星の光は青

森音藍斗

前奏

 彼女は縫い糸を三つ編みにし、それを更に三本合わせて三つ編みにし、それを更に三本合わせて三つ編みにしていた。

 そんなことを、俺の隣で延々と繰り返していた。

 もう何か月もの間。いや、何年もの間。

「生まれた喜びと死ぬ悲しみって、どちらの方が大きいと思う?」

 彼女は慣れた手つきで糸を編みながら、気だるげにそう訊いた。

「それ、比べられるものなのか」

「さあね」

 自分で訊いた癖に、彼女は興味無さそうにそう言う。

「答えてよ」

 理不尽な問いに、解答を強要する。

 仕方なく俺は考える。

「その喜びっていうのは……周りの人の、ってことでいいの」

 残念ながら俺は、自分が生まれたときのことを憶えていない。だが、恐らく自分自身は、然程喜びを感じなかったのではなかろうかと思う。母の胎内の方が、楽だし。

「知らないわ」

 彼女は答える。

「死ぬときの悲しみは」

「知らないわ」

「じゃあ、そう仮定するとして——本人じゃなく周りの人の喜びと悲しみに仮定するとして、それは、ひとりひとりの感情なのか、それともその人に関わる全ての人間の総計なのか」

「知らないわ」

「生きた長さとか、職業とか、社会貢献度とか、知名度とか、いろいろ関わると思うんだけど」

「知らないわ」

 そこで彼女は、我慢できなくなったかのように肩を震わせて、笑う。

「生まれたときは喜びだって、誰が決めたのかしら」

 ——君が。

 ——君がそう言ったんだろう、とは言えなかった。

「じゃあ、逆に訊くけれど」

 俺は彼女に言う。彼女は手の感覚だけで糸を撚りながら、ちらりと俺に視線を遣る。

「君は、いつ自殺をやめるの」

「この縄が完成したらじゃないかしら」

 死んだら。

 彼女は自殺をやめる。

 彼女は美しく笑った。

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