王権喪失⑤

黒騎士が消えてから数分した頃、橋の向こうから1人で女性が走って来て、瞬く間に私たちの前に来て止まる。

この綺麗な女性に黒騎士を見なかったか聞こうと近付くと、顎先の髪を揺らす事無く掛け掛けていた剣を一瞬で抜く。


「無防備に近付くな、私はお前たちと馴れ合う気は無い。特に覚悟が無さそうなお前とはな」


「貴様、それがクライネ様に対する態度か。我が王を覚悟なき者と侮辱するな」


突然敵意剥き出しの言葉と雰囲気を放った女性に、前に出たアイラスがそう迫るが、無表情のまま微動だにしない。

痺れを切らしたアイラスが腰の剣を抜いて切っ先を女性に向けると、少し目を大きくして口角を上げる。


「命知らずな、只の一兵卒なら剣を下ろして失せろ」


「まずは誰か名乗って危険が無いことを証明すればこうする事は無かったが、パレス王家とラルクフォーレへの侮辱は、情状酌量の余地無しで断罪だ」


「はっ、国を追われた王をもう王とは呼ばん。それも王位を取り返す力も無い落ちこぼれは特にな」


「口を慎め!」


「おいおい2人ともやめ……」


メイルが仲裁に入る隙も無く衝突が始まり、剣を振るう両者の打ち合いに誰も入り込めず、壮絶な剣戟を傍観することしか出来ない。

私は止めようとナイフを抜いて様子を伺うが、アイラスを盾にする様に女性が立ち回っていて、魔法を撃てるタイミングが一瞬も訪れない。


「やめて下さい、剣を収めて下さいアイラスさん! お願いします、私たちは訓練の途中ですから」


「そうだぞアイラスさん、そっちのあんたも邪魔するなって! 黒騎士を待ってただけだろ俺たちは」


一見攻め続けて反撃を許さないアイラスが有利に見えたが、私を一瞥してからアイラスに向き直った女性が守りから一転して攻めに転じ、僅か数手で剣を弾き飛ばしてしまった。

アイラスは腰のナイフを抜こうと手を伸ばしたが、そこで出来た隙を狙ってメイルが飛び出して、アイラスの右腕を掴んでナイフを取ろうと伸ばした手を止める。


「離せメイル」


「大した事無いな、吠えるだけ吠えてこのザマか。パレス前王がこうも容易く追放されたのも頷ける、騎士が間抜けだと王も苦労するな」


大きく息を荒らげるアイラスに対して、同じ数だけ剣を動かしていた女性は、汗ひとつかかずに落ち着いた呼吸のまま嘲笑する。

何とかメイルが腕の中で押さえ込んでいるが、酷く憤慨しているアイラスすら黙らせる一言が、女性の口から凛とした声で放たれる。


「黒騎士の称号を冠して長いが、同じ半獣として貴様の未熟さは目に余る。そしてそこのお前、神殺しのアトラルだな」


「黒騎士って女だったのか! 初めて知った、めちゃくちゃ美人じゃねぇか!」


私を指差して興味深そうに目を細めた黒騎士は、騒ぐメイルを鬱陶しそうに睨み、抜いていた剣を鞘に収める。


「あの、黒騎士さんと呼ぶのは不便ですから……その……」


「ジュン。一時期共に過ごしたドラゴンにはそう呼ばせていた、貴様も同じ様な境遇に居たと聞く。懐かしいな」


ジュンは懐かしむように左手の剣をトントンと優しく叩き、少しだけ緩んでいた顔を引き締めて帝都に入る道に体を向ける。


「大きくなったな、今はクライネと名を貰ったのか。あいつらしい名前なのだな、未練がましいな本当に。だが、そんな所も愛い」


「あの人笑うとめちゃくちゃ可愛いな、何か小さい時会ったような事言ってたけど、どんな関係なんだクライネ」


小さな声で私に耳打ちするメイルは、髪を後ろでひとつに纏めたジュンを見て、小さく歓声を零している。

全ての動きの指先まで美しさが溢れ出る姿に見とれていると、ジュンは何も言わずに走り出す。


訓練の最中だと言うことを思い出して置いてかれないように走り出し、1番王城に近い民家から大きな通りに並んだ民家を横切って駆ける。

「今年も始まったか」「頑張って新兵さん」などの声が時々飛んで来て、それに笑顔で応えたり、手を振るなどして走る。

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