真実2







******





 スレイとスピカが出会ったのは偶然だった。ヴェルリオ王国に用があったスレイと、スピカが大通りで出会っただけ。それはよくあることで、普段であれば知らない人とすれ違っても気にすることはないだろう。

 しかし、そのとき2人は同時に振り返ったのだ。ただすれ違っただけだというのに、何故かスレイはスピカが自分の運命の人だと思ったのだ。それはスピカも同じだったようだ。お互い近づいて道の真ん中で話すと、運命の人だと思ったと言うスレイにスピカも同じだと頷いたのだ。

 だが、スレイはすぐに行かないといけない場所があった。それが終われば、帰宅しなければいけない。スピカには用事はなかったが、もしここで何もせずに離れてしまえば二度と会えない可能性は高い。そう考えてスレイは持っていたメモ帳に住所と名前を書き、破るとそれをスピカに渡した。

 すると、スピカも一枚の紙を差し出した。それには同じように住所と名前が書かれていた。どうやらスピカも同じ考えだったようで、紙を受け取ると書かれている住所をよく見ることもなく手紙を書くと言ってスレイは目的地へと向かって歩き出した。

 スレイは自分の顔が赤くなっていることを自覚していた。右手で頬に触れるだけで熱いのが分かる。1人歩く街の中で、顔を赤くしているのは恥ずかしかったが、今は気にならなかった。

 はじめてだったのだ。すれ違っただけで、誰かを好きになったのは。一目惚れをしたのは。それを運命と言わずしてなんと言うのか。スレイの頭の中にはもうスピカのことしかなかった。

 それでも、目的地について用事は問題なく終わらせてしまうのがスレイだった。たとえ上の空であっても話しは耳に届いている。相手を不機嫌にすることもない。それに、相手もスレイが上の空だったことにすら気づいていなかっただろう。

 帰宅の際、スピカと会った通りを通ったがやはりそこには彼女はいなかった。会ってからすでに2時間もたっているのだ。会えないだろうとは思っていたのだが、僅かでも会えるかもしれないと期待していたために少々残念に思った。小さく息を吐く。

 馬車を待たせているウェスイフール王国へと続くに西門へと向かう。そこへ向かうときもスピカを探すことは忘れない。帰宅する前に、話すことが出来なくても一目見たいと思ったのだ。

 しかし、会うことも一目見ることもなかった。見えた馬車に近づくと馭者が扉を開いた。何も言わずに乗ると、馭者が扉を閉めてゆっくりと馬車は動き出した。馬車に揺られながら、屋敷に戻ったら残っている仕事を終わらせて手紙を書こうと考えた。明日すぐに手紙を配達してもらえるように。朝に持っていけば、早くても夕方には届くだろうと考えたのだ。遅ければ翌日に届くことになるだろう。だが、出来れば当日に届くことが望ましい。

 上着の懐に仕舞っていた住所と名前が書かれた紙を取り出す。そこに書かれている彼女の本名。『スピカ・リュミエール』と書かれている名前を見て、何処かで聞いたことがある気がしたスレイは、住所を見て納得してしまった。そこは、ヴェルリオ王国の城へと辿り着く住所だったのだ。まさか自分が王族の人間を好きになったとは今まで知らなかったスレイだったが、好きになったのだから、王族だろうと関係ないだろうと思い直した。たとえ一目惚れであろうと、恋愛は自由なのだ。それが、王族相手であろうともだ。だから、スピカが王族で自分が違うとしても気にすることはなかった。

 馬車の中から外の様子を見ると、いつの間にかウェスイフール王国へと戻ってきていたようで、奴隷が鎖を引かれて歩いていた。見慣れた光景に何かを思うこともない。何故なら、数年前までは自分も奴隷の鎖を引いて歩いていたからだ。今はそんなことをしないといっても、自分も毎日やっていたのだから何かを思うこともないのだ。それに、たとえ自分がやっていなくてもこの国に住んでいれば何かを思うこともない日常の光景だ。

