選定と淘汰と花束を⑨
「クライネ様! この帝都から最も近い難攻不落の城塞が、僅か半日で陥落致しました。突然現れた屍の様な騎士を率いる黒き鎧を纏った男が、大規模な……」
ボロボロの体で転がり込んで来た騎士が、言葉の途中で灰になって消え、肝心な場所が伝わらずに不安だけを残す。
直ぐに戦況の把握をしようと腰を上げるが、胸に激痛が走って立っていることすらままならない。
「もう、無理しないで下さい。もう貴女だけの体じゃないんですから、そうでなくとも無理は駄目です」
「うっ……ありがとうジャンヌ、こんな傷で情けない。もっと鍛錬しないと」
「鍛錬しても傷は治りませんよ」
「なら、指揮はナハトたちに任せる。ジャンヌたちは3人の補佐を……」
「あの3人はまだ見つかっていませんよ、離れてしまったのをお忘れですか?」
「なら、ジャンヌとヨルムに任せるよ。私は言われた通りに暫く休むから、報告は出来るだけマメにして欲しい」
「はい、お任せ下さい。必ずやこの帝国に勝利を、我らに主の御加護を」
胸の前に手を掲げて踵を返したジャンヌを椅子の上で見送り、傍らで眠っているネコを撫でる。
ジャンヌの気配が消えてから地面に下りた猫が淡い光を纏い、人型になったアイラスが目の前に現れる。
「そろそろ行こう、私の事なら気にしなくても良い。行かねばならない、帝都防衛隊から残りの兵を集めてくれ。敵情を探りに行く」
緑色のクロークを羽織って正門から城を出ると、既に約2000の騎士が集まっていた。
先に出撃したジャンヌが率いる先遣隊の帰りを待つ為に、城塞が薄らと見える場所に陣を構える。
剣を地面に突き立てて柄頭に両手を置き、心地好く吹き抜ける風に感覚を任せ、微かな焦げ臭い匂いを感じて目を開く。
死の匂いだ。人が焼けて放つ鼻の曲がりそうな悪臭。人が腐敗した匂い、血の匂い。
「全軍戦闘用意、いつでも戦えるように身構えろ。各小隊長は現場で各々の判断を下し、連携を乱さないように動け。退路は無い、引けば直ぐに帝都だ」
「前方、敵の先頭が見え……い、異形の者達だ。死に飲み込まれるぞ、引け引け!」
「逃げるな、踏みとどまれ! 私が先頭に立つ、武功が欲しい者は前に出ろ!」
目を疑う光景を前に逃げ腰の騎士の前に立ち、何とかこの場に留めようと突撃を仕掛けようとしたが、付き従う騎士は側近であるアイラスのみで、組んでいた隊列など気にせずに逃走を始める。
神王陛下から借りた騎士は命欲しさに帝都に向かって走り、誰も私の事など見向きもせずに行ってしまう。
だが、帝都の方向からパレス王国騎士団の旗を掲げた軍勢が姿を現すと、逃げ惑っていた帝国兵は足を止め、一様に腕と歓声を上げる。私では止められなかった彼らの足を止めた人物は、先頭で見知らぬ国の旗を掲げたジャンヌだった。
「クライネさん! どこに行っていたのですか、戻ったら出ていったと言うので引き返してみればこんな所に」
「暁の巫女様だ、これで怖いものは無い。全員反転して異形を叩き潰せ!」
先程まで必死に生き延びようと敵に背中を向けていた者たちが、一斉に正面から剣を交える形となり、更にはなんの指示も出されていないにも関わらず、完璧な連携で最小限の被害に抑えながら異形の軍を突き崩す。
1番後ろで立ち尽くす事しか出来ない私は、戦況を一瞬で覆す快進撃を、じんじんと痛む胸を右手で握り潰しながら見る事しか出来ない。
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