鍛冶職人

 金属を叩く音が、どこかしこから響いてくる。

 この一帯は、鍛冶師の工房がいくつも隣接した場所だった。その中でも、もっとも端っこに今にも崩れそうな小屋があり、どうやらそこがパトリックさんが紹介してくれた工房のようだ。

 なるほど、パトリックさんが頭を抱えるわけだ。

 ここの主人の腕に惚れ込み、中央の店のすぐ横に新しい工房を用意したのだが、なぜだかこの場所を梃子でも動かなかったというのだ。


 全員入ったら崩れそう…

 リュシアンは何となく忍び足になりながら、工房の中に入っていった。年季の入った火床には真っ赤な灼熱の炎が踊り、その手前で小さな老人が一定のリズムで黙々と鉄を打っていた。


「すみません、パトリックさんの紹介で……」


 リュシアンの声は、あっという間に鉄を打つ音にかき消される。

 気が付いているのかいないのか、どうやら作業を中断するつもりはないらしい。振り返って、ニーナ達に小さく首を振る。工房の入り口付近で、彼女たちは顔を見合わせて肩を竦めた。


「ひと段落するまで待つしかないようね」


 ジョゼットの工房には弟子が何人もいたのに、ここにはあの老人の他に人はいなかった。まさか、一人でやっているのだろうか?

 そんな時、不意に工房の外で何かが動くのを感じて、リュシアンは入口付近で屯っているエドガーたちを押しのけて表へと出た。


「…げっ!…っ」


 頭を出したすぐ横で、壁に張り付くようにして中を覗き込んでいたダリルが、咄嗟に回れ右をした。もちろん、リュシアンはそれを許さず、素早く上着を掴んで引き戻した。


「いつからここに居たの?入ってこればいいのに」

「いや、その。ここ…は、おいっ、鍛冶はここじゃないとダメなのかよ?」


 逃げられないと知るや、ダリルはリュシアンに詰め寄った。ニーナたちと顔を合わせるのが気まずくて入ってこないのかと思ったが、どうやらそれだけではなさそうだった。


「え…?そうだね、パトリックさんの紹介だし…なに、なんかマズイの?」

「ま、不味いっていうか…」

「みんな中にいるよ、説明するから中に入って」

「う…、いや、それは。おい、こら待て…」


 なんだかよくわからないが、工房の前で揉めていても仕方がない。リュシアンは強引にダリルの腕を掴むと、工房の中へ誘った。それでも往生際悪く足を踏ん張るダリルに、やがて工房の中から小人のような小さな影が姿を現した。

 ぼさぼさの茶系の髪に、眉だか髭だかという顔中もじゃもじゃの容姿。身体に見合わぬ大きな腕と手のひら。足も筋肉質で短く、身長は子供のリュシアンほどしかない。

 ゴーグルを頭にずらし、リュシアンに手を引かれたダリルを見上げた。


「誰かと思えば、家を飛び出したバカ息子じゃねぇか。どの面下げて帰ってきたんだ!」

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