ご落胤王子は異世界を楽しむと決めた!
るう
序章
プロローグ
春の爽やかな朝、家族と朝食を取っていた。
給仕の配膳したスープを、いつものように口にして「あ」と小さく呟く。
毒、だ。
またか、というどこか諦めに似た昏い感情と共に椅子から転がり落ちていた。
上座に座る父親が、慌てて駆け寄り水を持ってくるように指示している。
二才年上の兄と、一つ下の妹が取り巻くようにオロオロと泣きそうな顔をしていた。
母は、気を失いかねない顔色で僕を心配そうに見ている。
うららかな食卓は、こうして上を下への大騒ぎになってしまった。
給仕をした実行犯の男は、部屋の外へと出ようとしていたところを捕まったらしい。
ほとんど一瞬で意識を失ってしまったので、これら騒ぎは後で聞いたことだった。
王都から離れた田舎の領地を持つ伯爵家の三男、リュシアン・オービニュ。
先日、五才の誕生パーティーを小規模ならがら屋敷で開いたばかりである。
薄い金髪に碧の瞳、少し病気がちで華奢な体つきの少年だった。
彼には二人の兄と、一人の妹がいた。
今年十五才になる長男は、隣国の有名な学園都市に留学していて今は屋敷にいない。
二つ上の兄は、どちらかというと勉強は苦手だが、剣術に長けており将来は騎士になりたいらしい。
下の妹はまだ四才、栗色の柔らかい巻き毛に青い瞳の愛らしい顔立ちで、三人の兄によく懐いていた。
両親はとても優しく、かつ領主としても公平で清廉な人となりだった。
家族には恵まれていると思う。
両親のことは尊敬しているし、兄妹は大好きだ。その点で不満など一つもない。
けれど、なぜか小さいころから何度かこうして命を狙われているのだ。
伯爵家のそれも三男を何故?
お家騒動など考えられなかった。
家族の誰もが伯爵家を継ぐのは長男のファビオだと思っているし、それを不満に思っている者は家臣たちをはじめいないはずだった。
果たして、こうして狙われるのも何度目になるのか。
他の兄弟が外へ出るときも、リュシアンが一緒に行くときは大げさなまでに護衛がつく。それが嫌で彼は物心がつく頃にはあまり外出もしなくなった。
そういう背景もあって、少し引っ込み思案な性格になっていった。
両親や兄弟はそんな彼を心配してあれこれと気を遣うのだが、それがかえって少年を意固地にしているところもあり、今となっては当たり障りなく心配かけないことを第一に、屋敷に閉じこもり気味になっている。
そして、今日。
今まで何度も命を狙われてきたが、今回のはさすがに危なかったらしい。
生死の境を、数日間彷徨った。
脱水症状が続き、高熱と朦朧とする意識の下――
変な夢を見ていた。
見たこともないような光が瞬く明るい夜。
石造りのとんでもない高さの建物が所狭しと立ち並ぶさまは、まるで押しつぶされてしまうかのような圧迫感だ。
リュシアンとしての記憶がこれを知らないと判断し、もう一つの記憶が懐かしいと感じていた。
(俺が生きてきた世界。)
そう、これは宮田
下手に仕事ができたがゆえに会社にいいように使われた。
そして、恋愛においてもいい人で終わってしまうことろがあった。
飄々として人を引き寄せる魅力があり、周りにはいつもそれなりに人がいたものの特に親しい相手を作ることはなかった。
もともと家族に恵まれなかった彼の境遇が、根本的なところで人との距離を置いてしまっていたのかもしれない。天涯孤独で、四十半ばになっても恋人一人おらず、その記憶はある日突然途切れている。
おそらく急な病に倒れ、一人暮らしだったため誰にも助けられず死んでしまったのだろう。
この記憶は、おそらく前世のもの。
とくに変わった人生を送るでもなく、無為に失った命の記憶。
だからこそ、と思った。
(今度は、訳も分からず死ぬのはごめんだ)
何としても生き延び、精いっぱい生きることを楽しんでやろう、と。
幾度も暗殺の脅威に晒され、どこか諦めてしまっていた少年は、ここへきて逆に開き直ってしまった。達観したというか、なぜ狙われているか知らないが、それこそ俺の知ったことか、と思った。
彼は、消極的で気弱なリュシアンである前に、生前飄々として人生を立ち回ったモーレツ(笑)会社員のイツキでもあったのだ。
そうして三日三晩の昏睡の末、リュシアンはようやく目覚めたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます