岩陰
「きくらげってなんだよ?」
エドガーが首をひねっている。この世界にきくらげないかもしれない、とリュシアンは説明しようとして、すぐに諦めた。現物があるならともかく、とくに味もなくビラビラしたあの物体の説明は難しいと感じたからだ。あれがきくらげだとして、見せたほうが早いかもしれないと、岩場の方へ歩いていった。
「ちょっ、こら! ダメだリュシアン、無闇に近づくな」
「大丈夫大丈夫、さっき護衛の人がちゃんと見回りしてたから」
――岩陰に近づいてはならぬ。
何処からか聞こえてきた声に、リュシアンは思わず振り向いた。
けれど、そこには止めに入ろうと手を伸ばしたエドガーが間近におり、いきなり振り向いたリュシアンに驚いて、つられて後ろを振り向いていた。
「なんなんだよ?」
もちろんそこには何もなくて、エドガーは不満そうにリュシアンに視線を戻す。
「いや、あれ? いま、近づくなって……」
「だから、無闇に近づくなって、俺が!」
「いや、エドガーじゃなくて……、あれぇ、おかしいな」
どこか記憶の奥底で、危険を促す信号のようなものが点滅していた。そして、さっきの言葉をどこかで聞いたような気がして、リュシアンは落ち着かない気持ちになった。
はやくここから離れたほうがいいような、そんな急かされるような焦燥感。
でも、すぐそこに例のきくらげが生えている。
これが気になるのも、また別のなにかに突き動かされている感覚だった。この正体を確かめないと、たぶんずっと落ち着かないだろう。
そして、好奇心がほんのちょっとだけ勝った。
吸い寄せられるように、岩に張り付く黒いそれにそっと触れた。
「ん? ……なんか、あったかい」
部分的にうっすらと短い毛が生えており、まるでビロードのような感触。
「大丈夫かよ、あんまり変な物に触るなよ」
「なんか、これ体温? があるんだよ、手触りもなんか……っわ、痛!?」
黒い物体を触りながらエドガーを振り向いたリュシアンが、急に顔をしかめて慌てて手をひっこめた。
「どうした!?」
「……きくらげっぽいのに、噛まれた!」
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