団欒2
「にいさまーっ、ちょびっ!」
客間の前まで来ると、突然、後方から弾んだ幼い声が聞こえてきた。
リュシアンが振り向くと同時に、軽い足音と共にぴょんっと妹のマノンが飛び込んできた。不覚にも虚をつかれて「わっ!」という声と共に、足を取られたリュシアンだったが、転びそうになったところをエドガーが二人の体重ごと受け止めた。
リュシアンは、当然その声の主を受け止めるつもりだったのが、予想以上の反動を受けてよろけてしまったのだ。一年という年月が、育ち盛りの妹を思いのほか成長させていたのだ。
「すまん! 止められなかった」
かなり後方から、慌てたようにロドルクが駆け寄ってくる。久しぶりの兄の帰宅に興奮した弾丸ロケットのようなマノンを引き留めようとして、失敗したのだろう。
「ううん、大丈夫……エドガーもありがと」
リュシアンに散々甘えてとりあえず満足したのか、マノンの興味はすぐにその頭上のチョビに移り、あっという間にチョビがむしり取られた。
兄であるリュシアンの頭の上に、背伸びすることなく、腕を伸ばしひょいっとばかりに簡単に。
「…………」
それを見ていたロドルクとエドガーは、呆然と顔を上げたリュシアンに、まるで「ドンマイ」とでも言いたげに、笑いをこらえるような顔をした。
エドガーは家族のように迎えられ、とても満足そうに数日間を過ごした。
流石に森は案内できなかったが、薬草園を見せるとそれは興味深そうに見学していた。もちろん、王宮にももっと立派な庭園があるが、母親のイザベラに薬草園などの現場に入ることを禁じられていたのだ。勉強として薬草学は齧ったが、薬草はキチンと処理され乾燥したものしか見たことがなかった。
学校でも薬草学は取ってなかったので、こういう薬草園に入ったのは実は初めての経験だった。手入れの行き届いた薬草園に感銘を受けたらしく、来年度は薬草学を取ろうかと真剣に考えたようだった。
さらには案内したクリフに、エドガーはすっかり懐いてしまった。ピエールのときもそうだったが、なんだか彼には不思議な引力があるようだ。
「あの人は漢だ!」
とか、訳のわかないことを言って興奮しきりだった。いったいエドガーになにを吹き込んだんだろうか? それとも、あの筋肉だろうか? 何といっても大剣使いを夢見るエドガーの事だ。あのムキムキの男らしさに憧れたのだろう。
そしてもう一人、ロランと会うなりエドガーはなぜかシャキッと姿勢を正した。彼から醸し出される雰囲気から、何かただならぬものを感じたのかもしれない。
「お会いできて光栄です、エドガー殿下」
「あ……、うん。いえ、はいっ、こ、こちらこそ、です!」
見惚れるほどの身のこなしで礼を取るロランに、エドガーは思わず間抜けな返答をかえした。なぜかロランには礼を取るなと言っても通じないような気がして、あえて口に出さなかったようだ。
エドガーの願いもあって、ほんの数時間だけ長剣の扱いをロランに指導してもらった。
「あの人、すごいな。リュシアンが武術が得意な理由がわかったよ」
そんなことをエドガーは言ったが、リュシアンはほとんど直接指導されたことない。それに武術が得意などと、間違っても思ったことはなかった。なにしろ、あれは何処までいっても護身術なのだ。
リュシアンは目いっぱい首を振ったが、エドガーはいつものように謙遜だと思っているのか、はいはいと適当に答えて肩を竦めていた。
ともあれ、屋敷に戻るとエドガーは興奮状態で一日の出来事を食卓で披露した。そこに、いちいちリュシアンが突っ込んだり、茶化したりするものだから、家族はそれに頷いたり、笑ったりとそれは賑やかなものになった。
「……ここは、居心地がいいな」
部屋に戻る際、エドガーは一瞬だけ真面目な顔でそうつぶやいた。
驚いた顔で見上げるリュシアンに、どこか困ったように苦笑して「余計に帰りたくなくなるよ」と本心を呟いて、すぐに小さく首を振った。
そしてリュシアンが何か言うより早く、口を開いた。
「おやすみ、リュシアン」
屈託した顔のまま、エドガーは畳みかけるようにそう言って部屋の扉を閉めた。
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