選定と淘汰と花束を⑧

あおい。アオイ。青い。蒼い。碧い。

痛み? 苦しみ?

あか? アカ? 赤? 朱? 紅? 緋?

水? 血? 冷たい? 温かい?


青い空に伸びる赤の交じる白がゆらゆらと揺れて、含んだ赤が指の隙間を落ちる。

進んでいた筈なのに空を仰いで、打ち立てられた敵国の旗を見上げる。


「お前、こんな終わりは納得がいかないだろう。私が力をくれてやる、付いて来い」


夜。突然訪れたそれは白くて細い腕を差し出して、痛みすらなくなった体を引っ張り上げながら闇を纏わせる。

黒い炎が腕から燃え広がって腕の傷を癒し、べっとりと付いていた血を全て消して浄化する。


「我は夜の女王、お前を第1の臣下とする。我に仕えよ、夜の国にする足掛かりとして手近な国を落とす」


まだ幼さの残る声が目に見える様に重く響き、意識を持ってかれそうな程妖艶でつややかであでやかな髪が、風に揺れてはらはらとひとひら落ちる。

黒い翼から伸びた漆黒の剣の柄に手を置くと、とんでもない程の力が流れ込んで来て、様々な魔法の知識が頭の中に焼き付いてこびり付く。


「夜の君よ、俺は貴女様の眷属となりましょう。この拾われた命、貴女様だけの為に燃やさせてもらう」


兎に角何でも出来そうだった、奥から溢れてくる力は人間だった時とは比にならない。まるで神にでもなったかのような気分だが、それは気分だけではなかった。天に放った魔力が雨を降らせ、暴風を巻き起こさせ、地面を剥がす程に大きく強くなる。


思わず素晴らしいと声が漏れた頃には、夜の君の口元が吊り上がっていて、黒を基調とした軽装の鎧が体に纏われる。

重さが無い鎧を着ているだけで更なる力が沸き起こり、高揚で遠くに見える城で腕を試したくなる。


「あの手近な城を我がモノとする、今すぐに向かうぞ」


「夜の君よ、これでは兵力が圧倒的に……」


「手駒か? これで良かろう、目を覚ませ我が眷属」


地面から現れたのは骨や腐敗した死体で、古の兵士や先の戦で倒れた騎士が、折れた剣を拾い上げて城に歩を進める。

だが、この戦場で4つの騎士が倒れたままで、夜の君の術が効かない者が居た。


「夜の君、こいつ息がある」


「ほぅ、生きている4人をここに集めよ」


言われた通りに息のある4人を並べて少し離れると、俺にやったのと同じ力で4人に闇を纏わせ、それぞれに違う鎧を纏わせる。

その中には剣を交えた敵国の騎士も居たが、夜の君を目にすると、一様に跪いて低頭する。


「我は夜の女王、貴様らは我の眷属である。良いか?」


「おいおい、俺は好きにさせてもらうぜ。誰かに従うなんて冗談じゃねぇ、って思ってたがよ、あんたは別格だな。俺の力、上手く使いこなせよ夜の君」


「ちょっとマジ最悪なんだけどー、看護師足りないから来てくれって言われただけなのに死にそうになるとかマジツイてないわ~」


「死にたくないです死にたくないです……やっぱり死にたくないです。辞めて下さい、死んでしまいます」


「えっ、次の主めちゃくちゃ可愛いし。ラッキーじゃね、なんか生きてるし。それに可愛いね君、今度僕とデートでもしない?」


周りを屍の大軍勢が闊歩かっぽしていく中で夜の君が一瞬黙ったが、俺の顔を見て口角を上げる。

会ったばかりなのにも関わらず、それだけで全てが理解出来る。


「全軍前身! 先方は……」


「俺に任せなぁ! 突破力なら負ける気がしねぇな! 行くぞ雑魚ども、俺の名前はグレイルだ。よく覚えとけ参謀」


蘇った馬に跨ってすれ違う瞬間に、大きな斧を軽々と肩に担いだ男が先頭に出ると、一部の屍がそれに続いて速度を上げる。

騎士としての本能がその骨に刻み込まれているのか、統率の取れた動きで隊列を組み、所々違う盾や旗を掲げて遠くなっていく。


虚空から作り出した黒の玉座に鎮座している夜の君は、残りの兵を纏めてゆっくりと城に向けて進軍を始める。

足下が隆起して地面から這い出てきた馬に跨り、夜の君の隣をゆっくりと進む。


「神王、絶対に殺してやる。手始めにその娘のクライネからだ、待ってろよ神姫」

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