懐かしい声

「あ、コレいけそう、姫様お願い。私、ちっさいの担当する」

「了解。でも遅れないでね、リュシアンの邪魔になっちゃうわ」

「大丈夫よ、そんなヘマしない。エドガーも、ちゃんと守ってよ」

「…何やってんだよ、あとで叱られても知らないからな」


 行く手を掃除するのに必死なリュシアンの後ろで、女子たちがごそごそと何事かをやっていた。もちろん、前をゆくリュシアンに迷惑をかけるつもりなどない。後ろを守るエドガーに、ちょっと少女を預かってもらってはいるが、防御魔法を掛けるのに不都合はない、はずだ。


「その時は一緒に怒られてね」

「なんでだよっ、やだよ。あいつ、怒るとしつこいんだぜ」


 どうやらここ数日、そっけなくされていることがわりとトラウマになっているらしい。エドガーはぶつぶつ文句を言いながらも、うっかり彼女たちがリュシアンの庇護から離れないように、注意深く結界を張りながら最後尾を守っていた。


 どれぐらい進んだだろう、ようやく階段を見つけたリュシアンたちは慎重に降りて行った。例の、ボスらしき魔力反応のある階層だ。もちろん、その反応はボスモンスターではなく、ただの魔力のこもった宝物や装備なのかもしれない。

 けれど、残念ながらそれを確認するつもりはなかった。下手に扉を開けて、万一部屋に閉じ込められたあげくボスを倒さないと云々、などということにでもなったら目も当てられない。

 目的は、あくまで部屋の前にある転移装置なのだ。


「大丈夫かよ、リュシアン?」

「……大丈夫、あとちょとのはずだから」


 ボス部屋までの一直線、石造っぽいやたら頑丈なモンスターにめちゃ苦戦した。単調な物理攻撃しかしてこなかったので、危機的状況にはならなかったが、とにかく硬い奴だった。きっと効率的な倒し方とかあるんだろうけど、リュシアンは魔法で押すしかないのだ。

 何がきついって、魔力の増減に酔うのが辛い。荒波に浮かぶ小舟のごとく、上下左右に揺すぶられているようなものである。

 やがて大きな扉の手前までくると、先ほどまでしつこく襲ってきた石像が姿を消した。たぶん、この辺一帯は空白地点なのだろう。そこには、薄闇にぼんやりと浮かび上がる魔法陣があった。

 ――転移装置だ。

 着いた…、リュシアンは気が抜けて座り込んでしまう。


「き、気持ち悪…、酔った」

「おい、本当に大丈夫かよ。ほら、つかまれ…休めと言いたいが、今は…」


 エドガーは心配そうにリュシアンを立たせて、それでも早くここを出ようと促した。もちろんリュシアンも承知しているので、情けなく笑っている膝を叱咤しつつなんとか身体を起こした。


「リュシアン!ねえ、この子ちょっと様子が…」

 

 ニーナとアリスも、リュシアンが倒れ込んだのに驚いて駆け寄ろうとしたが、前にいた少女がいきなり立ち止まったせいでつんのめるように足止めされた。そして彼女の様子がおかしいことに気が付いた。


 チチ…チ


 コウモリの少女は、まるで頭のてっぺんから出すような音を出した。赤く小さな唇が、数回パクパクと空気を吐くように動く。それまでニーナの方を向いていた少女は、くるっと迷いなくリュシアンの方へ歩いて行った。


「…アン、リュ…ン聞こえ…、るか…チチ…、…」


 そして、驚いたことに今度は急に男の人のような声を出したのだ。


 ――え!?この声って、まさか。

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