ピエール達の進路

 長男が戻ってきたとはいえ、二人の息子を同時に屋敷から出すことになって両親は少し寂し気だった。

 なにより妹には、たいそう泣かれてしまった。まだ一か月以上先のことだが、家族にとっては急に決まったことなので動揺するのは無理もないことだった。


 リュシアンは入学までの一か月、ほとんどの時間を薬草園で過ごした。

 魔法は一応の区切りがついたので、薬の調合や合成をもう少しやっておきたかったのだ。毎日のように作業小屋に入り浸っていると、時々リディが様子を見に来るようになった。

 気が付くとお茶を淹れてくれたり、興味深そうに調合を見ていたりした。


「ぼっちゃま、じょうずだね。おにいちゃん、ぜんぜんうまくいかないっておこってたよ」

「へえ、ちゃんと練習はしてるんだ」


 傷薬の上級をぽんぽん作るリュシアンに、リディは大喜びで手を叩いていた。

 ピエールは努力家ではあるけれど、すこし落ち着きがないというか、そそっかしいところがある。以前、妹を劇的に治した薬に感動したのか、密かに薬師になりたいと願っているようだ。だが、それなら傷薬の中級くらいは作れないと困る。魔術錬金ができないのだから、調合だけで作れる需要の多い薬のグレードを上げていくしかないのだから。


「こらっ! やっぱりここにいた、ダメじゃないか、ぼっちゃんの邪魔しちゃ」


 噂をすれば影、ピエールが小屋に入ってくるなり妹を叱りつけた。リディは思わず首をすくめて、すすっとリュシアンの背中に隠れる。


「リディはお茶を淹れてくれたんだよ、ピエール」


 リュシアンはすかさず助け舟を出して、ピエールにも一緒にお茶をしようと誘った。途端に、恐縮して部屋を出ていこうとするピエールを捕まえて、強引に仲間に引きずり込んだ。


 朝の仕事が終わると、薬草園では昼食の前後に長めの休憩時間になる。休みといっても昼からの仕事の用意をしたり、朝仕事の片づけをしたりと、半分は仕事のようなものだが一応は自由時間なのだ。

 リュシアンは、ちょうどいいので兄妹にお昼休みはここに来るようにと指示した。ピエールには調合、リディには文字を教えてあげようと思ったのだ。

 

 リディも、いずれ学校へいくのだから、少しくらいは読み書きができたほうがいいだろう。今回はとっかかりくらいしか教えられないが、それでも何かしてやりたいと思ったのだ。

 なぜ突然こんなことを始めたかというと、そう遠くないうちに彼らがここを出るかもしれないからだ。まだ決定というわけではないが、二人は王都の屋敷の方へ行くことになるらしい、と小耳にはさんだのである。

 以前から話はあったが、エヴァリストが所有する王都の宿屋の一つを、リック夫婦に預けようという計画があるのだ。ほとんど知人の宿泊用にしか使ってなかったところだが、いい機会なので話を進めるつもりだと聞いた。今まで貯めた賃金を頭金として、リンゼイたちが買い取るという形になったのだ。

 その際、王都の屋敷の人手不足をピエール達で解消しようということになった。ジムもドリスもまだまだ元気だし、ピエール達が手伝いに入ればなんとかやっていけるということだろう。

 そして王都に慣れた頃なら、リディも安心して学校へ通えるに違いない。

 学校に通うためとはいえ、リディを一人で王都へやるわけにもいかないし、そのことは一石二鳥になると考えたのだ。ピエールも一緒に行けるのだから三鳥くらいかもしれない。

 

 ――あの二人が王都にいく頃は、たぶんリュシアンはもういない。出来るだけのことはしてあげたいと、そう思ったのである。

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