遭遇戦

 ソレは、空からやって来た。

 風を孕んだ重い羽音と共に、夜のような大きな影がすくみ上った生徒たちに落ちかかってきたのだ。

 リュシアンでさえ、ひととき呆然と凝視してしまった。


(あれは、一体なに?)


 全身が羽毛で覆われた鳥のようなモンスター、その巨大なカギ爪を持つ足には何かをぶら下げていた。


「あ、あれって……!」


 途端に悲鳴のような声を上げたのは、逃げてきた合流組。その足に捕らわれているのは、彼らのグループの仲間で逃げ遅れた生徒だったのだ。

 遠目ではあるが、大きな怪我などはしていない。そうなると肉を食らうためというよりは、魔力供給のための生贄だ。

 あの魔物は、チョビと同じ幻獣。

 こことは違う世界の住人だ。まえにも聞いたが、こちらの世界では、魔力を持つモノからのべつ幕なし魔力を吸収するバケモノと化してしまうのだという。今は、あの捕まえている生徒から魔力を奪っているのだろう。

 魔力枯渇は、限度が過ぎれば、時に死にも至る恐ろしい状態だ。早く助けないと危ない。


 リュシアンは、投擲用ナイフがセットされた革製小型ケースを、ホルダーが付いたベルトへと取りつけ、いくつかの巻物を取り出した。

 こんなことなら、中級くらいの魔法を仕込んでおくのだと少しだけ後悔したが、後の祭りだ。


「リュシアン、どうする気?!」


 混乱する生徒たちは我先にと魔物を背に逃げ出したので、アリスたちも止めることが出来なかった。幸いモンスターは追いすがることはなかったが、一部の生徒たちは腰を抜かして座り込んでいる。

 アリスやエドガーは、逃げ出した生徒たちには構わず、戦闘準備に入ったリュシアンのもとへと駆けつけた。

 

「あの子、もう意識がない。魔力を奪われて動けないんだ。助けなきゃ……」

「そりゃ、助けたいけどよ。こんな相手にどうやって」

「見たことないモンスターだけど、強そうなのは確かね」


 本当は逃げたほうがいいのかもしれない。けれど、逃げても追いつかれて、あっという間に半数はやられるだろう。少なくとも今座り込んでいる生徒は、確実に餌食になる。

 いくら考えても、最悪のシナリオしか思い浮かばない。

 唯一の望みと言えば、やはりだいぶ前に放った隠密ゾラが、応援を連れて戻ってくることだ。だが、どう考えてもまだまだ後の事である。


(どうする? どうしたらいい?)


 それまで品定めをするように、上空で見下ろしていた魔物がゆっくりと降下してきた。ついに獲物は決まったというところか。

 そして、魔物はまっすぐにリュシアンの元へと降りてきた。


(そうなるよね、……ちょっとわかってた)


 膨大な魔力量を誇るリュシアンが、幻獣にとってどう映るのか想像に難くない。とんでもないご馳走が、小さくて弱そうな器に盛られているようなものだろう。それはもう、まっしぐらである。


「アリス、エドガー! すぐに離れて。狙いは僕だ」

「何言って……っ!」

「リュシアンは私が守っ、……わっ!?」


 ごねるのも承知の上だったので、咄嗟に風魔法を使って鳥の魔物もろとも彼らをその風で吹き飛ばした。とはいえ攻撃したのは鳥単体、エドガー達は余波で後ろへ弾かれただけである。


「固まってたら動きにくい。僕なら平気、周りから援護して」


 思わぬ反撃を受けて魔物は上空へと戻った。足に捕らえられている生徒は、その動きに振り回されているが、意識が戻る様子はない。

 三人でこの魔物を倒すのは難しいと、リュシアンにはわかっていた。本当なら、ここは時間稼ぎが正解なんだろうけど、あの生徒がそれまで持ちこたえてくれるか微妙なところだ。

 一進一退を繰り返すうちに、魔物がいきなり急降下してきた。そして、こちらが構える前に嘴を開けた。


「ギギュィィイイイイイイイイ――――――――――ッ!」


 次の瞬間、凄まじい金切り声が空気を引き裂くように響き渡った。

 リュシアンは、たまらず手に持っていた巻物を手放し耳を塞いだ。霞む目の端には、よろけて大剣を地面に落とすアリスと、ひざを折って蹲るエドガーが見えた。

 まるで脳みそを直接殴られたような衝撃に、危うく意識が飛びそうになる。

 それでもなんとか顔を上げたが、そこにはすでに大画面で鳥のアップが迫っていた

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