序章 黄金色が誘う流れ星
敵国との間に立ち、和を
「世に平安をもたらすために、私は必ず生まれ変わります。
私のあらたな生の
ですから、どうか私を見つけてください。きっとこの国のお力になれるでしょう」
世を去った茶師の
そなたは余にとって、聖なる茶師──茶聖であった。
約束する。余の子孫が、必ずそなたを見つけよう。
『
◆◆◆◆◆
序章 黄金色が誘う流れ星
目の前に出されたのは、黄金色の茶だった。
「どうぞ」
旅人はそう言って、幼い
半日ほど前のこと。〝
火矢が飛び
突然のことに足がすくみ、故郷が真っ赤な炎に包まれていく様を、楓花はそのとき、ただ
──
馬を
泣き
「いい月だね。きれいだ」
両手で茶杯を持った旅人は微笑み、美しい所作でそれを口に運びながら言った。
「名乗りが
「……楓花」
青い月光に照らされながら、
年の
(女の人なのに、どうして一人で旅なんかしてるんだろう……)
「……なんで、旅をしているの?」
楓花が
「あの里にいたってことは、あんたは茶農家の生まれかい?」
楓花がうなずくと、翠明はニッと笑った。
「なら、いままで見たあたしの持ち物で当ててごらん。答えはそこにあるよ」
遊びめいた問いかけに、楓花の心は少しだけ浮き立ち、すぐに茶杯を見下ろした。
美しい
湯を
あらたな茶葉を求めて仕入れるために、旅をする者たちを楓花は知っていた。楓花の家にも、
「もしかして……茶師?」
おずおずと答えた楓花に、翠明は笑みを浮かべてうなずいた。
「当たり」
茶師とは、茶葉の個性を
特別な資格は必要ない。だが、修練すれば誰にでもできるというわけではなかった。
正確な味覚力、香りを
その才能にもっとも
生涯皇帝に仕えた、茶聖と呼ばれた茶師──茗聖。
彼の煎じた茶は夢見心地の味であり、ひとたび飲めば活力が
茗聖の出現によって、茶は龍国の人々にとってなくてはならない価値のあるものとなり、茶師は誰もが
二百年前に他界した茗聖は、平和な世を常に願い、必ず生まれ変わると皇帝に約束した。それは物語となって言い伝えられており、終わりのない戦の時代に生きている人々の中には、茗聖の生まれ変わりを信じている者が少なくなかった。
楓花もそうである。だから、茶師に出会うたびに訊ねていた言葉を、翠明に対しても思わず投げかけてしまった。
「もしかして、あなたは茗聖様の生まれ変わり? 茶聖なの?」
「そんなわけあるかい。新しい仕入れ先を求めて旅をしてただけの、しがない茶師だよ。
……やられたな。
そうつぶやいた翠明は笑みを消すと、
「さあ。飲んで」
目に涙をためた楓花に、翠明は
「……おいしい」
それは、
「あたしも夫を戦で失ったよ」
楓花がはっとして顔を上げると、翠明は遠い
「二年前だ。
ゆっくりと茶を飲み干した翠明は、
長い間、
「夫にたくさんのことを教えてもらった。だからこうして、生きていられる。茶を飲むたびに思い出すよ。話したこととか笑ったことやなんかが頭に
そう言った翠明は、一人で茶房を切り盛りすることになってから、店名を変えたと続けた。
「……どんな名前?」
「
流れ星は死の予兆。
病に
──星々にはあまたの
完治を願った皇帝は、病を乗り
「……願いを叶えてくれる、流れ星のお茶屋さん?」
「そうだよ。流れ星みたいにさ、茶で
翠明は
「どんなに
楓花は両手に持つ茶杯と、その中でゆったりとたゆたう茶を見下ろした。いま抱いているやるせのない哀しみは、すぐには消えないだろう。でも……。
(……なんでかな。翠明さんとおしゃべりすると、お茶を飲んでるときみたいに、気持ちがちょっとだけ、ふわって軽くなるの)
茶房の名前の由来も、
(お茶で誰かの願いを叶えたり、幸せにしたりできる茶師っていいな。そんな茶師になれたら、ずっとずっと大人になったとき、いつか……)
「……生まれ変わりじゃなくても、茗聖様みたいな茶師になれますか」
思いがぽつりと声になった。楓花はうつむきながら、茶杯を包む両手に力を込めた。
「……こんなのは、もういやだ。二度と、戦は起こってほしくない。茗聖様みたいな茶師になれたら、きっと戦を止められるんでしょ? そういう茶師に、なれますか」
きつくまぶたを閉じると、ふたたび
「あんたに才能があれば、茶師にはなれるだろう。でも、茗聖のようになりたいって言うなら、それは天命によるね」
「天命?」
楓花が顔を上げると、翠明はうなずいた。
「茗聖のような仕事をするには、
(だったら、知りたい。自分がそうなれるのか──知りたい!)
茶師にはずっと憧れていたし、いつか師と
「わたしの夢は茶師になることです。翠明さんとおしゃべりして、わたしも、お茶で誰かの願いを叶えられる茶師になりたいって思いました。そしていつか……茗聖様みたいな茶師になりたいし、そうなれる天命があるのか知りたい。だから、翠明さんの
ぎょっとした翠明は、目を丸めた。
「弟子だって? うちはあたし一人でこと足りてるし、そのほうが気楽なんだよ。まいったねぇ、あんたをこのまま放ってもおけないから、帰りの道中で
楓花は必死の思いで翠明を
「……なら、問題だ。いま飲んだ茶は、さて、なーんだ?」
わかるわけがないと、どうやらからかっているらしい。でも──。
「──
きっぱりと迷いなく答えた楓花に、はっとした翠明は
「どうしてわかった?」
「茶師の人を
「……その味を、覚えていたって言うの?」
こくんと楓花はうなずく。そう、楓花はちゃんと覚えていたのだ。
「茶葉も見ずに一発で当てるなんて……」
びっくりだ、と翠明は
「……正直なところ旅に出ている間、店を閉めて来ているから、任せられる茶師がいると助かるとは思っていたんだよ。もしもあんたが、本気で茶師になるつもりなら……」
わっ、と興奮した楓花は、翠明に顔を近づけた。
「本気です! わたしも皇都に連れて行ってください!」
翠明は、楓花の目をまっすぐに見つめ返した。
「あたしの茶房で働くんなら、守ってもらうことが一つだけある。一度自分が引き受けた仕事は、相手が誰であっても、なにがあっても、最後までやりとげること。約束できるかい?」
茶師になれるのなら、どんなことでも乗り越える。その一心で、楓花は大きくうなずいた。
「はい。約束します!」
元気のいい返事に、翠明は思いきり破顔した。
「──よし! なら、いいだろう。決めたよ、連れて行く!
わっ! と楓花は立ち上がって、ぴょんと小さく飛び
「……あーあ、とんだ荷物を拾っちゃったよ。きっと天国の夫は笑ってるだろうな。このお
そう言った翠明は、
「おっ、流れ星だね。さっそく願いを
きゅっと楓花は目を閉じた。
──いつか、茗聖様のような茶師になれますように!
そう願った直後、ぐう、と翠明のお
「道中で、あたしを満足させてくれる山ほどの
翠明は大食いのようだ。とうとう
そして、この運命的な出会いから──十年の歳月が流れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます