少年陰陽師 いにしえの魂を呼び覚ませ/結城光流
角川ビーンズ文庫
1
◆ ◆ ◆
ざわりと、動き出すものがあった。
暗い
無数の光がぎらりと輝く。
あれは、
このままでは、あれが─────。
◆ ◆ ◆
1
◆ ◆ ◆
十二神将
一歩
「
「まったく、あのはねかえりめ」
十二神将四
「…はねかえり…ですか……」
反応に困った太裳が
「
最強たる騰蛇とほぼ
太裳と天空が
「天空の翁、太裳」
「おお、天一か。どうした、
「晴明様は、相変わらずのご様子。命の危険をかいくぐったばかりというのに、それを
異界という地には、どこまでも果てしなく
岩に囲まれた平らかな場所だ。天空と太裳の築いた結界が外気を
建物はない。彼らにそんなものは必要がない。
はるか昔、彼らも精霊たちと同様の存在だった。ひとの
人界のような日輪と月輪の存在しないこの地は、天を厚い
顔をあげた天一は、岩に
「ご相談があって参りました」
「どうしました?」
首を
「勾陣のことで」
天空と太裳が
「あれも
息をつく天空の隣で太裳が
目覚めてからしばらくは、動けないこともあっておとなしくしていたのだが、自力で歩けるようになってすぐに人界に降りてしまった。
天一の
「晴明様のご無事な姿を、
──おお、勾陣。体はもういいのか
ほうと息をついて
晴明の部屋に腰を落ちつけて、
「人界では体力と通力の快復も格段に
困ったように嘆息する太裳に、まったくだと言わんばかりの風情で天空が
天空の
「
「案、とは?」
促す天空に、天一は静かに答えた。
「人界においてもっとも清浄なる地で、静養させるというのはいかがでしょうか」
◆ ◆ ◆
本日の仕事を終えた
その隣に、なにやら
「もっくん、なんだか機嫌悪いねぇ」
昌浩の言葉に、物の怪は片耳をあげた。
「べーつーに」
返答は、見事に表情を裏切っている。
やれやれと息をつき、昌浩は天を
あと数日で月が
あれからもう一年経ってしまったのか。あまりにもいろいろなことがありすぎて、過ぎ行く日々に思いを
「……ということは、
なんだか、もっとずっと長い時間
その彰子は、最近ようやく
無理をしなければ
だがもし昌浩が夜警に出たら、帰ってくるまで
そんなところまでは
──なぁなぁ、お
──まだよくならないのか?
──退屈してるなら、俺たちお
彰子本人は神将たちに囲まれているので退屈しているということはない。だが、そういう
おかげで、悪さをしないならうちに来てもいい、とつい口にしてしまった。
それを見ていた物の怪が、心底
お前ほんとにひとがいいよなぁと、ため息混じりに言われて、そうかなぁと昌浩は頭を
「ねぇもっくん」
「あぁ?」
相変わらず不機嫌な物の怪は、眉間にしわを寄せたまま返答してくる。その白い体をひょいと持ち上げて肩に乗せながら、昌浩は白い背をぽんと
「最近特にこれといって大変なこともないし、すごく平和で落ちついてるなぁと思うんだよね」
物の怪は大きな丸い目を軽く見開いた。
いろいろと考えるように首を傾ける
夕焼けの瞳で昌浩の横顔を
「ああ、そうだな」
春の半ばから、つい先日の
彰子が
肩から首の後ろを回って反対側に移動し、昌浩の顔を
「それで?」
「うん、ちょっと考えたんだけど」
胸の辺りをそっと叩いて、物の怪を見やる。
「考えてみたら俺、
「御礼」
夕焼けの瞳が丸くなる。頷く昌浩が胸の辺りをぽんと叩くのを見て、合点がいったように
「ああ、
「うん。ほら、よくよく考えると、巫女にちゃんと
一つ目の玉は、
足を止めて、昌浩は首をひねった。
「一度
「うーん…」
物の怪とともに昌浩に
「どう思うよ」
応じるように、六合は
「昌浩が必要だと思うなら、足を運んでもいいだろう」
「急に行ったら
「
「そっか」
そうだよね、と頷いている昌浩の後ろ頭を、
「お前なぁ、陰陽寮の仕事もあるのに何考えてるんだよ」
道反は遠い西国、
「太陰か
あの
「先触れ、ていうのは、やっぱり式とかかな」
