十三 恋人

 郁子の白バラは咲いては散り、咲いては散りを繰り返していたが、やがて最後の一輪が散った。

 郁子の目と口は閉じられた。呼びかけても返事がない。元の死顔に戻ったのである。

 真一は郁子がこのまま消えるのではないかと思ったが、郁子は消えなかった。

 日々が過ぎて行く。



 その年のクリスマス。

 真一の部屋の前に仁古田リエが立っていた。


「リエ!」

「真一!」


 二人は駆け寄った。しっかりと抱き合う。

 真一は一瞬、郁子が目を覚ましリエを攻撃するのではないかと思ったが、首は眠ったままだった。首がリエの体に消えたが、真一は、郁子さんは死んでる、首は幻だと自分にいいきかせた。何より今は、目の前のリエしか見えなかった。

「会いたかった、会いたかった。リエ!」

「私も」

 真一は体を離してリエに見とれた。ベージュのコートを着たリエは心なし痩せたように見えた。リエの顔が細くなっている。


「さ、入って。長く待ってたの? 手が冷たい」


 リエが曖昧な笑みを浮かべた。


「どうしても、会いたかったの。寒さなんて感じなかった」


 部屋のストーブを点け、ソファに並んで座った。リエの冷えた体に腕を回す。暖めてやりたかった。


「どうして、急に?」

「郁子さんが亡くなったってきいて……、あの、ごめんなさい。こんな事になるなら、別れなければ良かったって。まさか、亡くなるなんて……」

「誰だってわからないさ。リエは俺を社長にしたかったんだろ。リエの人事データ、あれを見てわかったよ」


 ふふっとリエが笑う。


「そうよ、郁子さんがあなたにアタックしてるって聞いた時、あなたが社長になる可能性があるって思ったの。社長って、会社の舵取りして、銀行からお金集めて、みんなの精神的支えになってって考えていくと真一にも十分出来るって思った。五条商事を中堅から大企業に出来るって思ったの。郁子さんと結婚すれば、自動的に二代目になれるわ。私、真一に社長になって貰いたかった」


 真一は苦笑した。


「リエの買いかぶりすぎさ。今度は実力で上を目指すよ。ねえ、リエ、『ツェット』のコンサートの時、一緒にいた男は誰?」

「見合い相手」

「やっぱり。それで、奴とはどうなった?」


 リエが真一の肩に頭を乗せ、身じろぎをした。


「断った。見合い、結局断ったの。彼、あなたが抱きついて来た後、すっごく怒って。なんだか、私の過去が急に気になり出したみたいで。ああ、これはだめだなあって……。両親が呆れてたけど」

「リエ」


 真一はリエを抱き寄せ口付けをした。

 リエのふっくらとした唇をついばむ。懐かしい感覚が蘇る。リエの香りを一杯に吸い込む。久しぶりに忘れていた衝動が蘇った。

 真一はリエを抱き上げベッドに横たえた。肌と肌を合わせ絡み合う二人。

 と、郁子の首が胸からせり出て来た。

 裸の肩が、胸が、腹が、ずるずると真一の体から出て来る。郁子の体は出て来るに連れ、下へ下へと移動し真一の腰でとまった。郁子の体がリエの体とぴたりと重なる。

 真一は声にならない悲鳴を上げた。真一のそれはリエの体の中にある筈だった。だが、体が否といっている。リエではなく郁子の体で真一は締め付けられていた。体を離したいのに、離せない。一遍に萎えてしまいそうなのに、むしろ猛々しくリエを、いや、郁子をうがつ自分自身。

 強烈なバラの香りが辺りを満たした。郁子の目がパッと開く。切ない瞳で真一を見あげた。


(真一さん、あなたに愛されたかった)


 郁子の腕が真一の首にきつく巻き付く。


(真一さん)


 郁子の甘くあえぐ声。バラの香りの吐息。滑らかな肌。

 その幻の体の下から、リエの体が浮かび上がった。目の前に並ぶ四つの乳房。リエなのか郁子なのか、入れ替わる裸身。自身のそれを放った時、歓喜を共にしたのは、リエなのか郁子なのか、いや、二人共だった。リエと郁子の極まる声が同時に響いた。

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