青い世界が閉ざされる前に
霧谷進
01. 偏屈
03:15 p.m.
子供というものは、良くも悪くも素直な感性を持っている。
好きなことは率先して行い、嫌いなことは頑なに拒絶しようとする。自制心が十分に成熟していないのだから、その手の反応は当然のことなのかもしれない。
それゆえに、我慢を知らない子供は受け入れられないものを徹底的に排除する。たとえきっかけが些細でくだらないことであったとしても。
気に入らないというたったそれだけの理由で、人は人を嫌いになることができる。
学年と年齢の数が大きくなるだけで、精神的な成長が見受けられないような存在が大嫌いだった。大人には程遠い幼稚な彼らの言動を、吉明は認めることができない。
「――ねえ。さっきから目が死んでるけど、何かあったの?」
現実逃避をしていた吉明の意識が、女の子の声によって呼び戻される。
中学生である二人の少年少女は、放課後の通学路を並んで歩いていた。
「そんな顔ばっかりしていると幸せが逃げちゃうよ。もっと笑いなっていつも言ってるじゃん」
自分の話すことに迷いがない彼女――
対して吉明は何度目かも知れない溜め息を吐いた。
「別にいいだろ、人がどんな顔をしてようが。お前に影響があるわけじゃない」
「いいや、あるね。引きずられて私の気分まで落ち込んじゃうもん」
「……ああ、そう」
素っ気ない吉明の対応に、岩崎は唇を尖らせる。
二人の間で交わされる会話は日が替わっても似たようなものだった。互いに不満を露わにしながら、それでも同じ通学路を登下校の際に使っている。
橋本がこの道を選ぶのは、単純に最短であるという理由からである。しかし岩崎の場合、遠回りではないが最短というわけでもない。時間だけを優先させれば近い道が他にあるのだ。
なぜ寄り道をする必要があるのか、吉明は心当たりがあった。
「本当に何もないの? 大丈夫?」
繰り返されるやり取りに、何度目かも知れない溜め息を吐く。
子供らしさが嫌いであることに付け加えて、吉明には苦手な種類の人間がいる。
お節介を焼きたがる岩崎のような存在が、まさにそれだった。
「お前は俺の母ちゃんか。クラスが同じなんだから見てて分かるだろ? これといって何もねえよ」
「そうかもしれないけど……橋本君は溜め込んじゃうタイプだし」
「何かあったら言うから、いちいち確認取ってくるな」
半ば突き放すような口調になっていた。歩く速度も少し早まっている。
「…………あの時は、自分から言わなかったくせに」
岩崎は少し遅れて付いてくる。
呟かれた内容は、辛うじて吉明の耳に届かなかった。
そういう振りをした。
07:38 a.m.
翌日の朝。登校時間を迎える。
吉明はいつものように通学路で岩崎と鉢合わせした。
「今日も相変わらず覇気のない顔してるね。シャキっとしろシャキっと!」
そう言いながら笑って背中を叩く。恒例行事のようなものだ。吉明は文句を吐き出す気力もなかった。
吉明と岩崎は小学五年生からの付き合いである。橋本家が引っ越した先の近所に岩崎は住んでいた。その当時から中学二年生になった現在でも腐れ縁のように接している。
二十分と経たないうちに、二人は学校に着いた。予鈴がなるまで数分といったところ。上履きを履き、余裕を持って教室へと向かう。
クラスメイトである女友達の姿を見つけた岩崎は、「先行くよ」とだけ告げて早足で廊下を蹴った。その背中が遠くなる。元気が有り余っているなと感心しながら、吉明は後を追うように教室へ入った。
寒気のような鋭さが走る。
けれどそれは一瞬のことだった。吉明は一つ深呼吸をする。
教室に広がっているのは普段と変わらない朝の風景。
特別なことは何もなかった。
何も、ありはしなかった。
クラスメイトが冷たい視線を吉明に送るのは、今に始まったことではないのだ。
もはや日常と化しているのだから。日常的な不平不満をその都度挙げていたら切りがない。
だから吉明は、岩崎に事実を伝える必要性を切り捨てていた。
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