模索
結論から言うと、紙への念写は簡単にできた。
リュシアンがメモ用にともらった紙なので、薄いし目が粗いため裏映りしてしまっているが、間違いなく魔法陣が定着している。
これがなんというスキルなのか、はたまた魔法の一種なのかリュシアンにはわからなかった。
勝手に「念写」と呼んではいるが。
紙に記された魔法陣を、リュシアンは注意深く見た。
陣に触れないように端っこを持って裏をぴらっとめくって、つい微妙な顔になってしまう。なにしろ完全に裏映りしているのだ。
発動するか試したかったが、それをここでやるのはちょっと気が引けた。
嫌な予感しかしない、前回の例もあるし燃えるのは確実だ。
書斎から本を持ちだし、リュシアンは薬草園の作業場に場所を移した。
薬草園の中央にある温室。その一角に小さな小屋…、日本人の感覚では立派に家だけど、がある。
ネズミランドがまるっと入るほどの敷地には、ありとあらゆる薬草が栽培されていた。そして特別な環境なものは、気温管理されたハウスなどで丁寧に育てられている。
高原や岩場、雪原、洞窟など、そこにしか育成しない植物もあるので全部まかなうというわけにはいかないが、乾燥したものなども合わせると簡単な薬や錬金に使うものくらいならほぼ揃うだろう。
母は腕のいい薬剤師であり、鉱石や金属、素材の錬金術でもかなりの腕だった。
教師としては申し分ない。
だけど上質な紙を作るのに協力してもらうのは躊躇われた。魔法陣を写す紙はかなり上位の錬金で、そんなものをなにに使うのか聞かれるのも困るからだ。火遊びを注意されるのがオチである。
作業場に本や燃えそうなものを残して、温室の外へ出た。
管理人の道具入れの中から適当なものがないかと探して、一本のほうきを掴むと意気揚々と裏のひらけたところへと移動する。焼却炉があるところなので、多少の火が出ても問題ないだろう。まあ初級魔法だし、とわりと気軽に考えていた。
さっそく土を盛ってほうきを逆さに立て、的の代わりにした。少し離れたところに立ち、魔法陣が描かれた紙をひらりとかざす。
狙いを定めて、ちょっとだけおっかなびっくりになりがらも指ではじいた。
指が陣に触れた途端、紙は一気に燃えて吹き飛び、火の玉が飛び出したと思った間もなく、それは瞬く間にほうきを弾き飛ばした。
「おお、ちゃんと出た!やった」
考え方は間違ってなかった。
「ちょっと勢いすごかったけど、大丈夫だよね初級の魔法だし、火は燃え広がらなかったし!」
すっ飛んでって近くの木に直撃し、バラバラになった元ほうきだった破片をリュシアンは見て見ぬふりをして、うんうんと頷いた。
とはいえ、やはり手元で紙が燃えるのは怖かったのか、リュシアンの腰はちょっと引けていた。そのサラサラヘアーも、前髪がちょっと焦げてチリチリになっている。
教会から来たエマが使っていたような、ちゃんとした魔法陣を収める高級紙が欲しいと思った。しかも魔法陣用に作られた紙は、魔力を摩擦なく速やかに流し、消滅する魔法陣を剥がれやすく精製されいるので何度でも使いまわしできるのだ。
ちなみに魔法陣は、描こうと思えばどこにでも描ける。
ただ特別に誂えた紙はうまく魔法を発動できるが、適当なところへ描くとうまく魔力が流れず、下手をすれば暴発して大参事になるらしい。
前回の許容量を超えた紙が弾けたように、流す魔力量によって受け流す紙(媒体)もそれなりの処置をしておかないとらないのだ。
上位の魔法になればなるほど魔法陣は複雑になり、さらには魔法陣二枚以上の魔法とかも存在する。そんなの透けてたら笑いごとでは済まされない。
「うーん、どうしようかな」
巻物専用に作られる厚紙を自分で錬金で来たらいいのだけど。やっぱりアナスタジアに聞いてみるのが一番いいのかもしれない。
錬金術の場合、錬成陣(魔力)が必要なものと、ただ配合のみでできるものがある。初級の薬のなどは後者である。そして紙を精製する材料は、錬成陣を必要とする素材なのだ。
レシピはさっき書斎から持ってきた本に、錬成陣と共に載っているだろう。
これらも巻物としてはあまり市場に出回ってないが、魔法陣よりはよっぽど研究されていている。
なぜなら錬成陣は必須だからだ。むろん魔力の必要ない錬金にはいらないが、魔力を必要とする素材にはかならず錬成陣が必要となる。
ただ魔法陣のように複雑怪奇なものではないので、写生のスキルさえあればほぼ誰でも書けるし、紙も特別のものでなくてよい。魔法陣とは逆で、錬成陣の巻物が出回らないのは、必要だけれど簡単に作成できるからだ。
問題になるのはむしろ材料である。
この薬草園だけでは全部は揃わないだろう。たしか、なんかの木の皮とか、表面をコーティングする油?みたいなものがいると思う。
温室を抜けて作業場への道を、リュシアンは思案気に足元を見ながら歩いていた。
問題はとりあえず山積みだけど、これはかなり希望が持てるかもしれない。
使えないと思っていた魔法が使える。
魔法陣を調べるのは骨が折れそうだけど、そのうち王都や学園都市にいけるようになればもっといろいろな魔法陣を探せるかもしれないし、おそらく見ればどんな魔法陣でも描けるだろう。
本人は気が付いていないが、実のところとんでもないことである。
リュシアンは写生の上位互換くらいに思っているが、念写と呼んでいるその能力は全く別物である。
巻物に陣を移すには写生のスキルを持ってしても数分から、数枚の魔法陣が必要となる大掛かりものだと数時間はかかる。また写生という言葉通り、実際の魔法陣を見ながらしか書けない。それをリュシアンはほとんど一瞬で、しかも一度見れば記憶してしまうのでそらで描けるのだ。
だからこそ、まがりなりにも空中に判を押すように描ける。今はまだ流れてしまって魔力を通すまで形を保てないわけだけど。
おそらくスキルというよりこれは異能であり一般的ではない。でなければ、属性も関係なく無詠唱で魔法が発動できる魔法陣はもっと研究されただろう。
「おや、ぼっちゃん」
考え事をしながら歩いていたリュシアンは、いきなり呼びかけられて顔を上げた。
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