アドベンチャーズライブ! ~新米冒険家がトップチームに拾われた場合~

野良なのに

序章『ジャッククラウン』

序章『ジャッククラウン』1

 とある王国の西の果て。主要な街道からも外れ、広大な森林が広がる中に小さな集落があった。

 人口は100にも満たないであろうその集落は、平時ではあり得ない緊張に包まれていた。


「……子供が?」


 怪訝そうにしながら言うのは周囲より頭ひとつ分以上飛び抜けた大柄な男。

 重厚な鎧に全身を包み、その身に劣らず巨大な盾を両腕に持っている。

 本人は周囲を威圧しないよう感情を押し殺そうとしているのだろうが、その眉間には深い皺が刻まれている。


「は、はい……私達も止めようとはしたのですが……一応しっかりとしたライセンスもありましたので……」

「あんなもの、ただの紙きれ」


 声を震わせて答える男を後ろから刺すように短く言葉を放つのは、非常に小柄で褐色肌の亜人の少女。金の瞳を細めて、不機嫌そうに溜息をつく。


「ううん、実際結構簡単に取れちゃうんですよねぇ、冒険者ライセンスって。でも依頼を受けたいというのを無下にするのも難しいですし……」


 険悪な空気をほぐすように、ゆったりと喋るのは淡い桃色の長髪の女性。まだその顔立ちには少女らしい幼さの欠片が残っており、柔らかな苦笑を浮かべている。そこで先の二人も自分たちの放つ威圧感に気付いたのか、力を抜く様子を見せた。

 そこでようやく村人たちはほっと息をつく。目の前の一団が只者ではないことは明らかである。有力な冒険者チームの影響力は大きい。辺境の村々にとって、その信頼を失うというのは避けなければならない事態だった。


「よし! それじゃ見に行くとするか!」


 パンと大きく手を叩いて立ち上がったのはそれまで黙していた一人の男。ライトアーマーの上からでも分かる隆々とした筋肉は紛うことなき戦士の証だ。剥き出しになった腕に見える無数の疵痕はその凄まじき戦歴を語っているかのようだ。

 男は一斉に集まった視線を気にすること無くガチャガチャと音を立てて得物の大剣を背負い身支度を整えていく。


「……依頼の横取りはご法度」

「横取りじゃねえ、見学だよ」


 にやりと笑う疵の男に周りの仲間たちは諦めたように溜息をつく。そして、恐る恐るといったように、下手の片隅で我関せずと外を眺めていた女性に目を向けた。


「……そのー。という訳ですけど、サラさんも動けます?」


 桃色髪の女性が切り出す。ゆっくりと振り向いた「サラ」と呼ばれた女性は冷たい瞳で見つめ返した。

 腰まで伸びた金の髪がさらりと流れ、日光を反射して宝石のように輝く。その顔立ちは恐ろしく整い、まるで人形のような無機質さがある。振り返るだけのその動作でさえ神秘的な絵画のような印象を与え、周囲の人間の魂を鷲掴みにしていた。


「――いいわよ、ちょうど触媒が必要だったの」


 スムーズな了承に一部の面々が驚きの表情を見せた。村人達はその意味が分からず不思議そうにしているが、指針の定まった冒険者の動きは早い。


「じゃあ俺たちは『見学』に向かうけど、確認だ。その同業者の向かった方角は北西でいいんだな?」

「はい、間違いありません……その、皆さん」


 もう殆ど準備を終え、出発しようとしている冒険者の面々に村長が意を決したように口を開いた。


「我々が言うのもおこがましいのかもしれませんが、あの少年は本当に善意で私達を助けてくれようとしているように見えました。どうか、よろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ」


 深々と頭を下げる村長にしっかりと頷いて男は答える。

 そして冒険者たちは駆け出す。一団は森のなかにあっという間に溶け、村人たちの視界から消えていった。




 冒険者。

 特定の国に属すること無く、討伐や護衛、収集などの依頼を受けることで生計を立てている人間の総称である。中には人からの依頼でなく、ダンジョンを探索して宝を見つけるトレジャーハンターなども居るが絶対数としては多くない。


