闇オークション3







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 夜9時まであと10分という頃、エリスたちは書かれていた場所に訪れていた。そこには他にも数人が入って行く姿が見えた。

 閉められた扉を開くと、中には受付があった。エリスたちが入って来たことに気がついた受付の男性が口を開いた。

「いらっしゃいませ。お客様方は、はじめてですね」

「はい。そうです」

 目元を隠す仮面をつけた男性は、どうやら一目ではじめての来店だと気がついたようだ。先程入店した客と何処かが違うのだろう。それは、エリスたちには分からないようなことなのだろう。

 はじめて訪れたエリスたちには分からなかったが、彼には分かるようだ。受付に置かれている紙に96と記入し、その後ろに7人と続ける。九十六番目に来た7人ということなのだろう。

「こちら、入札に必要な番号札となります。入札する際は見えるように高くかかげてください」

 渡されたのは96と書かれた丸い番号札だった。持ちやすいように、それには棒がついている。受け取ったエリスは、隣にいる黒麒にそれを渡した。

 男性が記入した96というのは番号札に書かれている数字と同じだった。そして男性は受付の下から一つの箱を取り出した。それを受付カウンターの上に置くと箱を開いた。

「それと、こちらに入ってる仮面を身につけてください。仮面の装着が義務づけられています。それを身につけなければ会場へは行くことが出来ません」

 箱に入っているのは全て目元を隠すことが出来る仮面だった。全て同じ種類だったため、全員選ぶこともせず適当に手に取った。受付カウンターの上に置いてある鏡を見ながらそれぞれ身につける。

 全員が仮面をつけたことを確認して、箱を受付の下に戻すと男性が口を開いた。

「帰る際はお手数ですが、こちらへ立ち寄り、仮面の返却をお願いいたします」

 もしかすると、はじめて訪れた者以外は自分の仮面を持っているのかもしれないと考えたエリスは振り返った。何故なら奥の扉が開かれたからだ。扉の前にはスーツを着た仮面をつけた男性が1人立っており、どうやら入場を許可された者だけを通しているようだった。

 扉へと向かいながら全員がそれぞれと目を合わせた。それは、心の準備は良いかという意味が込められていた。この先、きっと見たくない光景が広がっているだろうから。だから、心の準備をしなくてはいけないのだ。

 龍が強く頷いたと同時にエリスと龍は扉の先へ一歩を踏み出した。扉の先にあったのは薄暗い通路。扉の前にいた男性が、全員が中へ入ったのを確認して扉を閉める。扉が閉められたことにより、通路の明かりだけとなるが、そこが薄暗いことには変わらない。

 1分程通路を歩くと、見えてきた扉の前に立っている男性が扉を開く。先程の男性と同じようなスーツを着ている男性は、やはり仮面で顔が隠れており口元しか見えない。だが彼は、エリスたちを見てはいなかった。

 とくに異常がないからなのか、訪れる客に興味はないようだ。それに、ここへ訪れることが出来るのだから、警戒する必要もないのかもしれない。

 開かれた扉の先は広い空間になっていた。ステージがあり、数えきれない程のイスがあった。そのイスはほとんど座られており、エリスたちは邪魔にならないようにと、少し扉から離れた場所で立ち止まりステージを見た。

 まるでこれから、何かの演劇舞台を見るかのようだ。舞台ではないが、これから気分の悪くなるような光景を見ることになるだろう。

 もう客は誰も来ないのか、閉められた扉の前に先程の男性が立った。これから会場を出る場合は、男性に言わなくてはいけないだろう。そう思いながら龍が男を見てると、突然会場が暗くなった。

 それは、これから闇オークションがはじまるという合図だろう。会場が騒がしくなる。もう待ちきれないという様子の声が、あちらこちらから聞こえてくる。

 暗い空間になれた目で、龍は周りを見渡した。誰も彼も仮面で目元を隠しているが、髪の色は分かる。話し方や声によって、知っている人からすれば誰か分かってしまう可能性があるだろう。