 馬車がゆっくりと屋敷の門前に止まる。馭者が扉を開く前に自ら扉を開き馬車から下りると、そばまで来ていた馭者にポケットから財布を取り出してお金を渡す。

 元々渡す予定だった額より少々多目に手渡すと、馭者は驚いたようで目を見開き嬉しそうに微笑むと深々と頭を下げた。スレイは右手を上げると門を押して敷地内へと入って行った。ゆっくりと歩いていると、誰かが近づいてくる気配がした。

「お帰りなさいませ。スレイ様」

 語尾にハートがつくのではないかという言い方をしながら出てきたのは、1人のメイドだった。腰までの長さがある赤髪のロングヘアの女性はスレイに近づくと、スレイの右腕に自らの両腕を絡ませた。

 胸を押しつけるメイドに、スレイは顔色を変えなかった。スレイはこのメイドに興味がないのだ。だから、何かを思うこともない。

「ただいま、シーア」

 腕を絡ませるメイド――シーアに向けて言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。彼女はこの屋敷で住み込みで働いている、ジェラ・シーアというメイドだ。他にも住み込みのメイドや執事がいるのだが、スレイを見てすぐに駆けつけてくるのはシーアだけだ。

 何故なら、他の者たちは仕事をしているためすぐに駆けつけることが出来ないのだ。スレイ自身が仕事をしているときは駆けつけなくとも構わないと言っているから、シーア以外はやってこないのだ。もちろん、シーアにも言っている。

 それなのにシーアはやってくる。何故なのか。それは彼女は何もしていないか、仕事を放り投げてやってくるからだ。たとえ誰かが注意しても、仕事を放り投げて駆けつけることをやめない。だから、シーアを注意する者は誰もいないのだ。

「シーア、仕事はどうした?」

「終わりました」

「終わったのなら、片づけもやってほしいものだ」

 そう言いながら屋敷の扉を開き出てきたのは1人の執事だった。他に誰かが出てくる様子はない。どうやら代表して出てきたようだ。それがシーアに対して文句を言うためなのか、スレイの出迎えなのかは分からない。

「私が外出している間、何もなかったか?」

「はい。何もありませんでした」

 何もなかったと聞くとスレイは一度頷いて、シーアを引き離すこともなく扉へ向かって歩き出した。近づいてくるスレイに執事は軽く頭を下げる。

「改めて。お帰りなさいませ、スレイ様」

「ああ、ただいま」

 扉を開いて待っていた執事に言われ、スレイは微笑んで答えた。屋敷へ入ると、近くにいたメイドや執事に声をかけられたので全員に同じように返す。中には片づけをしないシーアに文句を言うメイドもいたのだが、シーア自身聞こえていないのか、それとも聞こえないふりをしているのか何も言わなかった。

 それに対してメイドも何も言わない。何故なら、いつものことだから。今のシーアはスレイのことしか目に入っておらず、他の者の言葉すら耳に入らないのだ。

「私は部屋に戻るよ。何かあったら部屋にきてくれ」

「分かりました」

 そう言って執事はスレイに腕を絡めているシーアを引き離した。スレイは自室に他者が入ることを、用事がなければ良しとしない。たとえ、部屋が汚れているため掃除をするにも許可してもらえることはあまりない。しかし、今ここにいる執事だけは別だった。彼は一番古くからこの屋敷で働いている。そのため、スレイから一番信頼されているのだ。だからこそ、部屋へ他者が入ることを良しとしないことを知っているのだ。それに、スレイの場合自分で片づけるので、部屋が汚れるということがどんなに忙しくしていてもないのだ。

 階段を上るスレイの背を見て、執事はシーアを引っ張った。向かうのは、先程までシーアが仕事をしていた場所だ。先程のメイドの言葉と執事の言葉からも片づけをしていないことが分かる。もう片づけられているかもしれないが、しっかりと言い聞かせなければいけないのだ。だから、そこへと向かうのだ。

 そんな2人の姿を、スレイは2階の手すりにもたれかかりながら見ていた。執事がスレイから目を離したことに気づいて、様子を見ていたのだ。シーアもスレイが姿を見せなければ、しっかりと働いてはくれる。スレイ自身の姿を見ても駆けつけることなく、働いてくれれば良いと思いながらもそれはないと1人納得して自室へ向かう。

 スレイの部屋は二股に分かれた階段を左に曲がり、真っ直ぐ行った通路の途中にある。二つの扉の前を通りすぎ、三つめの扉を開いた。そこがスレイの自室。

 前を通ったのはスレイの両親の自室だった。しかし、今は使われていない。何故なら、スレイの両親はすでにこの世にいないのだから。

 2年前のスレイが28歳のときに、馬車が崖下へ落ちてしまったのだ。馭者はもちろん、馬車に乗っていたスレイの両親も、馬車を引いていた馬も助からなかった。前日まで降っていた大雨により、地面が崩れやすくなっていたのだ。そのため、馬車の車輪が滑り地面を崩し、そのままバランスを崩して崖下へと落ちてしまったのだ。

 その日からスレイは血の繋がった家族のいない屋敷で暮らすことになった。両親の部屋はメイドや執事が週に一度掃除をしていた。そのことにスレイは何も言わない。メイドたちも両親を知っている。いつでも会えた存在がいなくなってしまったという現実が、メイドたちも悲しいのだ。だから、その悲しみを紛らわすために部屋を掃除するのだ。ここにいたのだということを忘れないために。

 スレイは椅子を引いて座ると、スピカからもらった紙を机上に置いた。そして机の引き出しから封筒と便箋を取り出すと、机の上に広げた。明日配達してもらえるように、内容を考えて手紙を書く。仕事で書く書類よりも丁寧に文章を綴る。

 そうして、この日からスレイとスピカの手紙のやり取りがはじまった。週に一度、手紙を書き返信が来る。その間に何度か会おうと話したが、お互いの時間が合わなかった。だが漸く会える時間ができたのだ。

 ヴェルオウルで出会ってから一月。漸く会えることに喜びを感じるスレイは、約束の時間である午後1時に目的であるカフェに着けるようにと馬車を呼んでいた。馬の嘶きが外から聞こえる。このスレイの部屋の窓からは、門が見えないため呼んでいた馬車が来たのかは分からなかったが、時間からしてきたのだろうと思い財布だけを持って部屋を出た。

 階段を下りていると、丁度良くシーアが通りかかった。スレイは眉間に皺を寄せて、見つかってはいけない者に見つかったと思った。シーアの近くにはあの日の執事もいた。

「馬車が来ておりますが、何処かへ行かれるのですか?」

 階段を数段飛ばして上り、近づいてくるシーアとは違い、執事が冷静に尋ねた。スレイは出かけることを誰にも話していなかった。何故なら、誰かに会うと話すとシーアはついてくるとうるさいからだ。とくに、女性と会うことを知ったら何があってもついてこようとする。そのため、誰にも話さなかったのだ。シーアに話さなくても、誰かの話しから耳に入る可能性もあるのだ。

 メイドや執事たち、シーアに話さなかったのはそれだけではない。スレイは知っているのだ。スレイだけではないこの屋敷にいるメイドや執事、コックたちも知っている。それは、シーアがスレイのことを好きということを。

 しかしスレイは、正直シーアが好きではなかった。仕事をしてくれるのは良い。だが、自分の姿を見て仕事を放り出して駆けつけるのは如何ともし難い。

 それに、シーアはスレイの好みではないのだ。スピカに似た顔をした赤髪の女性ではあるが、可愛いだけで残念な女性。スレイはそうとしか思わなかった。ただ、他のメイドと話していると邪魔をしてくるのは鬱陶しいとは思う。彼女でもないのに彼女面をし、嫉妬をするシーアが鬱陶しい。だから、どちらかと言えば嫌いであった。だが、スレイの言葉をしっかりと聞き、どんなこともするシーアの姿は好きではあった。そう、どんなことでもする姿は。

「出かけてくる。夜には帰ってくる」

「分かりました。お気をつけて」

「何処に行くんですか? 誰に会うんですか?」

「お前には関係のないことだよ」

 笑顔でそう言うと、シーアは頬を膨らませた。

 ――これが可愛いとでも思っているのか?