 兎角、便利屋のように様々な仕事を請け負う冒険者だが、規律が無い訳ではない。

 まず当然冒険者も法の下で認められた存在であり、非合法な活動は行わない。また、冒険者は危険な仕事に関わる事が多く、同業者の仲間意識が強い。安全に関することなどの情報共有を積極的に行うのは勿論のこと、正統な理由なく互いの仕事の邪魔をするのは絶対の禁忌の一つだ。


 同じような禁忌として、相手の仕事を奪わないというものがある。同じ目標を競い合って達成しようとすると大抵の場合で何らかの粗が出る。それどころか、そのような状況では冒険者同士での争いに繋がることも珍しくない。その為、依頼主が不特定多数を集めるような早い者勝ちの依頼でない限り、先客のいる依頼は避けるというのが暗黙のルールであった。


 今森を駆けている一団は数多ある冒険者チームの中でも上位に名を連ねるチーム『ジャッククラウン』。当然冒険者の暗黙のルールも熟知している。

 それでも人として、話を聞いてしまった以上は放置しては居られなかった。そういう人種の集まりであったのだ。


 事の始まりは、別の依頼の帰りで小さな集落に立ち寄ったことである。心許なくなっていた水と食料を少し分けてもらえないかと打診しようとしたところ、村人が何やら揉めている。事情を聞けば近頃村の付近まで流れてくるようになった魔物の討伐を随分と幼い冒険者に依頼したという話だ。


 冒険者が受けたいというなら断る理由はないという者、小さな子供にさせる仕事ではないという者、そもそもそんな餓鬼が信用できるのかという者。そんな村人達が集まり喧々囂々と言い争いを繰り広げていた。

 若い冒険者が居ないという訳ではない。将来有望な若手冒険者というものが実際にいることも『ジャッククラウン』の面々は知っている。その子供の冒険者が誰かは分からなかったが、依頼が成立している以上少なくともその点について彼らが口を出すのはお門違いであったろう。

 それでも討伐対象となっている魔物が問題だった。


『トラルエイプ』


森林の深部に住む凶暴な魔猿である。強靭な肉体を持ち、その爪牙による攻撃は革鎧程度であれば容易に引き裂く。分厚い毛皮は短剣程度では傷つけることすら難しく、敏捷性にも優れている。そして常に群れで行動し、連携をする知恵がある。

 個体としては厄介な魔獣ではあるものの、実力ある冒険者であれば対応は出来る。しかし集団相手は別だ。群れの規模次第で討伐の難度は跳ね上がる。そこを見誤った経験不足の冒険者が命を落とすことが多いのが、この魔猿の討伐依頼の特徴だった。


 実力不足の冒険者が自らのミスで窮地に陥るのは自業自得ではあるが、それがまだ幼い子供と聞けば見捨てるのも躊躇われる。それ故『ジャッククラウン』はやや掟破りではあるが、この一件に関わることを決めたのだった。




 人の手の殆ど入っていない森は鬱蒼としており、進むに適しているとはとても言い難い。それでも一団の速度は恐ろしく早いものだった。先頭を褐色の少女が木々をすり抜けるように駆け、まるで目的地が見えているかのように一直線に進んでいく。


 続くのはフルプレートアーマーの戦士。褐色銀髪の少女に少し遅れ、それでもその見た目からは想像もつかない速度で走り、両手に持った大盾で枝葉を薙ぎ払い道を作っていく。そして金髪の女性と桃色髪の女性が軽やかにその背を追い、殿は大剣を担いだ男が担う。


 砕氷船が氷河を割って進むがごとく強引に深緑の海を渡っていく。少年が村を出たのが数時間前という話だが、すぐにでも追いつける。もし見るものがいればそう思わせる程の非常識な速度であった。


 そうしてどれだけ進んだだろうか。日が僅かに傾いた頃、変化は訪れた。


「速度を落として」


 先頭を進んでいた少女のその言葉通りに集団の速度が落ちる。続いていた鎧の男は枝葉を払う動きを止めて尋ねる。


「近いのか?」

「うん」


 少女が小さく首肯する。そして一同は先程までと一転、速度を落とし極力音を立てないように進む。しばらくすると、前方から微かに戦闘らしき音が響いてくるのが最後尾の大剣の男の耳にも届き始めた。

 一同は顔を見合わせる。どうやら間に合ったらしいという安堵、これから戦闘に入る可能性があるという僅かな緊張と昂り、そして若干の困惑。特定の一部を除いた面々に、ある程度共通の感情が浮かぶ。


 明らかに気配が多すぎる。


 邪悪な獣気からトラルエイプの数が想定より多いというのは優れた冒険者である一同は察することができる。確かに大規模な群れである可能性はあった。通常であれば10体前後で一つの群れを形成することが多い魔猿だが、極端な事例を挙げれば150を超える群れが生まれ大討伐の対象になった事件も過去にはあった。しかし、そうすると戦闘音がするということが奇妙である。


 駆け出しであろう若年の冒険者が、トラルエイプの大規模の群れと単騎で渡り合っている?


