で、リュシアンの三人が行くことになった。

 残されるニーナ達は不満そうだったが、こちらにも相当の戦闘力を残しておく必要があるので仕方がない。それにあくまで偵察で、そんなに広範囲を探索するつもりはない。

 ペシュが何を感じたかはわからないけれど、それがかなり遠くの事なら深追いはしないと決めていた。


「じゃ、行ってくる。すぐに戻るつもりだし、何かあったらペシュを飛ばすから」


 ダリルの従魔の小鼠も、ペシュほどではないが探査や気配探知などのスキルを持っているので、周囲の警戒などをするように頼んでおいた。

  




 少し歩くと、すぐに例の昆虫わんさかルームに到着した。先ほどまでの戦闘が嘘のように、今は物音ひとつなく静まり返っている。拾い残しのドロップ品などが、そこかしこに転がっていた。この様子だと、どうやらまだ新たなモンスターは湧いてないらしい。

 すると広間の向こうの通路から人の声が聞こえてきた。


「ここって、例のモンスターがめちゃくちゃいたところだよな…」

「の、はずだけど…スゴイ静かになってる。誰か…、通ったのかしら」


 押し殺したような元気のない声がざわざわと聞こえ、やがて数人が部屋を伺うような気配がした。

 リュシアンたちは朝一番で出てきたので、もしかしたら後発のパーティがここまで来たのかもしれない。それでも一応の警戒をして、リュシアンは部屋には入らず通路側から大きな声で呼びかけた。


「モンスターはいないので、今のうちに渡ってきてください!」


 相手の声が、一時的にピタッと静まった。

 ちょっとだけ迷っているのがわかる。

 けれど、すぐに数人がいっせいに走る足音が、こちらに向かってきた。警戒する気持ちはあったかもしれないが、おそらく藁にも縋る気持ちだったのだろう。

 なぜなら彼らは、走る姿もヨレヨレで、まるで埃を被ったように煤ぼけたように汚れて、ひどく疲れた顔をしていたのだから。

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