闇オークション4
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今日、あの人はとても不機嫌だった。いや、今日だけではない。最近はとても不機嫌なのだ。白龍を鞭打とうと毎日やって来る。そして、この子を守る私に苛立ち、私に鞭打つのだ。
たとえこれからも毎日鞭打たれるとしても、私は白龍を守り続ける。この子は傷一つつけさせない、仲間のいるこの子は、出来れば無傷で帰してあげたい。
たとえ、私が死ぬことになっても、必ず守る。
また何処かへ行ったあの人は、もしかすると他の誰かを連れて来るのかもしれない。そして白龍と引き離すのかもしれない。
それは嫌だ。
たとえそう思っても、私にはどうすることも出来ない。もしも引き離されるのなら、抵抗すれば良い。それで私が怪我をすることになっても、引き離されて白龍を守ることが出来なくなるよりはマシだ。
「龍……」
腕の中で眠る白龍がよく呼ぶ名前。その龍というのは、いったいどんな人なのだろうか。会ってみたいと思う。けれど、会えないことは分かっている。
だって、白龍を助けに来るのはきっとその人ではないだろうから。ここへ助けに来るのは、普通の人には無理。ここが何処なのかは知らないけれど、地下にいるなんて気づいてもらえるはずがない。
自警団とかいう組織が動いて私たちを見つけてくれなければ、ここからは出られない。それに、見つけてくれるのは自警団の誰かだ。
私を助けてくれる存在は、もしかすると白龍の仲間であるその龍という人だと思いはじめていた。けれど冷静に考えれば違うのだと気づくことが出来た。
あとどれくらい白龍と一緒にいることが出来るかは分からない。けれど、出来ればこの子が助け出されるまでは一緒にいたい。
そして、仲間と再会するところをこの目で見届けたい。白龍がよく呼ぶ、龍という人を見てみたいから。遠くからでも良い。一目だけでも見てみたい。何故かそう願わずにいられなかった。
「ねえ、私その龍って人に会えるかな?」
白龍を起こさないように右手の青毛のブレスレットに触れながら小声で問いかける。答えが返ってこないことは分かっている。
けれど、それに話しかけることは癖になっているのだ。
会えれば良い。たとえ会えなくても、一目見ることが出来れば良い。そう思って目を閉じた。
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誰も話しをすることなく宿へと入る。受付には、エリスたちが来たときにはいなかった別の人がいた。彼らは交代したのだろう。もしかすると帰宅したのかもしれない。
白美が黙って受付の人物を見ると、視線に気づいたのか目が合うと軽く頭を下げた。それに白美も頭を下げる。目を合わせることによって、黒麒の額にある角を見えないようにしたのだろう。
何も言われることもなく部屋へと向かう。黒麒が部屋の鍵を開くと、一番に白美が部屋の中に入っていく。ラアットはついて行かず、全員が入ってから部屋に入り鍵を閉めた。
どうやら護衛役として、警戒をしているようだ。宿であっても、この国では絶対安全とは言えないからだろう。
「ずっと考えているようだけど、何か引っかかることでもあった?」
ベッドに座り、リシャーナがエリスに問いかけた。その口元には笑みが浮かんでおり、彼女には何を考えているのかはきっと分かっているのだろう。
黒麒がイスを引くと、何かを考えたままエリスはゆっくりとそこに座った。その向かいに龍が座ると、宿へ来たときと同じように全員が静かに座った。
リシャーナがエリスに声をかけたっきり、部屋は静かになる。考えている様子のままエリスは顔をあげるとリシャーナを見た。彼女であれば答えを知っているだろうから、尋ねれば教えてくれるだろう。それが、たとえお金を必要とする情報であろうと。
けれど、その前に質問をしたい人物がいた。それは龍だ。闇オークション会場で、エリスと同じ人物を見ていたからだ。
「帰るとき、気になる男がいただろう」
「……1人だけ明るい髪の男だろ? あいつの目を見た瞬間、目を離せなくなった。あいつは……何処かで会ったことがある」
会ったことがあると強く言う龍に、エリスも同じだと頷いた。ただ、ユキだけは龍の言葉遣いが元に戻っていることに気がついて何も言わずに睨みつけていたが、龍は気がついていない。
「覚えてる? あの女性が2週間程前に白い髪の子供を連れて行くのを見たって言っていたのを」
忘れるはずがない。その男性が白龍を連れて行ったのだから。2週間程前、白い髪の子供。白龍以外の子供だとは考えられない。