 まさか、という疑念が揃って浮かぶ。

 しかし現実に響くのは明らかに多数の魔獣を相手取る単一の戦闘音。その目で確かめようと一同は気配を殺しながら歩みを進める。そして森が開ける直前まで進み視界が開けたところで、目を疑った。


「――だあぁ!!!!!」


 気迫と共に一閃、トラルエイプの急所である脇の下に身の丈程もある長剣を滑り込ませる黒髪の少年の姿。長剣としては並のサイズではあるが、少年の背が低い分やけに長大に見える。

 斬られた魔猿はその場に倒れ込み、広がる血溜まりの上で身体をビクビクと震えさせる。周囲の仲間は怒りからか牙を剥き出しにして威嚇をし、続けて同時に飛びかかる。高く飛び上がり、頭上から襲う者。直線的に最短距離を飛びかかる者。回り込むように左右に散る者。獣とは思えないチームワークで三次元的に少年を攻め立てる。


 だが少年が見せた動きも驚愕であった。下がれば状況が悪くなると一瞬で判断したのか、魔猿の迫る前方へと踏み出したのである。

 後ろに着地した魔猿を置き去りに、正面の振りかぶった魔猿の豪腕を掻い潜り、すれ違い様に長剣を振り抜く。少年の機敏な動きにトラルエイプは反応出来ず、そのまま大地を転がっていく。しかし毛皮で刃を弾いたのだろう。すぐに立ち上がると魔猿は雄叫びを上げて攻撃の意志を見せる。


 しかしその隙は致命的だった。少年が右手をかざし短く言葉を紡ぐとその掌から黒色に光る魔弾が放たれ、雄叫びを上げていたトラルエイプの頭部を吹き飛ばす。

 その間も他のトラルエイプが休むこと無く次々と襲いかかるが、少年はそれらを全ていなし、避けながら的確に反撃を繰り返し、少しずつではあるが魔猿の数を減らしつつあった。


「……とんでもない子供だな」


 重鎧の男が心底感嘆した様子で声を漏らす。他の面子も頷きこそしなかったが、同様の心境であっただろう。

 トラルエイプの数は見る限り30を越える。しかし少年はそれらと互角以上に渡り合い、既に4体もの魔猿を切り伏せている。にわかには信じがたい光景であった。

 30体のトラルエイプの群れといえば、普通であれば10人以上の熟練冒険者達が計画を練って対処するような相手だ。それをどう見ても10歳前半程度の少年がたった一人で相手しているのである。


「手助けしてあげたいけど……ダメですかね?」

「少なくとも今は余計」


 それでも桃色髪の女性は心配なのか、もどかしそうに言う。それを窘めるようにして、褐色の少女が釘を刺した。危機であるならばともかく、優勢ですらある状況で自分たちの手出しは無用だと。


「しっかし小っせえクセに馬力あるな、あれも魔法か? それとも魔道具マジックアイテムか?」


 大剣の男がやけに愉快そうに言う。全員の視線が後ろに居る金髪の女性へと向かうが彼女は無反応だ。ただその表情は酷く冷たく見えた。

 これはダメだと言わんばかりに次いで視線が桃色髪の女性へと向けられると、躊躇いながらも彼女は口を開く。


「恐らくですけど、肉体強化の術式を使ってるんだと思います。私ではそれ以上のことは……」


 ふうんと男が頷く。身体能力向上の魔法自体はかなりメジャーな部類だ。魔法戦士などはそれで能力の底上げをするし、魔法使いが自身の耐久力を上げたり、仲間を強化するなど幅広く用いられている。