 そう思いながら階段を下りると、シーアに見送りは良いから仕事をしろと言いながら扉へ向かって歩いた。文句を言いたそうにしながら、シーアは足を止めると数度振り返りながら自分の持ち場へと向かって行った。

「お前も仕事に戻って良いぞ」

「分かりました。それでは、失礼します」

 そう言って立ち去る執事の姿を見てスレイは扉を開いた。スピカと会う前に少々イライラしてしまったが、これから彼女に会えるのだと思うと苛立ちの原因は忘れることが出来そうだった。それに、苛立ちが消えないのであれば帰ってきてから解消すれば良い。この屋敷には解消することが出来るものがあるのだから。そう思いながらスレイは馬車に乗り込んだ。

 馬車に乗っている間はとても退屈だった。話し相手がいれば良いのだが、今日のように1人だと話す相手もいない。馭者と話そうと思えば出来るのだが、集中している馭者の邪魔はしたくない。だから景色を見てすごす。良く通るため、代わり映えのない景色だ。

 何度欠伸をしただろうか。数えていないので分かりはしない。だが馬車が速度を落としたことと、見える景色に目的地へとついたのだと軽く肩を回した。

 馬車が止まると、馭者が扉を開いた。ゆっくりと下りると体を伸ばす。目的のカフェまでは少し歩かなければいけないが、約束の時間までには間に合うだろう。

 帰りも乗せてもらうため、馬車は邪魔にならないように移動していく。前回と同じ場所に止めるのだろうと思いながら、スレイはカフェへと向かって歩く。

 ここにはスピカを知っている者が多いため、出来れば目立たない通りからは見えない奥に座ってほしいと手紙に書いていたことを思い出す。もしかすると、先にスピカが来ている可能性も無きにしも非ず。

 しかし、どうやらスピカはまだ来ていないようだった。扉を開き、店内を見渡すスレイに店員の男性が声をかける。

「どなたか、お探しですか?」

「ええ。ここで待ち合わせをしているのですが……まだ来てないようです。席に座って待たせていただいても良いですか?」

「ええ、構いませんよ。お好きな席へどうぞ」

「ありがとうございます」

 奥の席が空いていたため、そこへ座る。外からは見つかりにくい場所のため、スピカも問題なく座ることが出来るだろう。注文はスピカが来たらしようと思いながらも、置いてあるメニューを見る。

 オススメと書かれている中にプリンアラモードがあったが、スレイは見ただけで吐き気がしていた。フルーツが沢山なのは良いし、プリンもべつに良い。だがここのプリンアラモードは生クリームが沢山乗っているのだ。女性がこれを喜んで食べるのかと思う程の量だ。何故なら生クリームでプリンは見えないし、多くのフルーツも一部しか見えないのだ。これでは本当にプリンアラモードかも分からない。

 それは見なかったことにし、お腹も空いているためサンドウィッチとコーヒーにしようと決めたとき、入店のベルが鳴った。顔を上げるとそこにいたのはスピカだった。前回会ったときはおろしていた髪を一つに結んでいた。

 スレイが右手を上げると、スピカはすぐに気がついたようで店員と何かを話すとスレイの座る席へとやって来た。

「お待たせしてしまって申し訳ありません」

「私も来たばかりですから、気にしないでください」

 そう聞いて安心したのか、ゆっくりと息を吐いて椅子に座った。スレイは自分が見ていたメニューを手渡した。一つの席に一つしかメニューが置かれていないからだ。

 メニューを受け取ったスピカは何にするか悩んでいるようだった。スレイはスピカがあのプリンアラモードを注文するのではないかと思っていたが、それは注文するまで分からない。

