現代世界に女神が二人と勇者が二人

 ヘスティアのカレー屋に戻ってきた。

 フィオナは心身共に消耗が激しい。少し休ませる必要があるだろう。


「戻ったぞー」


「おかえり勇者様。そっちの子は?」


「おう、フィオナだ。連れてきた。何か食わせてやってくれ」


「あの……ここは?」


「別の世界だよ。大丈夫、あいつも女神だ。地球ってわかるよな?」


「はい。地球タイプの異世界ですね」


 なぜか知らんが、異世界には地球そのものが存在しているケースが多い。

 中には化け物が出たり、超能力が使えたり、宇宙に進出していたりと多彩だ。


「そのひとつだよ。とりあえずそこ座ってろ。厨房借りるぞ」


「勇者様の手料理かい。楽しみだね」


「お前も作るんだよ。フィオナ、テレビでも見てな」


 適当にテレビをつけて厨房へ。

 今は昼時。よくわからんバラエティ番組が流れ出す。


「体にいいものだな」


「カレーは刺激が強いね。おかゆにするかい?」


「採用。あとフルーツだな」


 コンロに火をつけ、手早く調理開始。どこに何があるかまで知っている。


「相変わらずの手際の良さだね」


「これもゲーム型異世界のおかげさ」


 俺が救った異世界には、ステータスとスキルのある世界も存在した。

 そこで料理スキルをマックスまで上げたのさ。


「エプロンの似合う勇者というのも、どうなのだろうね」


「いいんだよ。やってみりゃ料理ってのは楽しいもんだぜ。気にしない気にしない」


 単純に料理は好きだ。どの世界にも料理はあって、未知の食材はある。


「あの、何かお手伝いを……」


 ひょっこりやって来るフィオナをソファーへ戻す。

 疲れている人間……女神だったな。とにかくお客様に料理などさせんよ。


「大丈夫だって」


「そうさ、ここは安全だよ。勇者様がいるからね」


「確かに……その、お強いのですね」


「まあな」


 申し訳なさそうに、渋々ソファーに帰ってくれた。根が真面目すぎるんだな。


「はっきり異常だと言っていいよ。この人は自覚しないから」


「きっと俺より強いやつもるさ」


「きっとの時点でおかしいと気付こうか」


 聞こえないふりで特製卵粥を作る。仕方ないだろ。

 俺より強いどころか、まともに戦えた魔王すら最近はいないんだから。

 言っているうちに料理完成。見事なおかゆだ。

 冷めないうちに持っていってやる。


「ほーらできたぞ」


「わ、美味しそうです」


 湯気を立てる卵粥。俺の料理スキル全てを完璧に使った至極の一品である。


「いただきます」


「おう、ゆっくり食っていいからな」


 はふはふ言いながら食べ始めるフィオナ。ちょっと和むな。


「おいしい! 凄くおいしいです! おかゆなのに凄い!」


「ふっふっふ、そうだろう。おかわりしてもいいぞ」


 人に料理で喜ばれると嬉しい。やはり料理はいいな。

 慌てて食って舌火傷しそうになっている。なんか小動物みたいだなこいつ。


「見つけたよ。手配書があった。最悪な女神に目をつけられたものだね」


 手配書持って戻ってきたヘスティア。どうやら面倒な相手だったようだな。


「特S級犯罪者、女神クローディア。女神界最悪の問題児さ」


「すみません。私がいながら」


 フルーツ食いながらしょんぼりしている。

 どうも無駄な責任感が強いな。解消してやらねば。


「君のせいじゃない。どうせ先生が全部解決したのだろう?」


「はい。ですが、それは本来私の役目です」


「いいんだよ、俺は勇者なんだから。俺の役目でもある」


 勇者が世界を救う。ごくありふれた話だ。なんの問題もない。


「ほら、全部食って二階で寝とけ」


 こっそり回復魔法もかけてやった。明日には元気になるだろう。

 そこで普通じゃない方の入り口から客が来る。


「なんだ? 店閉めてなかったのか?」


「ごめんごめん。うっかりしていた。いらっしゃいませ」


 ヘスティアが真っ赤な鎧を着た女へと接客を始める。


「あの、ここ地球ですよね?」


 フィオナがきょとんとしている。初見じゃ驚くよな。


「ああ、うちは入り口が二つあるんだ」


「ふたつ?」


「店の半分に結界が張ってある。外側が地球人の。内側が別世界からの客だ」


 なので入り口が二つ。裏口が一つ。秘密の抜け道が一つ。


「先生、ご指名だよ」


「えー……俺もう仕事終わったんだけど」


 ひと仕事終えて帰ってきたってのに。

 面倒だな。まだ晩飯食ってないんだけど。

 考えているうちにこちらへ歩いてきた。


「失礼します。こちらで勇者様に稽古をつけていただけると聞きまして」


「ああまあ、勇者です。どうも」


「……あなたが?」


「強そうに見えないだろう? 安心していい。彼を超える存在などいない」


 余計なこと言わんでいい。仕事せずに飯食える空気じゃなくなるだろ。


「とりあえずうちはカレー屋だ。なんか注文してくれ。ああ、フィオナ」


「あ、大丈夫ですよ。そっちのソファーどうぞ」


「すまない。ありがとうお嬢さん」


 俺とフィオナが隣同士。赤い色の女騎士が向かいに座る。


「こちらの通貨を持っていないのですが、貴金属でも?」


「ああ、通貨は自動変換されているよ。知識も来店時に入ってるはずだ」


 言われて財布を取り出す女騎士。中には札とコイン。


「わかるだろ?」


「ええ、これがセンエン札で、こっちがゴヒャクエン硬貨」


 この機能はヘスティアと俺の合作。

 いちいち金で揉めるのが面倒だ。俺の魔力と知識総動員すりゃ容易い。

 ちゃんと帰る時に向こう側の通貨に戻る。


「先生はどうする?」


「んじゃマトンカレーで」


「餃子食べたいとか言ってなかったかい?」


 忘れてた。でももうカレーの口になっちゃったのでいいや。


「ここカレー屋ですよね?」


「ほぼ自宅だからな。俺用の厨房もあるぞ。そっちで作るんだよ」


「先生限定でね」


 これが好きで店にいることもあったりなかったり。


「チキンカレーをお願いします」


「はいまいど。少々お待ちを。ちゃんとお仕事してね先生」


 釘をさされた。ちくしょう。しょうがない、カレーくるまでに済ませるぞ。


「えー、一応俺が勇者なんだけど、指導にはお金がかかる。必殺技コースと、簡単に手合わせして、欠点を教えつつステータス伸ばしたいぜコースとかある。これ見てくれ」


 ヘスティアが作ったメニューを見せる。

 普通に万クラスの金がかかるコースが記載されているが、まあ触れないでおく。


「私は勇者なのですが、最近技のキレがなくなり、必殺技が弱くなっているような……」


 相談を聞きつつ簡単に魔力検査してみる。

 ついでに才能なんかもチェック。

 全体的に高いな。器用貧乏じゃない。本格的なオールマイティだ。


「あなたはどうやって敵を倒しているのですか?」


「殴れば死ぬ」


「は?」


「こう、ぐっと力を入れて殴ればいいんだよ。そんだけ」


 これで魔王も邪神も死ぬ。不死身だろうが概念的存在だろうが殴れるし、殺せる。


「じゃ、飯食ったら下の階でチェックだな」


「はい、ではこの大先生コースでお願いします」


「こっちの安いやつにしない?」


「いいえ、蓄えは山ほどありますので」


 お高いコースにすると、本気で見てやらないと悪い気がしてしんどいんだよ。


「乗り気じゃないのですね」


「だって勇者は世界を平和にするために戦ってる存在だぞ。悪人じゃない。悪いことをしていないやつと戦ったり倒すのは、あんまり勇者っぽくない気がする」


 勇者は世界を救うもの。誰彼構わず勝負を挑むべきじゃないだろう。

 まあ仕事だししょうがない。自分の培ってきたものを教えるのは楽しいし。

 それでこいつの世界が救われるならいい。昔ヘスティアにそう説得された。


「じゃあ食ったら地下に行くぞ」


「何があるのですか?」


「VR戦闘ルーム」


「なんですそれ?」


「SF全開の世界を救った時に使えそうだったから、システムを改良して地下室にぶっこんだ。めっちゃ広い部屋に、好きな場所や敵を出せる」


「はい、カレーおまち」


 相変わらず抜群にいい匂いさせてやがるな。

 ナンの食い方を教えてやり、みんなで飯にする。


「これがかれえか。なんという深いコク。なんという芳醇で複雑なスパイス。一種の芸術だな」


 女勇者さん大満足のようだ。手が止まらない。

 フィオナが食いたそうだったので、ちょっとだけ食わせると好評。


「おいしいですー!」


「うむ、ヘスティアの飯はうまいな」


 チーズナンにしてもらった。うむ、味濃い目のチーズが多めで凄く良い。


「食べたらちゃんとお仕事するんだよ」


「わーってるっての」


 その後、ちゃちゃっと欠点のアドバイスをし、新必殺技を開発してやり、女勇者さんは大満足で帰っていった。

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