棒球オヤジ 1

 徒然なるままに。

 まあこの歳で野球にはまるとは思わなかった。

 ドラマのような切っ掛けなんかないんだな、期待に沿えなくて済まない。

 最近週末の買い出しで食料を詰め込んだリュックがやけに重く感じられて、三十五過ぎて体力がガタッと落ちたのを実感した時、ふと体が動かなくなる前にスポーツをやっておきたいと思った。

 野球(というか今のところただの壁当て)を選んだのも、手軽にできると思っただけだった。

 なんせ、ジョギングはつまらん、自転車は金かかる、テニスは疲れる、ゴルフはジジくさすぎると消去法で残ったに過ぎないし。

 たまたま近所に壁当てしても怒られない公園があったというのもある。

 野球どころかスポーツさえろくにやったことがないといっても、高校野球やプロ野球ぐらい見たことはあって、身近に思っていたこともある。

 だけど、決定打は変化球を投げてみたい。と思ったことだった。

 切っ掛けはショッピングサイトから送られてきた会員限定のプレゼントチケットで、なんとかという独立リーグのゲームをバックネット裏から見たことだった。

 線で仕切られたプレイゾーンと観客席との間のファールゾーンが、やけに狭い地方球場。ホームベースすぐ後ろのバックネット裏座席から見た生の野球は迫力があった。

 ピッチャーの投げたボールのシューというかジューという迫ってくる音。

 バッターの打ったカーンというかグワァーンという音。

 それに慣れたころ、それが起こった。ピッチャーとバッターの延長線上の観客席にいた俺はそれを見てしまった。

 俺、というかバッターに向かって迫ってきたボール、それがぶつかるかどうかというところでギューンと反対側に曲がっていったのを!

 あまりの変化になんか感動してしまった。

 考えてみると不思議だな、ただのボールが右に左に真下にと、中にはゆらゆら揺れながら落ちるって???なものもある。

 一体どうやってあんなものを投げられるようになるんだ?

 そう思ったら無性に投げてみたくなった。

 

 硬球は怖いしハードルが高すぎるので軟球を買ってみた。大きさはほぼ同じらしい。最近仕様が変わってM号球というものになった。あ、Mってマークがついてる。Mって何の略だ? 調べたらメジャーの頭文字だった。

 持ってみると思ったより大きい。プロ野球の投手がつまむように持っていたからもっと小さいのかと思ってた。やつらがでかいだけか(笑)

 重さはそこそこか。ディンプルって言ったか、でこぼこが付いているのでざらざらした感触がする。

 早速近所の公園に出かけてみた。

 高速道路の下のスペースを利用してネットを張ってあるから、暴投しても安心安心。朝のせいか、まだ誰もいなかった。

「縫い目のような山部分に指先を引っかけて持つんだったよな」

 ネットで調べた握り方を思い出しながら握ってみる。マークとマークを左右に向けると、前から見て山部分が逆向きのCに見える。その上の部分に人差し指と中指の先を引っかけるようにする。そのまま浅く握って親指はボールを落とさないくらいの位置で添える。何となく不安定な気がするが、放すことを考えるとこれくらいがいいらしい。

 見よう見まねで第一球投げたっ!

「‥‥‥。」

 山なりのボールは狙った場所から大分外側にそれて、ポコッと間抜けな音を立てて壁にぶつかると、明後日の方向に転がった。

 ボールを拾うのも忘れてしばし固まる。なんかあまりにヘボ過ぎて薄っすら涙が出そうになる。全くの初心者なんだからヘボな事くらい分かっていた。分かっていたけど、あまりのヘボぶりに軽く落ち込む。

 が、一球ごときでいつまでも凹んではいられない。野望は大きく(?)スパッとキレのいい変化球習得なのだ。

 第二球。今度は狙った近くに行った。ポスッと気持ち大きな音がして跳ね返ってきた。

「それにしても」

 なんちゅう山なりのボールだ。プロ並みになれるなんて思ってはいないけど、もう少しかっこいいまっすぐなボールが投げれないものか俺。なんか軌道が微妙に曲がってるし。

 第三球、力を込めて。「ありゃ?」足元1メートル付近にバウンドしてすぐ上のネットに跳ね返され、ゴチンと頭にぶつかった。

 しばらく頭を抱えてうずくまりながらも、頭の中は?で一杯だった。

「それにしても」

 なかなか思った通りにボールは行ってくれない。速いボールを投げようとして力を込めると、ボールはあっちこっち行って思ったところに投げられない。(その割に山なりも直らない)

 力を抜くとヘロヘロ~っとしたボールにしかならない。何より力がボールに伝わった気が全くしないのが面白くなかった。

 ああでもないこうでもないと無茶投げしていると、いつの間にかキャッチボールしに来ていた小学生たちがこっちを見てくすくす笑っていた。

 大人げなく(悪かったな)むすっとして小学生たちのキャッチボールを見ると、バシバシいい音させて、俺とは全然違う速いボールを投げ合い出した。

 したたか打ちのめされて気力が萎えた。俺はガックリ肩を落とし、とぼとぼ家路についた。

 このままでは終われない、見てろ、リベンジするぞ!

 俺は打倒(?)小学生(!)を心に誓ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る