「式でもいいし、俺たちが行ってもいいが……」
言い差して、六合はふいに
「六合?」
「……どうした?」
物の怪が
「…いや、別に」
別に、という様子ではなかったと思ったが、なんとなく触れないほうがいい気がして、昌浩と物の怪は別の話題を探した。
視線を
そういえば、出雲にいた
あの天狐がこの勾玉に触れたとき、六合が滅多にないほど
「あのさ六合、前から訊こうと思ってたんだけど……」
「その勾玉、なに?」
昌浩の指す先を追った物の怪も、ああそういえば、という顔をする。同胞がいつの間にこの勾玉を持っていたのかを、物の怪もよく知らないのだ。
六合は口を開きかけて、かすかに
「……これは…」
───あの夜に、出雲で彼の手に
あのとき、手のひらに
「……預かりものだ」
答えて、彼はそのまま隠形する。
昌浩と物の怪は
訊いてはいけないことだったのかもしれない。悪いことをした。
でも、
「……ううう、どうしよう」
昌浩の考えていることが手に取るようにわかった物の怪は、まぁ気にするなといった風情で背中を尻尾で叩く。
瞬きをして、昌浩はぼそりと言った。
「……ところで、もっくんはどうして
物の怪は軽く目を
「別になんでもない」
「ほんとにぃ?」
「
半眼になった物の怪に
《勾陣が人界にいることが気にいらないんだろう》
昌浩の視線が背後に向けられて、物の怪に
「そうなんだ」
物の怪は
「……べーつーに」
言葉とは裏腹に、
不機嫌三割増の視線が隠形している同胞に向けられるが、とうの六合はこたえた様子もなく
そんな彼らを、
鴉は昌浩の背を
代わりのように
「図星をさされてさらに機嫌が悪くなったのか」
「元はといえば、お前が異界で静養しようとしないのが悪いっ」
「そうか? その必要はないと判断したからここにいるんだが」
柱にもたれて
彼らの後ろに
「あなたがそう思っていても、私や
勾陣は軽く
「自分のことは自分が一番よくわかっているつもりだよ。それに、私はお前たちとは根本的なところから
物の怪がついと目を細めた。
「ほほう……、ならばお前と根本がほぼ同列の俺が言ってやろう。さっさと異界に戻って安静にしていろ。お前はまだ
直立して言い
「いまのお前に言われても、あまり重みが感じられないな」
「ええいっ、ああ言えばこう言う、こう言えばああ言うっ! かくなる上は、どうしてくれよう…っ」
「だから、気にするな。最初から何度も心配ないと言っているだろう。まったく、
「おーまーえーはーっ!」
いっそ本性に戻って力ずくで異界に引きずり戻してくれようか。いやしかし、それをやるとあとが
いきり立って両前足をあちらこちらに振っている物の怪を
十二神将最強にして
「まぁ、えてして男は女に口で勝てたためしはないからのぅ……」
何やら深い重さを持った
「そういうもんですか?」
晴明の横で一連を
そういうものだと返して、晴明は天一を
「それで、天空と太裳とお前の提案というのは?」
天空と太裳、そして天一は、勾陣と同じ土属性の神将である。性状が同じであるため、現在の勾陣に必要なものを他の
天一はそっと頭を下げた。
「はい。翁と太裳も
「道反の巫女?」
「道反の聖域にて、勾陣を静養させたく思います。
思いも寄らない天一の提案に、昌浩は目を見開いた。
道反の聖域で、勾陣を静養させる。
天一は静かな瞳で傷を負った同胞を見つめる。晴れ渡った冬空より
「異界では、翁たちの目をかいくぐってすぐにこちらに来てしまいますし。
淡く
さすがに
「お前の負けだな、
「……意趣晴らしか、騰蛇」
「いや、別に」
しれっとあさってを見る物の怪をじとっと
「あの、じい様」
それまで
「ん?」
「俺も相談があるんですけど……」
目をしばたたかせる晴明に昌浩は、自分ももう一度道反に行きたいと告げた。
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