重装令嬢モアネット 鎧から抜け出した花嫁/さき

角川ビーンズ文庫

登場人物紹介/プロローグ

◆登場人物紹介◆




モアネット・アイディラ

幼い時のトラウマから、全身に“鎧”を纏う令嬢。


パーシヴァル・ガレット

王子の護衛騎士。寝ぼけると奇行に走る。


アレクシス・ラウドル

モアネットの元婚約者で、国の第一王子。


エミリア・アイディラ

モアネットの妹。キラキラしたものが好き。


ジーナ・アバルキン

隣国に住む妖艶な魔女


コンチェッタ

ジーナの使い魔。にゃんこ。




◆◆◆◆◆◆◆◆






 カタカタとゆるしんどうを伝える馬車の中、モアネットはペンを片手に一枚の便びんせんながめていた。

 出がけに宿で買った、どこにでもあるようなごくへいぼんな便箋だ。花のがらも無ければはくしも無く、紙質も上質とは言いがたい。

 そんな便箋にペン先をえ、しばらくなやむように手を止める。そうして深く息をくとペンを引いた。便箋にはインクのみだけがかび、一文字とて書かれていない。

 さきほどからこのり返しだ。書き出そうとペンを添えてははなして、また意気込んで、ただ便箋に染みを増やしていく。仮にこれがうるわしいれいじようであったなら、おもいを寄せる相手に気持ちをつづろうとし、弱気になって再び意気込んで……とでも映るだろうか。繰り返す様はけなでいじらしいと思われるかもしれない。

 だがモアネットは全身よろいだ。ペンを持つ手も銀一色の手っこう。麗しい令嬢どころかかぶとで顔をかくしているため、一見すると性別すらも分からない。

 ゆえについたあだが『重装令嬢』。なんとも皮肉のいた渾名である。

 差出人にその渾名を書いてみようか、そんなぎやく的な事を考えてモアネットがためいきいた。便箋もペンもまとめてポシェットにしまいこむ。

「書かないのか?」

 とは、向かいに座るパーシヴァル。

 さすがに今のモアネットには軽口をたたけないと感じたのか、案じてくる彼の声はやさしく、あお色のひとみにはいたわりの色を感じさせる。

 そんな彼に見つめられ、モアネットがかたすくめて返した。平静をよそおって、こしもとのポシェットに視線を向ける。

「エミリアに書こうとしたんですが、何を書いて良いのか……。書き慣れてないとですね」

 かわいた笑いでせば、それを聞いてパーシヴァルが瞳を細めた。

 強がりだと気付いているのだ。いや、気付いたのは彼だけではない。アレクシスもまた労わるような表情を浮かべ、モアネットのとなりに座るジーナは優しく兜をでてきた。彼女のひざに座っていたコンチェッタがいそいそとモアネットの膝に移ってくるのは、きっとコンチェッタなりのなぐさめなのだろう。ためしにと銀一色の指先でふかふかの毛を撫でれば、ウニャンと可愛かわいい鳴き声と共に頭をり寄せてきた。

 みんなモアネットの胸中に気付いている。

 かつて親しくしていた妹に手紙一通出せない姉。

 そもそも、今まさにエミリアがいる王宮に向かっているのだから、本来ならば手紙など書く必要は無い。それでも便箋を用意したのは、はなやかなドレスをまとうエミリアとたいするのは気が引け、手紙ですべて済ませてしまおうと考えたからである。われながらあわれとしか思えない。

 そんなモアネットを案じ、パーシヴァルが再び口を開いた。

「モアネット嬢、書き慣れていないならほかの人に手紙を書いて練習してみたらどうだ?」

「練習ですか?」

 パーシヴァルの提案に、モアネットが兜ごと首をかしげた。

『手紙の練習』など聞いたことが無い。だが彼の表情はしんけんそのもので、次いでふいとそっぽを向いてしまった。心なしか、金糸のかみからのぞく彼の耳が赤く染まっているように見える。

「その……練習で手紙を書くなら、身近にいる人宛ての方が良いと思うんだ。……それで、俺とかはどうだろう?」

「パーシヴァルさんに手紙? このきよで?」

「もちろん俺からも返事を出す!」

「まさかの文通!?」

 いったいどうして! とモアネットが声をあげる。

 それに対してパーシヴァルが説明しようとするが、それより先に隣に座るジーナがき着いてきた。

「モアネット、それなら私と文通しましょ。毎日手紙を書くわ」

「ジーナさんまで……。そもそも、なんで馬車の中で顔を合わせてるのに手紙を書くんですか」

「私の手紙は最後に魔女のワンポイントアドバイス付きよ」

 ようえんに笑うジーナのさそいに、モアネットが彼女に抱きしめられながら「魔女のワンポイントアドバイス……」とつぶやいた。

 この距離での──そもそも距離もなにもジーナとはほうよう中である──文通は理解しがたいが、せんぱい魔女であるジーナのワンポイントアドバイスはりよく的だ。

 モアネットは今までアイディラ家に残されていた書物でしか魔女の魔術にれておらず、知識は極わずか。それもきっとかたよっているにちがいない。それを考えれば、げんえきであり代々続くアバルキン家の魔女であるジーナの知識はなにより貴重と言えるだろう。

「……それならジーナさんと文通します」

「あらうれしい。それじゃさっそく一通目を書いてね。コンチェッタ、返事の準備をしましょう」

「俺だってとしてのアドバイスなら!」

 ジーナに張り合うようにパーシヴァルが声をあげる。そんな彼を、いったいどうしたのかとモアネットが兜しに見つめた。

 文通しようと提案してくる彼のほおはほんのりと赤くなっている。そのうえモアネットの視線に気付くとさらに赤くなってしまうのだ。これはおかしい。

 だがパーシヴァルの異変は今になって始まったものではない。思い返してみれば今朝から彼は落ち着きが無く、見つめてくるくせにこちらが見つめ返すとあわてて顔をそむけてしまうことが多々あった。それでいて、何かあると「モアネット嬢、モアネット嬢」と呼んでくるのだ。

 その切っけはいったい何か……。

 そこまで考え、モアネットがそういえばとおく辿たどった。昨夜、自分がているベッドに寝ぼけたパーシヴァルが入ってきたことを思い出したのだ。

 彼はねむくなると人に抱き着くやつかいくせがあり、モアネットはそのつどげようともがいていた。だが昨夜はすいに負けて彼のうでの中で眠ってしまった。その光景をもくげきしたジーナいわく、モアネットはパーシヴァルのうでまくらで寝ていたらしい。

 もしもそれが関係しているのであれば……。

「パーシヴァルさん、さては昨夜……」

「モ、モアネット嬢……?」

「あんまり寝てませんね! 本格的に寝ぼけて抱き着いてくる前に寝てください!」

 声をあららげると共に、モアネットが手近にあったクッションをつかんで彼に投げつける。

 憐れパーシヴァルは不意をかれ、顔面でクッションを受け止めた。寸前にあげた「ちがっ……!」という声はなんとも言えず間がけている。それを見てジーナがごまんえつに笑い、モアネットの膝の上にいるコンチェッタが付き合っていられないとゴロンと丸くなった。

 そんなやりとりに、クスクスと笑う声が割って入ってくる。もちろん、一連を静かに見守っていたアレクシスだ。彼は深い茶色の瞳を楽し気に細め、モアネットが視線をやるとみをみ殺しながら笑った事をびてきた。

「笑うなんて失礼ですね」

「ごめんよ。でも手紙の話をしてたら昔を思い出して」

 それで、とアレクシスが笑う。曰く、善良な王子として順調に過ごしていたころは手紙を書くのも務めの一つだったという。国内の貴族、きんりん諸国の王族、とおえんの親族、他にも王族とかかわりを持ちたいと思う者は多く、だれにどのような手紙を書くかも重要だったという。

 だがそれはあくまで王子としての務めだ。彼の口調に楽しんでいた様子は無く、きっとかたくるしいものだったに違いない。だからこそ今の間の抜けたやりとりを笑っていたのだろう。

 それを聞きモアネットが思い出すのは、かつて彼からおくられてきた詫びの品と、それにえられていた手紙。全て読まずに捨ててしまったが、一通ぐらいは目を通してやっても良かったかもしれない……今更そんな事を思う。

「アレクシス様も書きますか? 一通ぐらいなら返事を書いてあげますよ」

「モアネット……。ありがとう、でもやめておくよ」

 溜息交じりにアレクシスが首を横にる。

 その表情は痛々しく、見ているこちらの胸が痛みかねない。かつて王子として手紙を書いていた思い出と、不運ののろいにわれた現状の落差をなげいているのだろうか。

 切なげに視線をらす茶色の瞳に、モアネットがねて彼を呼ぼうと口を開きかけた。だがそれより先にアレクシスが窓の外を覗き、

「手紙を書こうとすると、三本に一本の確率でペンがこわれてインクだらけになるんだ」

 と、まるで遠くを見るように瞳を細めて呟いた。

 あいしゆうただようその姿に、パーシヴァルがこれ以上は見ていられないと顔を背け、ジーナが相変わらず不運だと長閑のどかに笑う。

 そんな馬車の中、モアネットは便びんせんとペンをしまったポシェットに視線をやった。

 彼の不運の呪いが解けたら、自分も手紙くらいは書けるようになるだろうか……そんなことを思い、かぶとの中で小さくためいきいた。






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