 それとも、たとえ気がついたとしても黙っているという暗黙の了解でもあるのだろうか。それは今日はじめて訪れた龍には分かるはずもないことだ。

 そう考えていると、突然ステージがライトアップされた。そこにはシルクハットをかぶった1人の男性が立っていた。その姿を見た者たちから、さらに歓声が上がった

「皆様、今夜もお越しくださり、誠にありがとうございます」

 途中、男性の言葉がかき消される。待ちきれない者たちが騒いでいるのだ。だが、それはいつものことなのだろう。男性は笑みを浮かべて笑った。

「ははは。どうやら待ちきれないようですね。大事な商品たちは逃げれませんので心配しないでください」

 商品。ここに連れて来られた者は、どうやら人としては見てもらえないようだ。男性の言う通り、商品なのだろう。

 龍だけではなく、エリスたちも男性の言葉を聞き、冷めた眼差しを向けていた。だが、何も言うことはなかった。もしも言ってしまったら、それを聞いた他の者に何かを言われる可能性があるからだ。

「今回も可愛い子から、飽きられた子まで様々。気にいる子が見つかることを願っています。では早速、一番の子からはじめましょう!」

 そう言ったと同時に、鎖を引っ張る屈強な男が現れた。その鎖は、一緒に現れた女性の首にある首輪へと繋がっていた。両手には枷がはめられている。下着姿の女性の左胸に一番と書かれた札が貼られている。

 人間の女性で、20代だろう見た目をしている。諦めているのか、それとも暴れて疲れたのか抵抗する様子はまったくなかった。

「では、200万スピルトからはじめます!」

 男性が言うと、あちらこちらで札が上がり値段を言う。少しずつ値段が上がっていき、最終的に600万スピルトで止まった。

 一緒に会場へ来ている人同士なのか、隣の人と話しをしている者がいるのがエリスたちからは見えた。少し高い位置にいるため、会場の様子が全てではないが良く見えるのだ。

 どうやら値段を上げて、自分たちが女性を購入するか相談をしているようだ。しかし、まだはじまったばかりだからなのか、誰も札を上げることをしなかった。

「十三番の方が600万スピルトで購入です! おめでとうございます!! 手続きは皆様の右手にあります扉の奥でさせていただきます。手続きが終わりましたら、商品は購入者様のもの! 玩具にするなり、メイドにするなりご自由にどうぞ! それでは次は二番です!!」

 一番の女性を購入した人物は、なるべく他の人の邪魔にならないように移動して扉の奥へと消えて行った。その人物が扉の近くに座っていたのは偶然なのか。それとも、元々購入するつもりでいたから近くに座っていたのか。考えても分かるはずもなかったが、購入するつもりではいたのだろう。何故なら、男性は大きなカバンを持っていたからだ。

 透視能力を持っていない龍にも分かる。あのカバンには大金が入っているということを。

 一番の女性が出てきた方向とは逆へと消えると、別の屈強な男が現れた。同じように鎖を持ち、先程の女性と同じように繋がれた女性が姿を見せた。その女性も下着姿ではあったが、下半身が蛇のようだった。彼女も獣人の一種なのだろう。

「それでは、100万スピルトからはじめます」

 下半身が蛇だからなのか、先程の女性より低い値段からはじまる。何故値段が低いのか。それがすぐに分かってしまった。正直な話し、龍は分かりたくもなかったことだった。

 札を上げる人が明らかに少ないのだ。男性は今までの経験から札を上げる人が少ないと知っていたのだろう。だから、低い値段からはじめたのだ。

 最終的に女性の値段は230万スピルトで止まった。もう少し値段を上げようとしていた男性だったが、誰も札を上げることなくその値段で終わりを告げた。上がらないのなら、いくら待っても同じ。だから、早々に二番の女性を終わらせて次の人物を舞台に上げたのだ。

 そのあとに出て来るのはときどき男性ではあったが、人間の女性ばかりだった。値段は上がっても700万スピルト。全員が何を思って値段を上げているのか、龍には分からなかった。分かりたいとも思っていなかったが。

 中には誰にも買われない者もいた。白髪の人間。いや人よりの獣人。他には片手や片腕のない者たち。彼らはどうなるのだろうか。龍には分かるはずもなかった

 次に出てきた人物に、今まで以上の歓声が上がる。先程とは違う様子にエリスたちは驚いた。ステージへ目を向けると、そこにいたのは子供だった。だが、白龍ではない。しかし見た目は白龍と同い年くらいだろう。

