人と場所
逢坂一加
第1話
旅好きの友人・Nと飲みに行った。Nは主に海外へ旅することが多かったが、最近は国内旅行もするようになった。
女性の一人旅なので、危ない地域や治安に悪い国へは行かないようにしている。
だが、Nには「多分、行かないほうがいい国」があるのだという。
「その国が嫌いってわけじゃないの。むしろ、機会があれば行ってみたかったんだけど……」
タイミングが掴めないとか、出発を決めた時に限ってよく無いことが起こる、わけでもない。
数年前のこと。Nは家族旅行で大英博物館を訪れた。
当時のNは10代で、前の日の夜もぐっすり眠れた。時差ボケや疲れを感じるようになるのは、もっと年齢を重ねてからだ。
なのに。
博物館に着いた途端、不思議な感覚に襲われた。
「とにかく、横になりたくってたまんないの。
家族も見かねて、途中で寄った館内のレストランで、休ませてくれたんだけどね。
瞼を閉じて、寝ようとすると、意識だけは落ちない。身体は横になりたいのに、意識だけは眠れない。そんな感じ」
眠りたいのに、うまく眠れない。
そんな状態で、Nは大英博物館を見学した。そんな状態であったにもかかわらず、彼女は館内の様子をきちんと覚えていた。
「意識がフワフワしているんだけど、足はちゃんと歩けたんだよね。
ううん、むしろそんな状態だからこそ、転んじゃいけないって気が張っていたのかも」
倒れることもなく、人にぶつかることもなく、N一家は大英博物館を堪能した。
そして、Nの家族が楽しみにしていた展示―――エジプトのミイラの前に来た。
「ケースが近付いていくと、すごく眠気が強くなったんだよね。眼を開けているのがつらいの。
でも、足にはちゃんと力が入って、傍から見たら、ものすごくつまんなそうな顔していたみたい。
それでさ、意識も結構ぼんやりしていたのに、あのミイラについては、ちゃんと思い出せるんだよね。部屋とかケースとか、ミイラの位置とか、その横の棺とか」
その不思議な感覚は、後にも先にもそれ一度だけだった。
「博物館から出た後は、普通に観光したらしいんだけど……
そっちのほうが全然思い出せないんだよね」
人と場所 逢坂一加 @liddel
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