少年陰陽師 いにしえの魂を呼び覚ませ/結城光流

角川ビーンズ文庫

 ◆ ◆ ◆


 ざわりと、動き出すものがあった。

 暗いやみの中でうごめき出す、いくつものかげ

 しんの、点在する光がある。

 まがまがしい気配が強く、のうみつになっていく。

 無数の光がぎらりと輝く。

 いくものほうこうとどろいて、うすの上に立っているようなきよう心が心をからめとる。

 あれは、こわいものだ。

 このままでは、あれが─────。


  ◆ ◆ ◆









  ◆ ◆ ◆


 十二神将こうちんは、過日に受けた傷のため、いまだ完全に快復しているとは言いがたかった。

 一歩ちがえればしようめつしていたほどの重傷だったのだ。まだひと月とっていないのだから、それは無理からぬ話だろう。

 どうほうたちは危険のない異界で安静にしているよううながしたのだが、本人は動けるようになったたん、人界のあるじもとにさっさと降りてしまった。人界は雑多な気が多い。弱体化している身ではさわりもあるだろう。

おきな、いかがいたしましょうか。私たちでは彼女をこちらにもどせません」

「まったく、あのはねかえりめ」

 たんそく混じりのてんくうの言葉に、たいじようは軽く目をみはって老人をまじまじとながめた。

 十二神将四とうしようの紅一点も、天空にかかればはねかえりのひとことで済まされる。太裳は間違っても彼女をそんなふうには評せない。何せとうに次ぐ闘将だ。

「…はねかえり…ですか……」

 反応に困った太裳がこんわくした風情ふぜいで言い差すと、天空はこともなげにうなずいた。

たいいんよりはまだましだがな、あの暴れようははねかえり以外の何ものでもないわ」

 最強たる騰蛇とほぼかくに死闘を演じたという話は、騰蛇本人から聞いたことだ。異界に戻った太裳と天空はそのせいぜつな現場に立って、未だにくすぶる闘気のざんはげしい通力のへんりんに、さすがに言葉を失った。

 太裳と天空がしぶい顔をしているところに、てんいつが姿を現した。

「天空の翁、太裳」

「おお、天一か。どうした、せいめいに何ごとか起こったか」

 たんしてついと両手をついた天一は、いいえと首をり、しよう混じりに微笑ほほえんだ。

「晴明様は、相変わらずのご様子。命の危険をかいくぐったばかりというのに、それをじんも感じさせません」

 異界という地には、どこまでも果てしなくこうりようたる景色が広がる。その一角に神将たちのつどう場があった。

 岩に囲まれた平らかな場所だ。天空と太裳の築いた結界が外気をしやだんし、せいじような空気がその場を満たす。

 建物はない。彼らにそんなものは必要がない。

 こうのような地ばかりではなく、山野や水のといった場所もあるのだが、生き物は十二神将と、実体を持たないせいれいたちのみだ。

 はるか昔、彼らも精霊たちと同様の存在だった。ひとのおもいを受けて実体を持ち、その姿に見合った性状と力を得た。

 人界のような日輪と月輪の存在しないこの地は、天を厚いあんかい色の雲におおわれていた。だが、明かりが必要な場合は朱雀すざくか騰蛇のほのおがあれば事足りる。それに何より、神将たちにとって闇はおそれるものではなく、視界をさえぎるものでもないのだ。

