ダンジョンへの挑戦

 あの日、リュシアンとダリルは盛大に遅刻した。

 学園への帰り道、とにかくダリルが食い下がって会話が終わらなかった。いや本当に、あれほど食いつくとは思わなかったのだ。


「いま、なんつった?!」


 後ろによろけて鼻を押さえるリュシアンに、ダリルは掴みかからんばかりに身を乗り出した。顔、近いからっ!


「だからね、ダンジョンだよ。僕たちは今年、ダンジョン実習に…」

「吹いてんじゃねぇぞ!てめぇらみたいなペーペーに、ダンジョン実習の許可が下りるわけがねぇだろ!いい加減なこと言ってんじゃねぇっ」


 リュシアンが説明しようとすると、話の途中で鼻に皺を寄せたダリルは、屈めていた腰を伸ばし、落胆と怒りが入り混じった顔で怒鳴った。

 この人、どうして最後まで話聞かないのかな。

 せっかちなこの性格が、トラブルメーカーたる所以なんだろうね。


「普通に通過したよ。ちなみにメンバーは、ニーナ、アリス、エドガー、僕。ダンジョンパーティは五人以上が決まりなので、あと一人メンバーが加われば、いつでもすぐに許可が出るはずだよ」

「…ッ!?えっ、な、なんだと」


 ダリルはあれだね、必須科目である教養科の度重なる留年と、普段の素行の悪さで落とされてるのだろう。あと友達がいないから、申し込み用紙にソロとかアホなこと書いてるんだろうな……


「ダリルは、戦闘系か回復系教科でⅤ以上のクラスあるよね」


 一応、確認のために聞いたリュシアンに、ダリルは当然とばかりに頷いた。


「じゃあ問題ないよ。申請してみたら?」

「な、なんだよ、てめぇらの名前を書いていいってことかよ」


 班の責任者と、各個人が許可書を貰うための申請をするのだが、その時に班のメンバーの名前がいるのだ。これまでダリルは誰の名前も書かなかった。


「そうだね、ニーナたちには僕から言っておく」

「…ふん、あいつらがすんなり了解するとは思えないがな」


 少なくとも、ダリルから断ってくる様子はなかった。

 リュシアンとしては「冗談じゃねぇっ!」と怒鳴られるくらいの覚悟はしていたので、拍子抜けであった。

 そうなると、いろいろ聞いておかなければならない。

 どうやら装備などは訓練用に毛が生えたくらいの物しか持っていないらしい。この先、一緒にダンジョンを攻略するなら、自分たちと装備レベルがかけ離れているのはいささか不味いだろう。


「近いうちに、ダンジョン用の装備を新調するから、ダリルも同行してもらうよ」

「…俺は、必要ねぇ。行くならてめぇらだけで行け」


 言うと思った。

 でもね、チームってそういうこと許されないからね。


「これは、絶対だよ。デモもストもない。一緒にダンジョンに潜りたいなら、これからは指示には従ってもらうことになる。もしできないなら…、この話はなしだ」


 いつにもまして厳しい口調で断言するリュシアンに、反射的に口を開きかけたダリルは、すぐに不機嫌そうに黙り込んだ。しばらく何やら考えていたようだが、やがて大きなため息をつく。


「わかったよ。だけど、納得できねぇことには従う気はねえ」


 ――俺は、奴隷じゃないからな。

 台詞の最後に、ポツリと小さく呟いたダリルに、リュシアンは苦笑した。おそらく彼を取り巻く環境が、そう言わせたのだろうが、まだまだリュシアンも信用されてないのかもしれない。


「自分の意見を持つなってことじゃないよ。ただ、安全に関する事項では、僕も譲る気はないからね。従わなかったら抜けてもらうことになるよ」


 ぴしゃりと苦言を呈するリュシアンに、ダリルは静かに頷いた。

 ようやく学校の門が見えてきた。時間的に、すでに授業は始まっており、このあたりには誰もいなかった。


「じゃあ、もう一つ」

「な…、なんだよ」


 門をくぐる前に、リュシアンはダリルの方へ向き直った。明らかに警戒したダリルは、いささか仰け反るようにして立ち止まった。


「いい加減、はやめて。僕の事も、みんなの事も、ちゃんと名前で呼んでね」

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