ここはどこ?
ひっくり返ったチョビは、コロコロと転がりニーナの靴先にコツンと当たって止まった。逆さまになったまま、ムスッとして腹を見せた状態で微動だにしない。
まるで子供が道端で駄々をこねて寝転がる感じだ。どうやらちょっと拗ねているようである。
流石に目で追ったリュシアンだったが、そこは悪いことは悪いと叱るために、あえてすぐに視線を外し、少女を抱き起していた。
ニーナは苦笑しつつ、チョビを掬い上げるようにして両手に乗せた。すぐにリュシアンのところへ戻るかとも思ったが、ニーナの手の平に顔を押し付け、拗ねモード続行中だ。
謎のチョビの行動はともかく、もう一方の、リュシアンに抱き起された少女はというと、俯いたまま打ち付けた頭を手で押さえている。
かなり大きな音がしたし、相当痛かったに違いない。
「大丈夫だった? うちのチョビがごめんね」
リュシアンは、まずチョビの暴挙を謝ったが、少女には何が起こったが知る由もないだろう。頭を押さえていた彼女は、そんなリュシアンの声にふと顔を上げた。
真っ黒の髪に、真っ黒の眼。なんだか、ちょっと懐かしい。実際、ここまで漆黒と言える容姿は、日本人にもなかなかいなかったが。
(目、でか……)
肌は透き通るように白く、鼻筋は通って、ふっくらした唇が薄く紅を引いたように赤い。顔つきは、どちらかというとフランス人形に近いかもしれない。そのまま日本人の色彩なのに、なぜか姿形は西洋風という、どこかちぐはぐな感じだった。
リュシアンも凝視していたが、少女も食い入るようにこちらを見ていた。そして次の瞬間、ぱあっと花がひらくように笑った。
「うわ……、かわっ」
いい。と、思わず口に出したリュシアンを誰も責められまい。なぜなら、その笑顔に全員釘づけになったからだ。
……チョビ以外。
予想外の珍客はあったが、ともかく最優先事項は、ここがどこかを確認することだった。少女に、どうしてこんなところにいるのか聞きたくても、リュシアンたち自身がまずどこにいるのかわからないのだ。
(そういえば、きくらげはどこに行ったんだろう?)
リュシアンにくっついていたはずの、あの黒いビラビラした謎の物体が、あたりを見回して探してみても見当たらないのだ。
ふと、少女を見る。
(――いや、ないない)
自分の思考に、呆れたように首を振った。だいたいあの物体が生き物だとして、あの時こちらを向いた目のようなものは、確かに青かった。それに比べて、この子は黒い瞳なのだから。
「ねえ、君はもともとここに居たの?」
身体の小さなアリスの服を、裾を調節する形で少女に着せた。いくら何でも、裸で放置はできなかったからだ。そして、一通り身なりを整えてから、改めてリュシアンは少女にそう質問した。
服を着せても、何をしても、彼女は一言もしゃべらなかった。じっと、リュシアンを見つめているだけだ。
いまも座っている少女にあわせて、リュシアンが身を屈めて目を合わせると、嬉しそうにニコッと笑った。
(可愛い……じゃなくて、困った)
「落ちてきたはずなのに……なぜか天井があるし、訳が分からないわね」
「あの岩場から落ちたとして、ここはまだモンフォールかしら?」
ニーナとアリスは顔を見合わせて、エドガーを見た。これでもモンフォールの王子なのだ、自国のことなんだからちょっとくらいは知っているだろう、的な眼だ。
「え? うーん……でも、このあたりの地下に、こんな洞窟みたいな場所があるなんて、俺は聞いたことがないけど」
「そうだね、僕も知らないや」
地元のエドガーとリュシアンが共に首をひねるさまに、ニーナは落胆したように「完全に迷子ね」と首を振り、アリスは改めてあたりを見回して、独り言のようにポツリとつぶやいた。
「なんだか……ほら、アレみたいね」
「あれ?」
リュシアンが聞き返すと、アリスはうん、と頷いて人差し指を立てた。
「ダンジョン。この間、話してたじゃないの」
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