落ちる!
「だから、きくらげってなんだよ。てか、きくらげって噛むのかよ」
「噛まないよっ、きくらげは」
「は? いや、さっき噛まれたって……」
「きくらげは噛まないけど、このきくらげっぽいのに……って、どうでもいいよ、もう!」
キリがないので、リュシアンはさっさと話題を切り上げた。
指の傷は小さく二つ、ぷくっと血が盛がってきている。リュシアンは改めて、その黒い物体を見た。
相変わらず岩にくっついていたが、上部の丸い突起のようなものが、くるっと振り向くようにこちらに回った。二つのビーズのような青い目が、一瞬見えた。
次の瞬間、いきなりぶわっと身体を広げて飛んだ。
「うわっ!?」
「おい、リュシアン!」
身体を仰け反るリュシアンを受け止める形で、エドガーも一緒にバランスを崩した。二人とも、転がり落ちるように岩場の向こう側へ尻もちをついて倒れ込む。それを狙いすましたように、黒い飛来物がムササビのように素早い動きでリュシアンの胸元へと着地した。
そして、その黒いものは、しゅるっとその襟元から、あっという間に服に忍び込んでしまったのである。
「痛っ! ……服、服の中に、首ってか、肩っ? めっちゃ噛んでるっ」
「うわっ、こらっ、暴れるな。取ってやるから……、動くなって!」
しっちゃかめっちゃかの大騒ぎだった。
しかも、チョビが何を勘違いしたのか、きくらげに対抗するように自分も襟首から侵入しようと頑張っている。
「いたたっ、こらチョビ、チョビは無理! そこ、入るとこじゃないから。つ、角が痛い、刺さってるからっ! エドガー、チョビ取って!」
「お、おう、待ってろ」
すぐさまエドガーの手に捕まったチョビは、どこか不満そうに手足をバタバタして抗議している。尻もちをついたままのエドガーを残し、リュシアンは取りあえず立ち上がった。もちろん、いまだにその服の中、肩口にはアレがくっついたままである。
慌ててシャツの前ボタンをはずしていく。
「ちょっと、二人してなに騒いでんのよ。そろそろ寝なさいって、さっきから……あら?」
その時、ニーナとアリスが、岩場の向こうから顔を覗き込んできた。
チョビを抱えたエドガーが呆然と座り込み、リュシアンはなんだかパニックを起こしたように服を脱ごうとしているところである。
「なにこれ、どういう構図?」
そして、呆れたようなニーナの声と、いきなり岩場がぐらりと揺れたのはほぼ同時だった。
「わっ! なんだこれ、地震?」
だが、揺れたと感じたのはリュシアン達だけだった。なぜなら、リュシアンのその声に反応したのは、この四人だけだったからである。少し離れたところにいる護衛達も、こちらを見てはいるが動きはない。それに、たぶん近くにいるだろうゾラも姿を現さない。
そして、そこからは本当に一瞬だった。
ガクンッ! と、床が抜けるように足元の空間が消えたのだ。
なにを言う暇も、対処する隙も無かった。実際、揺れたと感じてから、落ちる! と思った感覚は、ほとんど刹那の事だった。
「……っ、わっ!」
急速に闇に落ちる視界に、一瞬だけゾラの必死な顔が映った。無意識に伸ばした手に、彼の指先がほんのちょっとだけ触れた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます