外出許可
「……飽きました」
リアンは直訴する。
食っては寝ての生活も、かれこれ三日。時折看護役のルシャの目を盗んでトレーニングをしたり、手持ちの本で勉強をしたり、荷物の整理をしたりしていたが、それもいい加減限界である。
要するに暇過ぎたのだ。
身体は全快に近づきつつある。
日に一度ルシャが治癒魔法をかけていることもあって、残っていた痛みもほとんど消えていた。
体力も回復している実感はあったが、これだけ寝たきりだと流石に衰えが気になってしまう。
「普通あれだけの怪我だと半月は寝込むものだし、流石にまだ早すぎるんじゃ……」
ルシャは困ったように言うが、リアンは素直に頷くことは出来ない。
治っているものは治っているのである。このままでは身体が鈍ってしまう。
元より未熟者である自分がこれ以上遅れを取って迷惑をかけるというのは、我慢できなかった。
「……ううん、それじゃあ、仕方ないかな。出歩いてもいいけど、あまり激しい動きは禁止だからね。それに魔法も禁止。キミの魔法、結構負担大きいでしょ?」
「う……はい」
ズバリと言い当てられて首肯するしかない。
それでも出歩けるのならばそれだけで随分と違うだろうか、とリアンは思う。
しかし結果として外出許可を得たリアンは心の中で拳を握る。
この部屋での引きこもり生活も、ようやく終わりに出来るのだ。
「まあ、この街の治安は悪くない方だけど外に出ちゃダメだからね。最近、変な噂も流れてるし」
「ウワサですか?」
不思議に思って首をかしげる。
「どうも賞金首の一団が近くにねぐらを構えたらしいの、流石に街の中なら大丈夫だとは思うけど、危険だと思ったらまず逃げて。そして私達に知らせてね?」
「……分かりました」
恐らく、また無茶をしかねないと思われているのだろう。
これだけ念を押されると何とも言いがたい、少し反発したくなるような気持ちも頭を覗かせるがそれをしまい込んで返事をする。
自分はまだ子供なのだ、それは仕方ない。
リアンはそう理性で言い聞かせた。
周囲を壁に囲まれて安全を確保した街には多くの人々が集まる。
それは人間種にとどまらず、 雑踏や店々の客には亜人が入り混じっている。
割合としてはかなり少数派ではあるが、それは他の街では中々見ることの出来ない光景であった。
「王国だとやっぱり違うなあ……」
リアンは蜥蜴人が店主の露店を見てぼんやりと呟く。
ライゼル王国は他の国々と比べてもかなり異種族に寛容である。奴隷化は法で禁じられ、人間種と同等の条件で働くことができる。
しかし、それでもこうして街の中で亜人が暮らしている姿というのは若干以上の衝撃を受ける光景であった。
雑踏の中を当てもなく歩く。
一応小遣いという名目でルシャからそこそこの金銭を渡されていたが、流石にそれを使うつもりはなかった。
(あの人は本当に俺のことを幼児か何かと思っている気がする……流石に過保護過ぎる気が。本当に良い人ではあるんだけどなあ……)
普通冒険者をしていればもうちょっとスレるというか、尖った性格になる人が多いように思うのだが彼女は例外なのだろうか。
まあ、ランク7冒険者を普通の物差しで測ろうというのが無駄なのかもしれないが。
歩きながらリアンがそんなことを考えていると、ふと香ばしい匂いが漂ってくる。
近くの露店で何か出しているのだろうか。
何だか嗅ぎ覚えのある香りに鼻をひくつかせて思わず辺りをキョロキョロと見回す。
買い食いをするつもりはないが、まあ見るくらいなら。
そう自分に言い聞かせて臭いを辿っていけば、その店はすぐに見つかった。
少し影になった目立たない路地の一角に小さな屋台が広げられ、何人かの客が並んでいる。
そこに感じる少しの違和感。
何だろうとリアンは小首を傾げるが、その正体にはすぐに至る。
並んでいる客は尖った耳の特徴的な森林種、全身を体毛で包んだ獣人種、翼を生やした翼人種など種族は様々だがすべて異人種なのだ。
「あれ……フィフィさん?」
その中に一人、見覚えのある顔がいる。小柄だが美しい銀の髪と褐色の肌。
思わず漏れた小さな呟きをその尖った耳で拾ったのか、リアンの方に視線を向けてくる。
「……リアン」
「えっと、こんにちは」
「ん」
近づいて挨拶をすれば短い返事。
何を話せば良いか分からず、取り敢えず屋台の方へと目を向ける。
そこで串焼きにされている黄色がかった小さな実にリアンは見覚えがあった。
「リッカの実。売ってるんだ、こんなとこで」
「……ああそうか、キミは分かるか」
リッカの実は森に行けば比較的楽に手に入る木の実である。
森に住まう種族であれば、日常的に口にしている。ただし、まともに食するためには長期間アク抜きをしなければならず、硬い殻が調理だと手間になる。
また味自体にも癖があり、人の街で売られるような物ではないことは確かであった。
「ほー珍しいね、お前さん人間だよな?」
獣人の店主が料理をしながら気さくに話しかけてくる。
手元を見ずとも串を回し、調味料を振りかけていく手際は見事だ。
「ええまあ、でもよく食べてましたよ……懐かしいな」
最近は森で見かけても、わざわざ採って食べたりはしなかった。
数日は水に漬ける必要がある実だ。下処理に時間がかかる上に、保存も効かないので冒険者向きの食糧とは言えない。
「まあ街だと中々食えないからねえ……っと、焼きあがったよ、ほいどうぞ、いつもありがとさん!」
見事な焼き色の付いたリッカの実の串焼きをせっせと客に渡していく店主。
フィフィも袋に詰められたそれを受け取るとそのうちの一本をこちらに差し出してくる。
「あげる」
「……いいんですか?」
「たくさんあるから」
見れば彼女の抱える袋には大量の串焼きが詰められている。
屋台で焼いていた串の大半を買ったのではないだろうかと思う程の膨れ具合だ。
リアンは小さく礼を言って串を受け取る。
見慣れぬ調理法に少し戸惑いながらも、口に含めばとても懐かしい味。
店で売られているだけあって味付けがしっかりとされているので、リアンの記憶にあるものより遥かに食べごたえがある。
しかし口の中に広がるほのかな甘みと若干の渋みはリッカの実独特のそれだ。
思わず頬が緩むのを止められない。
ふとフィフィを見れば次々と高速で串を平らげていく。
その小さな身体のどこにそれだけ入るのかと驚愕しながらも、ゆっくりと半分ほど食べ進めたところで店主が気になることを話し出した。
「フィフィの姉御と知り合いってことは、お前さんが噂の新メンバーかい?」
「……知ってるんですか?」
姉御、という呼び名が少し気になりつつも、その後に続く言葉にリアンは動揺する。
まだチームに加入してから3日ほどしか経過していない。
だというのに、全く見知らぬ人々にまで知られているのか。
「ここいらでは最近の持ち切りだよ。あの『ジャッククラウン』に新人だってね。しかも子供だっていうから、最初はてっきりあの嬢ちゃんかと……」
「やっぱりここにいた!」
突然路地に響き渡る声。
振り向くとそこには息を切らせた一人の少女の姿。
肩まで伸びるウェーブのかかった金の髪。
クリクリとした大きな瞳が印象的な小さな顔。見た目から察するに13、4の人間種の子供だろう。
白いドレスローブに身を包んだ姿は冒険者のようにも見えなくはないが、纏う空気に旅をする者の独特の匂いは感じられない。
とりあえず、屋台の客という様子ではなさそうだ。
「……噂をすればってやつか」
「フィフィさん! どういうことですか!!」
少女は眉を逆立ててリアン達の方へと詰め寄ってくる。
その剣幕にどうするべきか迷うが、フィフィの様子を窺えば全く動じること無く串を頬張り続けている。
すごいなこの人。
その空気の読まなさと食欲に若干の尊敬を覚えるリアンを他所に少女はフィフィの目の前に立つと食ってかかる。
「新しく人を入れたって話は本当ですか!? しかも子供って、私を差し置いて!」
「……本人と話したら?」
フィフィは面倒くさそうに視線を横へ向けると、それに誘導されるように少女が鬼気迫った表情をリアンへ向けた。
睨みつけられるようにされて、怖さというよりもその気迫に思わずたじろぐ。
「……アナタが噂の?」
「多分、そう、なのかな」
噂自体を聞いた訳ではないが、話の流れから察するに『ジャッククラウン』加入の件だろう。
しかし彼女は一体何者で、何故こんなにも怒っているのだろうか。
リアンが助けを求めるように隣へ視線を向けると、その先には建物の壁があるだけだ。
「あれ!? フィフィさん!?」
周囲を見回せど既に影すら無し。流石スカウト、と言いたいところだが完全に身代わりにされた方としてはたまったものではない。
「――悪いけど、ちょっと話聞かせてもらえる?」
明らかに心の底では笑っていない笑顔で少女がガシリとリアンの両肩を鷲掴みにする。
振りほどこうと思えば出来ただろうが、少女の迫力がそれを許さない。
その様子を見守っていた店主が呆れたように二人に声をかけた。
「どうでもいいけど、店の前ではやめてくれな?」
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