 顔をあげた天一は、岩にこしを下ろしている天空と、そのとなりにたたずむ太裳をこうに見つめた。

「ご相談があって参りました」

「どうしました?」

 首をかたむける太裳に、天一はうれいを帯びたまなしを返した。

「勾陣のことで」

 天空と太裳がいつしゆん視線をわした。彼らもそのことを案じていたところだった。

 ひざの上に横たえていたつえを立て、支えにするようにしながら天空がまゆを寄せる。

「あれもごうじようたちゆえ、この地にて静養せよといくらり返しても一向に聞く耳を持たん」

 息をつく天空の隣で太裳がかたをすくめる。

 目覚めてからしばらくは、動けないこともあっておとなしくしていたのだが、自力で歩けるようになってすぐに人界に降りてしまった。

 天一のひとみにあたたかな光が宿る。

「晴明様のご無事な姿を、おのれの目で確かめたかったようです」

 ──おお、勾陣。体はもういいのか

 ぶんだいに向かっていた晴明が振り返って告げた言葉を聞き、勾陣は主を無言で見つめて、それまで全身にまとっていたきんちようころもぎ去ったのだった。

 ほうと息をついてうすしようし、言葉少なに頷く勾陣に、晴明はおだやかな眼差しでそうかと笑った。

 晴明の部屋に腰を落ちつけて、かべにもたれたまま目を閉じた勾陣を、晴明は好きにさせていた。そんな彼女に、気配を察して飛んできたものすさまじいけんまくで説教をしていたが。

「人界では体力と通力の快復も格段におそくなります。彼女のためにも、一度こちらに戻ったほうが得策なのですが……」

 困ったように嘆息する太裳に、まったくだと言わんばかりの風情で天空がけんにしわを刻む。

 天空のまぶたは閉じられたままだが、彼は目ではなく通力ですべてを見通すことができる。太裳と天一がどのような表情をしているか、彼には手に取るようにわかっていた。

せんえつながら、私にひとつ提案がございます」

「案、とは?」

 促す天空に、天一は静かに答えた。

「人界においてもっとも清浄なる地で、静養させるというのはいかがでしょうか」


  ◆ ◆ ◆


 本日の仕事を終えたまさひろは、ていへのみちをたかたかと足早に進んでいた。

 その隣に、なにやらげんそうなそぶりで歩を進める白い物の怪の姿がある。

「もっくん、なんだか機嫌悪いねぇ」

 昌浩の言葉に、物の怪は片耳をあげた。

「べーつーに」

 返答は、見事に表情を裏切っている。

 やれやれと息をつき、昌浩は天をあおいだ。

 あと数日で月がわるので、昌浩は少々いそがしい。

 おんみようりように入寮してから二度目のこうでんだ。

 ふねほうようと戦ったことを思い出し、昌浩はとうとつに気がついた。

 あれからもう一年経ってしまったのか。あまりにもいろいろなことがありすぎて、過ぎ行く日々に思いをせるようなゆうもなかった。

「……ということは、あきと会ってから、もう一年とちょっとなんだよなぁ」

 なんだか、もっとずっと長い時間いつしよにいるような気がする。彰子が近くにいることがごく当たり前で、たとえば二年前にはたがいの存在すら知らなかったということにおどろかされる。

 その彰子は、最近ようやくつうに起きられるようになってきた。

 無理をしなければとこくことなく一日を過ごせる。それでも夜になると青い顔をしているので、早めに横になるよう心がけているようだ。

 だがもし昌浩が夜警に出たら、帰ってくるまでずに待っているだろう。それがわかるので、ここのところ昌浩は夜普通にねむる生活を送っていた。おかげで、出仕のときにざつたちが退たいくつだと文句を言いにやってくる。

 そんなところまではめんどうを見ていられないのが本音だが、だいだいに向かう道すがらに相手をしてやると多少機嫌を直して帰っていくので、気がすむようにしてやっていた。

 ──なぁなぁ、おひめの具合はどうだ?

 ──まだよくならないのか?

 ──退屈してるなら、俺たちおいに行ってやってもいいぞ

 えらそうな言い方をしながら、その実しんみような顔で言い立てる三びきの姿を思い出し、昌浩は小さく息をついた。あれらは彰子に名前をもらった。それが本当にうれしくて嬉しくて仕方がなくて、だから彰子にとても強い思い入れがあるのだ。