「スレイさんは何にするか決めたんですか?」

「決めましたよ。ですからスピカさんはゆっくり考えてくださっても良いですよ」

「いいえ。私も決めました」

 メニューを閉じてテーブルに置くと、先程の男性店員が近くを通ったので手を上げた。すると、すぐに気がついた店員はメモとペンを手に席へと近づいた。

「ご注文ですね」

「はい。一口パンケーキと温かい紅茶。それと……」

「サンドイッチと温かいコーヒーでお願いします」

「承りました。それでは、メニューを回収してもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

 テーブルに置いたメニューをスレイが手に取り渡すと、店員は頭を下げて会計の奥へと姿を消した。そこがキッチンなのだろう。

「元気そうで安心しました。手紙には風邪をひいたと書かれていたものですから」

「私、よく体調を崩すんです。心配かけてしまい申し訳ありません」

 謝るスピカに、体調が悪いのなら無理せず休んでいてくださいと返すスレイにスピカは微笑んだ。その微笑みが綺麗で、スレイは見惚れてしまう。

 スピカに怪しまれないようにスレイも微笑み、最近あったことを話し合った。コックの作る料理が美味しい、執事の煎れるコーヒーが美味しいと話すスレイ。兄が過保護で少しうるさいと話すスピカにスレイは思わず笑ってしまった。

 現国王であるアレースの姿をスレイは見たことがあった。まさか彼が、過保護だとは思っておらず、笑ってしまったのだ。つられて笑うスピカにスレイは不機嫌にしなくて良かったと思った。家族の話しをしているときに笑うと怒る者もいるからだ。

「大切にされているんですね」

「ええ。嫌になるほど」

 そう言って笑い合っていると、先程の店員が注文した品を持ってやってきた。スレイの前に二つのサンドウィッチが乗った皿とコーヒーを置くと、スピカの前に一口パンケーキが乗った皿と紅茶を置き、伝票をテーブルの邪魔にならない端に伏せて置くと頭を下げて立ち去った。

 スレイが頼んだサンドウィッチは両方ともサラダが挟んであるもので、ここにはサンドイッチの種類はこれしかなかったのだ。

 そしてスピカが頼んだ一口パンケーキは、本当に一口で食べれるサイズだった。皿に8つ乗っており、皿の隅に生クリームが添えてある。その量もプリンアラモードとは異なり少ない。

 2人は何も言わず、黙々と食べ続けた。どうやらスピカは食べる速度がゆっくりなようで、スレイと食べ終わるのがほぼ同時だった。お互い。頼んだコーヒーと紅茶を飲み一息吐く。

 どうやらプリンアーモンド以外にも生クリームが山のように盛られたデザートが多いらしく、店員が持って行く様子を良く見る。スレイにとっては信じられないものだが、生クリームが少ししか使われていないのはスピカが頼んだものだけのようだ。

「ねえ、スピカさん」

「はい。何でしょうか」

 紅茶の入ったカップを置いたのを見計らってスレイは声をかけた。何度も手紙に書いた言葉とは違う言葉を言うために。

「私と……お付き合いをしてくれませんか?」

「!」

 スピカにしか聞こえない大きさで、真剣に言うスレイに、スピカは頬を赤く染めた。お互い手紙に書いていた『好き』という言葉ではないそれに、スピカは顔をほころばせた。

「はい。できれば……結婚を前提にお付き合いをさせていただきたいです」

「ええ。こちらも喜んで!」

 まさかスピカから『結婚を前提に』と言われるとは思っていなかったスレイも、顔を赤くして笑顔で答えた。

 言ってしまえば出会ってまだ日は浅い。ずっと手紙でやり取りをしていただけで、直接会ったのは今日で二度目だ。それでも好きだという思いは変わらなかった。それどころか、会っていない間に誰かと付き合ってしまうのではないかと心配だったのだ。

 それならば、付き合えば良いのではないかと考えたのだ。離れて暮らしているため、浮気をされたとしても気がつかないだろうが、付き合っているというだけでもスレイは安心できた。

「それでは、近々家へ来てみませんか?」

「え?」

 突然のスレイの誘いにスピカは驚いて目を見開いた。だが、スピカはスレイの家へ行ってみたいと思った。今日は無理だが、近々ウェスイフール王国へ行くことができるかもしれない日があったことをスピカは思い出した。その日は父も兄であるアレースも用事で帰ってこない。母と妹のエリスはいるが、日帰りをすれば大丈夫だろうと考えた。