 子供には人と同じ場所から獣の耳が生えていた。そして、尻尾もある。それは、見たところ猫のようだった。

 人よりの獣人だからなのか、それとも女の子だからなのか。静かにならない会場。ステージに上がっている男性が、負けじと声を張り上げる。

「皆様お静かに! 札の用意はよろしいでしょうか!? それでは、800万スピルトからはじめます!!」

 今までで一番高い値段。それなのに、札は気味が悪い程あちらこちらで上がる。そして、値段が跳ね上がる。上げられる札の数は減っていくが、値段の上昇は止まる様子がない。

 大金なんか持ってきていないため、エリスたちにはどうすることもできない。もしも、この子が白龍であれば大金を持っていなくとも札を上げていただろう。そのあとのことは、あとで考えれば良いのだ。

 小さな子供に値段がつけられていく様子を見ながら、龍は両手を強く握った。握りすぎて血が滲んでいるが、気になりはしない。

「2億スピルト」

 そんな声が近くから聞こえた。それは、エリスの隣にいた小太りの女性のものだった。全員の視線が、女性に集まる。

 1億5000スピルトまで上がっていた値段が、今まで一度も参加していなかった女性の言葉によって一気に跳ね上がったのだ。驚きもあってだろう。会場が突然静かになった。

 だが、男性がすぐに言葉を発した。狼狽えてはいるが、彼は進行役なのだ。彼が進めなければいけない。そうしなければ、今の状況が変わることはない

「え、えっと……六十三番の方が2億スピルトとのことですが、札が上がらないようなので他の方はもうよろしいのでしょうか?」

 狼狽え、先程のように大きな声ではなかった。男性の言葉に誰も札を上げようとしない。他に目的がある者もいるようだが、値段が上がってしまい札を上げることが出来なくなってしまった者が多いようだ。

 1分がたっても誰も札を上げることはなかった。これ以上待っても誰かが札を上げることはないと判断したのだろう。男が嬉しそうな声色で大声を上げた。それだけ高額がついたのなら、嬉しいのは当たり前だろう。

「六十三番の方が2億スピルトで購入となりました! 奥で手続きをお願いします! それでは、次に行きましょう!」

 ステージでは次の男性が連れて来られた。しかしエリスと龍は隣の女性を見ていた。そのことに女性は気づいたのだろう。2人に向かって微笑んだ。見える口元がとても優しそうではあった。

 2人は何故か、この人は大丈夫だと思った。まったく知らない人物ではあるのだが、あの子を大切にしてくれると思ったのだ。

「帰ったらあの子に家族がいないか調べてちょうだい」

「はい、かしこまりました」

 そばに控えていた女性より少し若い男性はそう答えた。そうして、手続きをするために女性はエリスと龍に頭を下げて奥へと向かった。だが、エリスの後ろを通るとき女性が口を開いた。

「大丈夫よ。家族がいないのなら、私たちが家族になるから」

 それだけを言って2人は奥へと向かい、扉の中へと消えていった。女の子を気にしていたからそう言ったのか。それは分からないが、暫く2人は女性が入った扉を見ていた。

 そのあとも闇オークションは進んだ。札を上げられない者は誰1人いなかったが、そこには白龍の姿はなかった。

 良かったと言えば良いのか、それともいたら良かったのか。会場から出て行く人たちを見ながら、これから白龍をどうやって探すのかを考える。

 龍は白龍を感じ取ることが出来る。しかし、今現在何処にいるのかまでは分からない。今後分かるようになるのかもしれないが、今は分からないのだからどうすることも出来ない。

 最悪、時間はかかるし危険だろうがウェスイフール王国を歩き回るしかない。近づけば、居場所が分かる可能性もあるのだから。

 会場に来ていた多くは茶髪の人だった。ときどき青やグレーの髪をした者が扉の先へ歩いて行く。帰宅するのか、それとも宿へ戻るのかは分からない。

 だがそんな彼らの中に1人だけ明るい髪をした人物がいた。その人物と龍は目が合った気がした。グレーの目をした男性。自分と同じように明るい髪をしたエリスを見るのなら分かるが、何故龍を見るのか。