 彰子本人は神将たちに囲まれているので退屈しているということはない。だが、そういうたぐいのことをちらと口にしたところ、予想以上にしょげ返られた。

 おかげで、悪さをしないならうちに来てもいい、とつい口にしてしまった。

 それを見ていた物の怪が、心底あきれた風情ふぜいで肩をすくめて、おいおいそんな簡単にほだされるなよ、と半眼になっていた。

 お前ほんとにひとがいいよなぁと、ため息混じりに言われて、そうかなぁと昌浩は頭をいた。そんなことはあまりないと思うのだが。

「ねぇもっくん」

「あぁ?」

 相変わらず不機嫌な物の怪は、眉間にしわを寄せたまま返答してくる。その白い体をひょいと持ち上げて肩に乗せながら、昌浩は白い背をぽんとたたいた。

「最近特にこれといって大変なこともないし、すごく平和で落ちついてるなぁと思うんだよね」

 物の怪は大きな丸い目を軽く見開いた。

 いろいろと考えるように首を傾けるたいは、大きなねこか小さな犬程度。真っ白な毛並みは実にざわりが良い。首周りをいちじゆんする赤いとつまがたまに似ていて、長い耳と尻尾しつぽはひょんひょんと動く。白い額の花によく似た模様が印象的だが、けんの才を持つ者にしかその姿を認めることはかなわない。

 夕焼けの瞳で昌浩の横顔をながめて、物の怪はうなずいた。

「ああ、そうだな」

 春の半ばから、つい先日のもちづきが過ぎるまで、本当に様々な事態が目まぐるしく起こっていた。気の休まる日々はなかったといっていい。

 彰子がせりがちだったものの、それ以外は本当にへいおんな日常がおとずれている。日々というのはこれほどに穏やかだったのかと、驚くほどに静かだ。

 肩から首の後ろを回って反対側に移動し、昌浩の顔をのぞき込むようにしながら、物の怪は耳をそよがせた。

「それで?」

「うん、ちょっと考えたんだけど」

 胸の辺りをそっと叩いて、物の怪を見やる。

「考えてみたら俺、れいをちゃんと言ってないよなぁ、て」

「御礼」

 夕焼けの瞳が丸くなる。頷く昌浩が胸の辺りをぽんと叩くのを見て、合点がいったようにまばたきをした。

「ああ、道反ちがえし巫女みこか」

「うん。ほら、よくよく考えると、巫女にちゃんとあいさつしたこともないし。この丸玉だって二つ目だし」

 一つ目の玉は、てんの力が暴走した折にくだけてしまった。

 足を止めて、昌浩は首をひねった。

「一度うかがったほうがいいのかなぁ?」

「うーん…」

 うなった物の怪は、おんぎようしているどうほういちべつした。

 物の怪とともに昌浩にずいじんしている十二神将のりくごうは、二つ目の丸玉を晴明に命じられて道反まで受け取りに行った本人だ。自分たちより道反の面々に面識がある。

「どう思うよ」

 応じるように、六合はけんげんした。彼は常に無表情でもくなので、返答にそれほど期待はいだいていない。だが、必要最低限のことは返す男だ。

「昌浩が必要だと思うなら、足を運んでもいいだろう」

「急に行ったらめいわくだよね」

さきれが必要だな」

「そっか」

 そうだよね、と頷いている昌浩の後ろ頭を、ものがつついた。

「お前なぁ、陰陽寮の仕事もあるのに何考えてるんだよ」

 道反は遠い西国、出雲いずもの地だ。陸路では往復で三ヶ月かかる。

「太陰かびやつの風で送ってもらえば片道一日かからないじゃない。……できれば白虎の風がいいけど」

 あのあらっぽい風を思い出し、昌浩はそう付け加えた。物の怪も六合もわかりすぎるほどわかっているので、それに対しては全面的に同意見だ。

「先触れ、ていうのは、やっぱり式とかかな」

「式でもいいし、俺たちが行ってもいいが……」

 言い差して、六合はふいにまゆを寄せた。

「六合?」

 いぶかってり返った昌浩は、六合がかべるしぶい表情、というものを初めて見た。あくまでもいつもの無表情と対比するとじやつかん渋いという程度なのだが、めつに感情を見せない性情の彼にしては大変めずらしい。

