記憶の狭間

 飛び起きたリュシアンは、同時にとんでもない頭痛に呻いた。


「……う、っ!? い、痛ぁ……」

「まだ寝てろ、おまえ川辺で倒れたんだぞ、一体何があったんだ」


 思わず前のめりに蹲ったリュシアンの身体を、エドガーが力ずくで引き上げて無理やり寝台へと戻した。

 リュシアンは仰向けに横になった状態のまま、あたりをぐるりと見回した。小さなテーブルには、薬草を調合したり錬成する道具が置いてあり、辺りには鎮痛作用のある香りが漂っている。

 そこはキャンプ地に設置された救護室の中だった。


「川辺? ……あっ!」

「なんだよ、大きな声だして」


 再び起き上がろうとするリュシアンの小さな頭を、エドガーの手が掴むようにしてそのまま枕へ沈めた。ちなみにチョビはそんな扱いをされても、リュシアンの頭の上にしがみついている。


「米っ! ……米は?」


 エドガーは呆れたようにため息をついて「初めに聞くのはそれなのかよ」と、小さく呟いた。


「お前が持ってた変な鍋ならちゃんと持ってきたぞ。それよりちょっと待ってな、先生呼んでくるから」


 そうしてエドガーが呼んできたのは、例の獣人の保険医ユアンであった。慌てて入って来て、何もないところで思いっきり躓いたりして、かえってリュシアンを慌てさせた。


「意識が戻って安心しました。少し、問診しますね」


 エドガーや、ニーナ、アリスたちはとりあえずは外へと追い出されてしまったようだ。彼らは意識が戻るまでの間、交代でリュシアンを診ていた。意識が戻ったと聞いて、ニーナたちも駆けつけたのだが、ユアンの問診が終わるまでテントの外で待機を言い渡されたのだ。


 正直なところ、リュシアンが語れることは少なかった。

 なにぶん、あまり覚えてないのだ。米を洗いに行ってたことははっきり覚えている。でもなぜか、そのあとの記憶がひどく曖昧になってしまっているのだ。


「じゃあ、いなくなっていた時のことを覚えていなんですね?」

「……はい」


 リュシアンは歯切れが悪く、自分のことなのに首をひねっている。


「夢を……見たような気がします」


 どことなくぼんやりしたままのリュシアンを、心配そうに見つめたユアンは、気分はどうかとか、痛いところはないかとか事細やかに聞いて、薬草の入った温かい飲み物を出してくれた。

 外傷はないし、熱があるわけでもない。結局、さしあたって治療する必要がないということで、しばらくは安静という指示だけ受けて、リュシアンはようやく解放されたのである。


 そのあと入室を許可されたエドガー達にようやく事の顛末を聞かされた。

 そもそも事の発端は、米を洗いに川辺へ出掛けたリュシアンが行方不明になったことだった。また、それを知らせに来たのが、正体不明の青年だったことから一時は騒動になったらしいが、彼の正体はリュシアンについていた隠密だった。王の証を持っていたことと、偶然エドガーが見知っていたこともあり身分が証明できた。


 それからリュシアンの捜索が始まった。

 隠密は目を離してはいないというが、もしかしたら川に落ちたのかもしれない。そうなると、大掛かりな捜索が必要になる。

 ニーナをはじめとする班の生徒たちが下流にも捜索したいと進言するのに、教師陣はこぞって反対した。それはもっともなことで、ここを離れればモンスターも出現する危険地帯なのだ。すぐに学校へ連絡をいれて、きちんとした捜索隊を出すからと、暴走気味の生徒たちを宥めるのに必死だったらしい。

 そして、学生と教師が押し問答になり始めた頃、驚くべきことが起こった。

 全員の視線が離れた一瞬の間に、目と鼻の先にいきなりリュシアンが現れたのだ。


 そこは、まさにリュシアンが失踪した川辺、……言うまでもなくさんざん探した付近だった。

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