 他の人と違い、明るいオレンジ色をしている。何故か龍はその人物から目を離せなかった。それはエリスたちも一緒だったようだ。男性は龍から目をそらして、流れに従って進んで行った。

 通路を歩いて行く男性の髪の色が僅かに変化したように見えたが、確認したくても死角となりそれは出来なくなってしまった。

 会場から出て行く人はなかなか途切れない。大人しく最後に出ようと待っていたとき、突然後ろから声をかけられた。自分たちに声をかけるような知り合いは、ここにいないはずだ。

 そう思い振り返ると、そこにいたのは先程の女性だった。男性の姿はない。落札をした人は、扉の奥にある部屋から落札した者を連れて帰るのだと言う。だが、女の子を気にしていたようだった2人が気になり女性は戻って来たのだという。

「もしかして、あの子のことを知っているのかい?」

「いいえ、知りはしません。ただ……」

 言っても良いのか。エリスがどうするかと全員を見る。話しても良いとは思うが、全ては話せない。もしかすると、これから白龍を助けるときに巻き込んでしまうかもしれないからだ。

 だから全ては話せない。どのように説明すれば良いか。そう考えていたとき、今まで黙っていたリシャーナが女性に話しかけた。

「私たちはここに白い髪をした子が連れて来られたと噂を聞きまして。是非家族に迎えようと考えてここへ来ました。ですが、ただの噂だったのか……見ることも叶いませんでした」

 そんな噂はない。だが、白龍を探しに来たという説明よりも良いだろう。もしかすると、まだ会場にいる人物の中に白龍を知っている人がいるかもしれないのだから。周りにいる人物と、女性の反応から龍はそう思った。

 リシャーナの言葉を聞いて何かを考える女性。もしかしたら、女性は白い髪の子の話しを聞いたことがあるのかもしれない。

「2週間程前のことなのだけれど、男性がここから白い髪の子供を連れて行くのを見たわ」

「本当ですか!?」

「ええ。開催日ではなかったから覚えているわ。ときどき依頼した者が来ると闇オークションに出さず引き取られる人がいるの。彼も依頼していたんでしょうね。その人はとても綺麗な金髪をしていたわ」

「!!」

「きっとその子でしょうね。教えてくださり、ありがとうございます」

 頭を下げたリシャーナに続いて龍たちも頭を下げた。女性は「気にしなくて良いわ」と言って、手を振り先程入って行った扉へと向かった。そこから3人で帰るのだろう。

 扉の向こうへと女性が消える。話しを聞いてからエリスは何かを考えているようで、右手を顎に当てて黙っている。いったい何を考えているのかと思いながらも、龍も何か引っ掛かるものを感じていた。だが、それが何かは分からない。

 扉へと向かう人が減りはじめたので、エリスたちは漸く会場から出るために歩みを進めた。黙って薄暗い通路を歩く。

 建物から出る前に仮面を返したが、他に自分たちと同じように仮面を返している者はいなかった。やはり、常連の者は自分の仮面を持っているようだ。エリスたちは何も話すことなく黙ったまま宿へと向かう。周りにはまだ人がいるが、早足で帰路へとつく者が多い。それは、ここが危険な国だからなのだろう。

 宿がわりとここから近い場所にあって良かったと思える光景だ。遠ければ自分たちも早足で帰ることになっていただろう。たとえ近くであっても安心は出来ないのだが。

 それでも護衛のラアットがいるのだから、少しは安心出来るのだ。たとえ誰かに襲われても、彼が何とかしてくれるのだろうから。そうでなければ、護衛として一緒にいる意味がないだろう。

 たとえ、彼がいなくてもどうにか出来る自身は全員にあるのだが、今の姿で目立つようなことをしたくはないのだ。だから、もしも誰かに襲われたのならばラアットに任せれば良い。それに、自分たちで何かをしようとすればラアットに止められるだろうことが分かる。白美が好きで、白美にしか興味のない彼であっても、自分に任された仕事はしっかりとこなすのだろうから。







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