「……どうした?」

 物の怪が怪訝けげんそうに見上げると、六合はかぶりを振った。

「…いや、別に」

 別に、という様子ではなかったと思ったが、なんとなく触れないほうがいい気がして、昌浩と物の怪は別の話題を探した。

 視線をすべらせた昌浩は、六合の胸の辺りにかかっているあかい勾玉に目を留めた。

 そういえば、出雲にいたころから、それがなんなのかいつかいてみようと思っていたのだ。しかし、様々な事態が立て続けに起こったから、すっかり失念していた。

 あの天狐がこの勾玉に触れたとき、六合が滅多にないほどすさまじくげつこうしていたことも思い出した。

 ずいぶんと大切にしているように感じられる。

「あのさ六合、前から訊こうと思ってたんだけど……」

 おうかつしよくひとみが応じるように昌浩を見返す。

「その勾玉、なに?」

 昌浩の指す先を追った物の怪も、ああそういえば、という顔をする。同胞がいつの間にこの勾玉を持っていたのかを、物の怪もよく知らないのだ。

 六合は口を開きかけて、かすかにまぶたふるわせた。

「……これは…」

 ───あの夜に、出雲で彼の手にたくされた。

 あのとき、手のひらににぎりこんだ玉は冷たく。じよじよに熱を失っていく彼女のはだを思い起こさせた。

「……預かりものだ」

 答えて、彼はそのまま隠形する。

 昌浩と物の怪はたがいに顔を見合わせたが、それ以上ついきゆうする気にはなれなくて、再び歩き出した。

 訊いてはいけないことだったのかもしれない。悪いことをした。

 でも、びるということはまた話題にするということでもあるので、それはしないほうがいいと思われる。しかし、他意はなかったにしてもやってはいけないことをやってしまったようだから、それに関しては謝らなければならない。ならないのだが、それはそれで問題が。

「……ううう、どうしよう」

 昌浩の考えていることが手に取るようにわかった物の怪は、まぁ気にするなといった風情で背中を尻尾で叩く。

 瞬きをして、昌浩はぼそりと言った。

「……ところで、もっくんはどうしてげんが悪いのさ」

 物の怪は軽く目をみはって、片目をすがめて見せた。

「別になんでもない」

「ほんとにぃ?」

うたぐり深いやつだなぁ」

 半眼になった物の怪にさらにたたみかけようとしたとき、隠形している六合の声がひびいた。

《勾陣が人界にいることが気にいらないんだろう》

 昌浩の視線が背後に向けられて、物の怪にもどる。

「そうなんだ」

 物の怪はけんに深いしわを刻んだ。

「……べーつーに」

 言葉とは裏腹に、こわが地をっている。

 不機嫌三割増の視線が隠形している同胞に向けられるが、とうの六合はこたえた様子もなくすずしい顔でそれを受け流した。




 そんな彼らを、やなぎにとまったしつこくからすがじっと見ている。

 鴉は昌浩の背をぎようしていたが、別の鴉が羽ばたいてくるのを受けて飛び立った。

 代わりのようにい降りた鴉は、先の鴉がしていたように漆黒の目を子どもの背に向け、のどの奥でぐるぐると唸ると、ばさりとりようよくを広げてその場からはなれた。




「図星をさされてさらに機嫌が悪くなったのか」

 おもしろそうにしながら口元に当てた指の下でみをみ殺す勾陣に、お座りをした物の怪がくわりときばく。

「元はといえば、お前が異界で静養しようとしないのが悪いっ」

「そうか? その必要はないと判断したからここにいるんだが」

 柱にもたれてうでを組んでいる勾陣のかたわらでは、困ったものだと顔にいてある晴明がきようそくに寄りかかっている。そのとなりに、すみから引きずってきた円座をえて胡坐あぐらいた昌浩がいた。

