通貨と買い物

 この世界での通貨は、主要都市やほとんどの国においてほぼ共通である。

 なぜなら、その通貨の材質そのままが、ほぼ同じ価値だからだ。信用手形のようなものはあるが、あくまでそれはその国、領地など限られた場所でしか使えない。

 

 リュシアンは、生まれて初めて『お金』を手にしていた。

 今までは、領地で使える手形でしか買い物をしたことがないし、一人で行動することがほとんどなかったのでお金を使う機会がなかったのだ。ちなみに学園内の購買や、飲食店は学生証代わりのカードで支払いをする形である。


「あまり見えるところに出すものじゃないわよ」 


 小さな巾着袋を広げてお金を眺めていると、そうニーナが注意した。この辺は、それほど治安が悪いわけではないが、それでもスラム街のようなものはやはり存在し、たびたびスリなどの騒ぎを起こすらしい。


「あ、ごめん」

「なによ、そんなにお金が珍しいの?」


 リュシアンが慌てて腰ベルトのカバンに巾着袋をしまうと、ニーナはちょっと噴き出して小さく笑った。その横でこっそりお金を眺めていたエドガーも、素知らぬ風を装ってポケットにねじ込んでいる。


「そういうニーナだって、そうなんじゃないの?」

「あら、私が親元を離れて何年ここにいると思ってるの?こうして街に降りての買い物だって、何度もしてるのよ」


 人の事は言えないんじゃないかと、リュシアンが指摘をするとニーナは胸をそらすようにして、すこしお姉さんぶった口調で答えた。

 

 その会話を呆れたような顔で聞いていたのはアリスである。

 この三人の素性はもちろん知っていたし、貴族なんてものは普通自分では買い物などしない。わかってはいたがこうして目の当たりにすると、なんだか開いた口がふさがらなかった。

 アリスはドリスタンの城下町でそこそこ繁盛している商会の娘だった。爵位こそないが、それこそ下位の名ばかりの貴族に比べたらよっぽど裕福だったかもしれない。そんな彼女からみても、彼らの箱入りさ加減は驚きを通り越してバカバカしいとさえ思える。

 王族ってみんなそうなのかしら?アリスは、あたりを確認して溜息をつく。

 リュシアンに付いている隠密の存在はともかく、おそらくエドガーとニーナの護衛だろうか、何人かこちらを伺う人物が周りを囲んでいるのを、アリスはとっくに気が付いていた。

 防犯のためか、あえて隠れてはおらず、つかず離れず彼らについてきている。

 護衛や付き人の存在に慣れ切っているリュシアンたちは、とくに気にした様子はなかったのだが、アリスはなんだか落ち着かない気分になって仕方がない。


 ちなみに、学園内では護衛は表立ってはつかないのが慣例である。そこは学園の各種防犯システムを信頼してのことだ。さすがに学園内でもトラブルが皆無とは言えないが、それが学生間で起こったものなら個々の責任となる旨、あらかじめ入学時に了承済みというわけだ。


「リュシアンたちはちゃんとした防具もってる?」


 いろいろな商店が立ち並ぶ通りに出ると、ニーナは新入生の二人に確認した。

 リュシアンとエドガーは顔を見合わせて首をかしげる。


「学校で一応、一揃えしたけど?」

「ああ、訓練用のではなくて、個人の防具や武器よ。持参したものとかある?」


 リュシアンは、例の短剣を差出した。

 ただし柄の紋章は、今は見えないようになっていた。このナイフは刀身から柄まで一つながりの特殊金属でできているが、そのグリップに火蜥蜴の革を巻いて加工してもらったのだ。使い勝手がいいように滑り止めと、余計な騒ぎを起こさないための処置と、一石二鳥の仕様である。仮にも父親にもらったものだし、この短剣がいいものであるのは間違いないので一応身に着けてはいるのだ。


「あと、この籠手。わりと気に入ってるんだよね」


 差し出されたナイフを受け取り、リュシアンが得意げに籠手を見せるのに頷いて、ニーナは手にしたそれを興味深そうに観察した。


「…すごく、いいナイフね。というかこの素材…、まさか」

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