鍵
「先日のことは、私から報告させていただきました」
この世界の手紙や荷物は、郵便のような業種をになう商会によって運ばれたり、冒険者を雇って運搬させたりすることが一般的だが、王侯貴族など一部の例外として、高価な魔石を使う方法もある。文字のみの通信になるが、ほぼ一瞬で相手に届けることができる。
「持ち場をはなれ、殿下にお怪我を負わせたことを大変ご立腹され……」
「なにそれっ! いや、あれは僕が…」
ゾラの言葉を打ち消すように口を挟んで、すぐに首を振って言葉を切る。ここで誰が悪いかを争っても仕方がないのだ。そして、改めて口を開く。
「確かに、命令違反がいいとはいわないよ。規律があるのもわかる。でも臨機応変が出来ないのはもっと悪いよ。それならロボットでも傍に置いとけばいい」
もちろん考え方はそれぞれだし、組織のありようもそれぞれだろう。下は考える必要がないなどと、人格を無視した命令がまかりとおることもあるし、それが正しいとされることもある。リュシアンも自分の考えを曲げるつもりはないが、人によって正しいことが一つではないのも事実なのだ。
「ろぼっと……? は、わかりませんが、陛下は、最終的に私の進退は殿下にお任せになると仰せでした」
それを聞いて、リュシアンは力の入っていた肩から力を抜いた。
――要は、試されているのだ。
(なるほどそうなるわけか。…ムカつく、あのちょい悪オヤジ、ムカつく)
よく考えてみれば、本当にやめさせる気なら挨拶なんてさせないで、勝手に替えれば済む話だ。それを負い目を感じさせることで、これを期に自ら隠密を認めるように仕向けたということなのだ。
今回の事で、ゾラは王を介した隠密ではなく、リュシアン直属になるという形らしい。基本的には何も変わらないけれど、これからは「護衛なんて必要ないよ」と軽々しく言えなくなったことは確かだ。そうなったら、ゾラは即座に首切りだからだ。
またしてもあの王様にしてやられたようだ。とはいえ今回は心配かけたみたいだし、大人しく茶番に付き合うしかないだろう。
(けど、腹立つね。エドガーじゃないけど、反抗期になりそう……)
そして、あの日の魔物たちの死骸は、学園内にある研究機関に運び込まれ解剖調査された。リュシアンの想像通り、研究機関の見解はあれが幻獣なのは間違いないとのことだ。ごく稀に召喚されて幻獣が現れることはあるが、その場合は召喚した者が養うことになるので、あのように暴れることはあまり例がない。
本人は覚えていなかったが、実のところ向こう側と繋がった時にそれは漏れ出してきたのだろう。
リュシアンのせいとばかりは言えないが、双方を繋ぐきっかけとなる鍵ではあったことは確かであった。
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