そして、白龍を連れて行った金髪の男性。その男性は、もしかすると会場にいた男性ではないのかと龍は考えていた。ただ髪の色がオレンジ色だったため、絶対とは言い切れなかったのだ。
「会場で会った明るい髪の男性と、金髪の男性は同一人物よ。金髪に照明が当たってオレンジ色に見えていた。だから、廊下の照明では金髪に戻った。そうでしょ、リシャーナ」
「ええ、そうよ」
エリスもいつも通りの言葉遣いに戻り、リシャーナにそう言った。それは疑問ではなく、確信。扉のそばにいたエリスたちからは見えなかったが、リシャーナが立っていた位置からは、男性の髪が金髪になる瞬間が見えていたのだ。
リシャーナのことだから、きっと女性の話していた金髪の男性が、白龍を連れて行った男性だと気がついていただろう。もしかすると、話しを聞く前から分かっていたのかもしれない。
男性の正体すらも。
「会ったことがあると思うはずよ。だって、最近会った人物だもの」
最近会った人物。白龍を誘拐するように依頼をした者。ウォーヴァーやアリエスではないだろう。誘拐を依頼したのは金髪の男と言っていたのだ。当てはまらない。
たとえ変化が得意であっても、魔物討伐専門組織『ロデオ』のルールに反していることはしないだろう。それはあのとき、スインテたちに対しての怒りからも分かる。
そして、アレースとエード。彼らでもない。エリスが言っていたように、会おうと思えばいつでも会うことが出来る。それに、わざわざウェスイフール王国へは連れて来ないだろう。依頼主がエードであれば、耳を見ればエルフだと分かる。しかし、その特徴を言うことはなかった。見ただけでは彼がハーフエルフだとは分からずとも、エルフだとは分かるはずだ。
ならば、最近会った者は誰か。そう考えて思い浮かぶ1人の男。彼は金髪であり、闇オークション会場で目が会った人物と同じグレーの目をしていた。何処かで会ったことがあると思っていた龍は間違っていなかったのだ。彼が依頼主なのだ。
そのことに先に気がついたエリスはどう思ったのか。龍よりも先に知り合っていたのだから。たとえ、印象の悪い人物であっても、その人は
「それって、スレイなのか?」
「そうだよ」
龍の言葉に頷き答えたのはリシャーナだった。エリスも黙って頷き、他の者たちは僅かに驚きながらも黙っている。
「エリスはいつ気がついたんだ」
「あの女性が金髪と言ったときよ」
何故それだけで気がつくことが出来たのか。普通はそれだけでは分からないだろう。その理由を話したのはエリスではなくリシャーナだった。
彼女は情報屋だ。もしかすると仕事でこの国へ来たことがあるのかもしれない。もし来たことがないとしても、何処かで情報を入手していた可能性はある。
話した内容は驚きと同時に納得することが出来るものだった。たしかに、思い出してみれば彼以外にいなかったのだから。
ウェスイフール王国は元々茶髪の者のみの国だった。最近では青やグレーといった髪をした者がいるが、それ以外の髪色をした者はいない。
それ以外の髪は、他国から来た者という証明だからだ。茶髪以外の者は他国から来た誘拐しても構わない者。そう思われているのだ。この国の者たちは自分と同じ髪色以外の者を奴隷とし、獣人をも奴隷にしていたからだ。
茶髪以外は全て奴隷に見えていると言っても良い。中には家族に向かえ入れられる者もいる。しかし、明るい髪の者はいない。その理由は、明るい髪は目立つから。そのため目をつけられやすい。
何かをした場合、すぐに覚えられてしまう。そして一番の理由は国を滅ぼす存在だからという理由だ。だから明るい髪はいなかった。そう。いなかったのだ。スレイが生まれるまでは。
スレイの母方の遠い先祖の中に、金髪がいたのだ。それが、スレイに色濃く現れた。ただ、それだけの話しなのだ。だから、スレイが生まれて何かが起こったわけでもない。現に国も滅んではいない。
ただ、スレイがスピカを連れて来たときは騒ぎが起きた。ヴェルリオ王国がウェスイフール王国を滅ぼしに来ると。それでも、国が滅びることはなかった。たとえこの国の人間によってスピカが殺されたのだとしても、国を滅ぼすなんてことはなかった。
何処の国にもある、ただの言い伝えなのだ。そう、言い伝え。
けれど、この国に住む金髪の人物は今ではスレイしかいない。もしもスレイが金持ちでもなく、この国のために寄付をしていなければ言い伝えを恐れている者たちに追い出されていたかもしれない。