 彼らの後ろにひかえるようにたんしていた天一が、やさしい口調ながらも勾陣をたしなめた。

「あなたがそう思っていても、私やおきなや太裳はまだ静養が必要だと判断しています。晴明様もそれについては同意であるとおおせられていますよ、勾陣」

 勾陣は軽くかたをすくめた。

「自分のことは自分が一番よくわかっているつもりだよ。それに、私はお前たちとは根本的なところからちがう。それほど心配はないと思うんだが……」

 物の怪がついと目を細めた。

「ほほう……、ならばお前と根本がほぼ同列の俺が言ってやろう。さっさと異界に戻って安静にしていろ。お前はまだばんぜんとは言いがたい。万全でない以上人界にいることは得策ではない」

 直立して言いわたす物の怪をじっと見返して、勾陣は静かに言った。

「いまのお前に言われても、あまり重みが感じられないな」

 ほんしようならばいざ知らず、白い小さな物の怪が何を言っても、その見てくれにげんはない。

「ええいっ、ああ言えばこう言う、こう言えばああ言うっ! かくなる上は、どうしてくれよう…っ」

「だから、気にするな。最初から何度も心配ないと言っているだろう。まったく、もうろくしたか騰蛇よ」

 たんそく混じりに見下ろしてくる勾陣に、物の怪はえた。

「おーまーえーはーっ!」

 いっそ本性に戻って力ずくで異界に引きずり戻してくれようか。いやしかし、それをやるとあとがこわい。だがこのままここにとどまらせるというのはけたい事態だ。

 いきり立って両前足をあちらこちらに振っている物の怪をながめながら、晴明が軽く嘆息した。

 十二神将最強にしてさいきようとうしようでも、口では二番手にかなわないらしい。

「まぁ、えてして男は女に口で勝てたためしはないからのぅ……」

 何やら深い重さを持ったつぶやきが老人の口かられる。人生数十年の晴明には、そこに達観するいろいろがあったのかもしれない。

「そういうもんですか?」

 晴明の横で一連をぼうかんしていた昌浩が、不思議そうな目をしている。

 そういうものだと返して、晴明は天一をかえりみた。

「それで、天空と太裳とお前の提案というのは?」

 天空と太裳、そして天一は、勾陣と同じ土属性の神将である。性状が同じであるため、現在の勾陣に必要なものを他のどうほうたちより明確に読み取ることができるのだった。

 天一はそっと頭を下げた。

「はい。翁と太裳もりようしようしてくださいましたので、あとは晴明様と道反の巫女みこのお許しがかなえば……」

「道反の巫女?」

 うなずいて、天一はつづけた。

「道反の聖域にて、勾陣を静養させたく思います。の地はせいじような気に満ちあふれています。いまだ万全とは言いがたい勾陣の神気を補い、快復をうながしてくれるのではないかと」

 思いも寄らない天一の提案に、昌浩は目を見開いた。

 道反の聖域で、勾陣を静養させる。

 天一は静かな瞳で傷を負った同胞を見つめる。晴れ渡った冬空よりあわい色の瞳は、同胞を案じてうれいを帯びていた。

「異界では、翁たちの目をかいくぐってすぐにこちらに来てしまいますし。の聖域ならば、おいそれと出ることも叶いません。むかえがなければこのやしきに戻ることも困難ですので、おとなしくしていてくれるのではないかと思案しただいです」

 淡く微笑ほほえむ天一の言い回しはとてもやわらかいが、要するにこれは、しょっちゅうだつそうする負傷者に手を焼いた同胞たちが、簡単にけ出せないりようよう地に彼女を押し込めようという腹なのだ。

 さすがにしぶい顔の勾陣に、ものおごそかに告げる。

「お前の負けだな、こう。天一のみならず、天空や太裳まで意見がいつしているなら、げ場はないぞ。ちなみに俺もこの案に賛成だ」

「……意趣晴らしか、騰蛇」

「いや、別に」

 しれっとあさってを見る物の怪をじとっとにらんでいた勾陣は、やがてあきらめたようにして嘆息した。

「あの、じい様」

 それまでだまって聞いていた昌浩が身を乗り出した。

「ん?」

「俺も相談があるんですけど……」

 目をしばたたかせる晴明に昌浩は、自分ももう一度道反に行きたいと告げた。





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