唱える者。

坂戸樹水

唱える者。


 私は由香ユカ。歌手を目指しています。

歌は そこそこ好評なんですよ? ただ、歌う場所に恵まれなくて……

楽器も得意じゃないから自分でオケを作ったりも出来ない……


 そこで思い切って『歌わせてください!』の広告をSNSのコミュニティーに出してみました。

お陰様で『音源は作れるけどボーカルがいない』そんな制作者とのご縁に恵まれました。


 お名前は 『柏木サン』と言う社会人男性。

彼が打ち込みで作った曲に、私が詞を当てて歌う。

レコーディング環境も自宅に整っているそうで費用もかからない。とても有り難い話です。


 一先ず、1曲ばかりを用意して試し録りのレコーディングをする事になりました。

柏木サンはご両親と同居の一戸建てにお住まいで、元々あった家の地下駐車場を改造してレコーディングルームにしたそうです。

その所為か、天井が低くて薄暗い。


(ちょっと怖いな、、空気も悪いし……)


 淀んだ空気の中にフワフワと漂うような、何処からともなく隙間風。

けれど、機材はズラリと並べられているから、ココが柏木サンの活動の拠点。

歌うだけの私が我儘を言ってはいけません。


「取り敢えず、ガンガン歌ってみようか」

「はい!」


 ヘッドホンをつけて、全力で歌う。

その甲斐あって、まずまずの1曲を録り終える事が出来ました。

私は綺麗に録音された自分の声を聴いて大満足です。

こんな感じで曲を作り続ければ、いずれライブも出来る!

音源を頂いて、私は歌手になった気分で家に帰りました。


 こうなると、1曲だって人に聴いて貰いたくなりますよね?

私は通っている大学へ行くなり、会う友人、会う友人にウォークマンを押し付けて聴いて貰いました。皆、子供を煽てるように褒めてくれます。

けれど、1人の友人=弥子ヤコだけは、私の歌を聴くなり奇妙な事を言うんです。


「コレ、何処で録ったの?」

「何処って、レコーディングルームだよ?ハンドメイドだけど」

「……そう。1人で?」

「ううん。録って貰った」

「女性?」

「ううん。男の人」

「何人?」

「私と2人だけだけど……何?」


(何か、怪しまれてる? 変な出会い系と勘違いされてる?)


 まぁ、女1人で面識の無い男の人の家に行くのは どうかと思いますけど……


「いる。女の人」

「ぇ?」

「声、入ってる」

「えぇ?」


 弥子が言うには、私の他に女の人がいて、その声が音源に入っているのだと。

でも、そんな筈はありません。

だって、あの場には柏木サンと私の2人しかいませんでしたから。

もし、ソレ以外の声が入っているとしたら……


「ぁ。本当だ。外の声、拾っちゃったのかな?」


 確かに、言われた部分を集中して聴いてみると、女の人らしき声が入っています。

ボソリ……と一言。何を言っているのかは聞き取れませんが。


「レコ―ディングルームって言っても完璧な作りじゃないからなぁ……

 家の人も上の階にはいたし、電話しに出たり入ったりもしてたし、その声かも」


 雑音が入っていた事で ちょっとガッカリ。

私が肩を落とすと、弥子は困ったように笑って励ましてくれました。


「次は環境を選んで録ったら良いと思う。由香チャン、歌 上手だから」

「ぅん……」


 でも、あの環境がやっと手に入れた歌える場所なんです。

雑音と言っても、ほんの僅か。聞こうとしなければ聞こえない。

気にならないレベルでもある。だって、他の皆は気づかなかったんですから。

気にしない、気にしない。次は柏木サンに注意して貰おう。

そう思っていたのですが、徐々に友人達から雑音の指摘をされるようになりました。


「あのさぁ、こうゆうの聴かせないでくれる? アンタ、悪趣味だよ」


 私の歌は好評だったのに……

友人にそんな事まで言われて、私のショックは言うまでもありません。


(そんなに酷かったかな? 皆、耳良すぎるだけなんじゃないの?

 ソレとも、私の歌が本当に酷いのかな……)


 改めて自分の音源を聞き直しました。

綺麗なオケに、私の歌声が乗って……少し間奏を挟んでからの次の小節。



 《ぁ、ぁぁ……痛い、痛い、、もうやめて……》



 ハッキリと聞こえました。


(そんなバカな! こんな声、入ってなかったよ!?)


 サウンドよりも大きな声で、耳を澄ますまでも無く聞こえる。

何処か遠くから、トンネルの先から響くような、そんな声。

ソレに、一言じゃない。ずっと、女の人の声が続いている。



 《ココから出してぇぇ……外に出してぇぇ……誰か気づいてぇぇ……》



 巻き戻して聞き直す度に、私の声が消されていく……



 《私の声ぇぇ聞いてぇぇ……》



「!?」


 慌ててイヤホンを耳から抜いて、私は震えました。



(声が……大きくなってるんだ……聴く度に、女の人の声が!!)



 何度 再生して聴いて貰っただろう。多分、20回、30回……



(どうして? 私達以外に、誰かがあの場所にいた……!?)



 見えなかっただけ。ずっとそばにいた。



(何と無く、覚えている……

 歌ってる時、何かが通り過ぎるような風が肌に感じられていたから……

 何度も、何度も……)



 フワフワと――


「気の所為じゃ、無かった……」

「由香チャン、」

「弥子……」

「もう、聴かない方が良い」

「何で、こんな事に……」

「……」

「ぉ、音源を消せば良い……ソレで良いんだよねっ?」

「……」


 押し黙る弥子に、私は『あぁ、もう駄目なんだろうな』と、そんな理解をさせられました。

その予感通り、以来、私が歌うと変な音が……女の声が入り込むんです。

カラオケに行っても、私の時だけハウリング。キィーーンと、静かに鳴り響く。

皆、不快そうに耳を背けます。



《私の声ぇぇ聞いてぇぇ……》



 歌は、やめました。




2014.08.05 / Writing by Kimi Sakato

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唱える者。 坂戸樹水 @Kimi-Sakato

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