そう言うリシャーナの言葉通り、金髪の者だけではなく、明るい髪色をしていた者もいなかった。追い出されたのか、元々いないのかは分からないが、龍たちはスレイ以外明るい髪の者を見ていなかった。
「ルスディミスって男も金髪の男だと言っていたから、もしかしてとは思っていたけれど……もしかすると城に来たとき白龍に目をつけたのかもしれないわ」
アレースに追い出されはしたが、もしかすると眠る白龍に気づいていたのかもしれない。何を思ったのか、スインテたちに白龍の誘拐を依頼したと考えられた。
他の国から来た者が依頼主で、依頼された人物を闇オークションへ連れて行った場合、主催者側はたとえ依頼で連れてきた人物でも渡さずに闇をオークションで売ってしまう。
それは、他国の依頼主を信じることが出来ないからだ。たとえウェスイフール王国の者であっても、常連でなければ同じことだ。
依頼主がスレイであれば、彼は常連ということになる。さらに、スインテたちは依頼主の名前を知らなかった。白龍が連れて来られる前に、スレイが主催者に話しをしていたのだろう。そうでなければ、連れて来られたらすぐに番号札をつけられてしまうからだ。
「それで、どうするの?」
静かな声で白美が誰に聞くでもなく言った。これからどうするのかという意味がこもっている言葉に、全員がエリスを見た。
龍は白龍がいるかもしれないスレイの元へ行きたい。しかし、もしもそこに白龍がいなかったとしたら。責任を問われることになるのはエリスになるのだ。
だから行きたいとは言えない。自分にだけ責任を負わされるのならば良いのだが、エリスには責任を負わせるようなことをしたくはないのだ。もしもエリスが様子を見ると言うのならば、それに従うだけ。
「どうせ答えは出ているんでしょ?」
落ち着いた声でユキが言う。考えているように見えるエリスだが、この中の誰よりも長く共にすごしているユキからは、考えているのではなく、答えが出ていると分かるのだろう。
「みんなと同じよ。白龍を助けに、スレイの住んでいる屋敷に行くわ」
「ですが、それでは何かあったとき主が責任を問われることになるのではないですか」
「それは大丈夫よ。ね?」
そう言ってエリスは龍を見た。いったい何が大丈夫なのか。そして、その大丈夫と言う理由は龍にあるようだが、龍本人には分からなかった。
首を傾げる龍にエリスは微笑んで言った。
「白龍の居場所が分かるんでしょ?」
エリスにそのことを言った記憶が龍にはなかった。もしかすると悠鳥が前の『黒龍』から聞いていたことをエリスに話したのかもしれないと思った龍は頷いて答えた。
「分かるけど、はっきりしたものじゃない」
「でも近くに行けば分かるんじゃないの?」
「まあ……分かるとは思うけど……」
「それなら、屋敷に乗り込む前に教えてくれれば大丈夫。いないのなら屋敷に入らなくても良いし、責任を問われることもないわ」
その通りだった。目を閉じれば感じとれる白龍のことを、屋敷の近くに行ったときにそこから感じ取ることが出来ればそこにいることになる。しかし感じ取ることが出来なければいないのだから、屋敷へ入らなければ良いのだ。
もしいなかったらそのあとどうするのか、そんなことはあとで考えれば良いのだ。そこに白龍がいる可能性が高いのならば、行かない理由はないのだ。
「それじゃあ、0時に屋敷に乗り込みましょう。私は行ったことがないけれど、アレースに話しで聞いたことがあるわ。ここから10分程度の場所よ」
スレイの屋敷は、他の金持ちと同じように敷地が広い。屋敷の門から玄関までは近く、庭になっているが建物よりも裏庭が広いという。そこでは、パーティーを開くのだろう。
エリスはそんなパーティーに行ったことはない。「呼ばれたこともなければ、行ったこともないし興味もないから知らないけれど」と言うエリスにリシャーナが笑みを零した。
ただ、何故裏庭が広いのか。他の屋敷も同じような作りになっているのかと、龍は疑問に思ったが尋ねはしなかった。尋ねても分からないだろうからだ。
スレイの屋敷へ向かうとき、他の屋敷を見ることが出来れば、そのときに確認すれば良い。龍はそう思って、そのときを待った。そこに白龍がいれば良いと考えながら、ゆっくりと息を吐いて目を閉じた。白龍が移動しているようには感じられないが、いる方角が同じというだけで移動していないとは言い切れない。
だが、白龍がすぐ近くにいるように龍には感じていた。もう少しすれば白龍に会える。それは確信に近いものだった。
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