「それでは、3日後はいかがでしょうか? その日でしたら、日帰りであれば伺うことが出来ます」

「分かりました。3日後でしたらこちらも予定はありませんので会うことが出来ます」

 そうして2人は、3日後に会うこととなった。だが、スレイがヴェルリオ王国に迎えに来るのではなく、スピカが馬車に乗りウェスイフール王国へ向かうこととなった。もしも誰かに見られたら、父や兄の耳に届くかもしれないと心配してのことだった。知られてしまえば、スレイにはもう会えなくなる可能性もある。

 今日もあまり目立たぬようにと、普段着ている服とは違い、少し地味なものを選び、髪も結わえてきたのだ。スレイの家へ伺うときは綺麗な格好をしたい。そんな格好で男の人が乗っている馬車に乗れば、問題にならないはずがない。

「でしたら、馬車はこちらが用意しましょう。私の家の場所を知っている方ですので、任せておけば無事に家へつくことが出来ます馬は白馬で鬣が金色なのですぐに分かりますよ」

 そう言ったスレイの通り、スピカは金色の鬣をした白馬が馬車を引いているところを一度も見たことがなかった。だから、見ればすぐに分かる。今日もその馬が引く馬車できたのだろうと思い、スピカは外へと視線を向けると口を開いた。

「私、そろそろ戻らなくては」

「もう……ですか?」

 何か機嫌を悪くさせることを言ってしまったのかと不安になるスレイだったが、どうやら違うとスピカの言葉で理解することが出来た。

「体調を崩してしまっていたので、心配させてしまって……」

 出かけようとしたスピカに、何処へ行くのかとしつこく聞いてくる者がいたのだと言う。きっとスピカの兄だろうとスレイは思った。もしかすると、スピカを探している姿を店の外に見たのかもしれない。

 体調を崩したスピカを心配する兄、アレースが男であるスレイと会っているところを見たら絶句してしまうかもしれない。それだけではなく、スピカが1人で外出することが出来なくなってしまう可能性もあるのだ。

「ここの支払いは私がしますよ。3日後にこのカフェの近くに馬車がいると思いますので、それに乗ってください」

「分かりました。それでは、お先に失礼します」

 椅子から立ち上がるとスピカは一度頭を下げて店の外へ向かって行った。外に出る前に、近くの窓から外を歩く人たちを見た。もしかすると、まだ自分を探している人物が近くにいるかもしれないと思ったのかもしれない。しかし、姿が見えなかったのか扉を開いて外へ出ると歩く人に紛れてスピカの姿が見えなくなった。

 スピカの姿が見えなくなるまで見ていたスレイは、伝票を手にして立ち上がった。支払いをしながら思っていたのはただ一つ。

 ――せっかくの楽しい時間が誰かの所為で終わってしまうなんて……。腹立たしい。

 支払いを済ませると、店から出てすぐに馬車が止めてある場所へと向かう。もしかすると、何処かで休憩をしていて馭者はここにはいないかもしれないと考えたが、そこには馬車が止まっており馭者もいた。スレイの姿を見て、早い帰りに驚く馭者。説明をすると、戻るのならすぐに出発できると言うので、自ら扉を開いた。

 乗る前に、3日後にカフェの近くにスピカを迎えに行ってほしいと話した。時間のことは話さなかったが、朝8時頃についていれば大丈夫だろうとスピカの特徴と共に何時に来るかは分からないと説明をした。それでも構わないと引き受けてくれた馭者を見てスレイが馬車に乗り込むと扉を閉めてゆっくりと馬車は動き出した。

 またすぐにスピカと会えると思っても、先程の腹立たしさは消えない。それに帰ったら腹立つ原因の一つでもある人物とも会うのだ。それでも、ストレスを解消する方法はある。

「あ。3日後はあれらを隠し通さないとな」

 そんな呟きは、外にいる馭者には届かなかった。揺れる馬車に、家へスピカがくるときは体調を崩さなければ良いなと思った。そして、シーアと会わせないようにしないといけないと考えた。もしも会ってしまえば、シーアがスピカに何かをしてしまうかもしれないから。











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