 しかし魔力の消費量などの問題で長期戦には向かないという欠点もある。それ故、似たような効果を付与してくれるアイテムで代用する冒険者も少なからず居た。ただし魔道具マジックアイテム自体が相応に値の張るものであり、並の冒険者の収入では入手は困難ではあるのだが。


 また一匹、急所を抉られた魔猿が地に崩れ落ちる。少年はまだまともに攻撃を受けている様子はないが、それでも息が荒くなっているのは見て取れた。

 攻撃を避ける動きが大きくなり、転がるように移動を繰り返している。また剣の動きも明らかに無駄が増えてきていた。


「……上手いことやってるが、流石に限界は近いか」


 鎧の男の言葉と同時に見物人の一部の重心が自然と前へと傾く。何かあればすぐに飛び出さんと言わんばかりに。

 だがそれは予想外の方向から水を差される。


「――前に出たら痛い目見るわよ」


 今まで沈黙を保っていた金髪の女性が口を開いたのだ。驚いた様子で一斉に振り返ったチームメンバーの視線が集中するが、サラは再び口を閉ざし不機嫌そうに腕を組んで正面を見据えた。

 そう言われて初めて面々はそれまで微かに心中に抱いていた違和感に気が付く。

 苦戦は確かなのだろう。しかし改めて見てみれば少年は意図を持って逃げ惑っているように見える。更には反撃の際に敢えて剣を地面に当てることで何かを刻みつけている。そこまで見て、その場で飛び出そうという者はその場には居合わせていなかった。




 攻撃を避けながら走り抜け、追いすがる魔猿を切り捨てる際に大地を削る。その形にはっきりと意味をもたせるように。

 避け、走り、刻む。それを幾度繰り返したのか。魔猿も敵対者の異変には気付いていたかもしれない。だが、その意図にまで至ることは難しかっただろう。野生の勘が危険を察知するよりも、仲間を殺された怒りと弱った得物を狙う狩猟本能の方が強く上回っていた。


 魔猿は20体以上残っている。足元のふらついた得物を囲んで潰そうと、残る全ての魔猿が一斉に飛びかかる。だが、少年の動きはその瞬間から全く違う種類のものへと形を変えていた。

 大げさな回避動作は無く、まるですり抜けるかのように大量の魔猿の攻撃を躱す。そして全ての魔猿が自分の周囲に居ることを確認すると、懐から何か小さな袋を取り出し地面に強く叩きつけた。


 袋は小さく弾け、中に入っていた粉状の何かが煙状にうっすらと広がるのみ。だがその反応は激的だった。


「「「「「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!」」」」」


 魔猿達が揃って悲鳴を上げ、周囲から無数の鳥が一斉に飛びたつ。影に隠れていた冒険者達も思わず顔を歪め、耳を塞いだ。


 地を転がり涙を流しながら苦しむトラルエイプ達を置き去りにして少年が駆け出す。魔猿の群れから抜け、一気に距離を取るように。魔猿もそれを確認したのか、袋から遠かった個体から反応して少年を追いかけようとする。だが、もう勝負は決していた。


 少年が「ある地点」まで辿り着くと反転し、勢い良く手を地面に叩きつける。その瞬間少年の足元に小さな魔法陣が広がり、少年の正面に刻まれた跡が光を放ち始める。その「刻印」から左右に光が伸び、別の「刻印」へと繋がり、また光が別の「刻印」へと伸びる。


 一瞬で生まれたのはトラルエイプの群れを全て囲むほど巨大な光の多角形。その頂点にあるのは先程まで少年が繰り返し地面に刻んでいた刻印だ。事態に気付いた魔猿達が一斉にその場を離れようとするがあまりに遅すぎた。


 次の瞬間、方形の内側が全て黒色に染まる。


 光の図形の内側を塗りつぶすように立ち上るのは天を衝かんばかりの巨大な黒色の魔力の奔流。

 一瞬遅れて響く爆音。周囲の木々が衝撃で軋み、枝葉が悲鳴をあげて吹き飛んでいく。

 時間としては5秒にも満たない程度であっただろう。やがて、風に霧散するように黒い光が消える。大地は先程の巨大魔法陣の中だけが焼け焦げたように変色しており、その上にはかつて命だったものがズタズタに引き裂かれ、無残に飛散している。


 もはや魔猿の声は聞こえなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る