笑顔の女神⑩

突如現れたアイネが雷龍を切り裂き、イシュタルの神力を斧を携えた2人の少女が防ぎ切る。

息を切らしたまま剣を手に落としたアイネは、ボロボロにめくれ上がった鱗を千切り、私とイシュタルの間に立つ。


「2人とも戦闘態勢を解かぬか、私はおぬしに助けて欲しいと乞うた筈だイシュタル」


「私が悪いって言うの? そうね、そこの分からずらな臆病者贔屓だから当然よね。アトラルを手元に置いとけば、貴方はいつでも神に戻れるもの。追放されたあいつらに、一泡吹かせて……」


「それは違うイシュタル、確かにクライネはアトラルだ。私はいつでも神に戻る事が出来るが、今はする事が出来ん」


「そんな事はどうでも良いわ、アトラルを連れてその処置をしないのが問題って事よ。神殺しなんて物騒な物を、好き好んで近くに置く神なんて気が知れないわ」


その言葉にすぐに反論せず、息を整えてから剣を地面に刺したアイネは、私の隣に並んでから肩に手を置く。

そして、何かを探すようにお腹を右手でさすり、中心から少し左に寄った場所で止める。


「あの……流石にこれは恥ずかしいです」


「すまぬな、だがイシュタルをおぬしの手元に置く為だ。1度分からせれば素直なやつだ、悪いやつじゃないからのう」


「あの……今どこにいるんですか? 私の元に来てくれると嬉しいです、やっぱりアイネさんが居ないと……」


「すまぬがそれは出来ぬ。理由は直に分かる、だがいつか共に居よう。思い出せない程に時が経つまでな。これが証だイシュタル、私の神核をクライネに移した、この神力を全て食い千切る前に私が終わらせれば良い」


「……なら分かっててそうした訳、覚悟があるならもう何も言わないわ。その人間から貴方の神力が感じたのはそれが理由って訳ね。この世界も閉じるから、崩壊するまでの短い時間を楽しんで」


「礼を言うイシュタル、クライネを頼んだ」


それだけ聞いて雷の中にイシュタルが消えると、いつの間にか2人の少女も居なくなっていた。

肩にずっと乗っていた力が離れると、固まった私の背後でバサッという音を立ててアイネが倒れる。


そこで体の主導権が戻った様に動いた体が、咄嗟にアイネの方に振り向き地面にしゃがみ込む。


「あの、大丈夫じゃないですよね……何をして過ごしましょうか」


「そうじゃな、生憎私はもう動けぬ。だからこの花をやろう、龍力を時間を掛けて固め、私の血を入れた赤い薔薇じゃ。綺麗じゃろ、御守り代わりに持っておくと良い」


「……ありがとうございます、少し温かいですね。じゃあ私からは、私の作ったこの服を贈ります。次に会う時、それを着て会いに来て下さいね」


「白い花をイメージしたドレスか、私は女ではないのだぞ?」


戸惑いながらも受け取ったアイネの頭を太腿に乗せ、少しだけ共に過ごした日々を想い出し、丁寧に記憶の中に仕舞う。

どれも等しく、外に出た私を驚かせるものばかりで、愛しかなかった。


そうして自然に緩んだ頬をアイネが撫でると、太腿の上の重みが徐々に消えて無くなる。

目を開けて周囲を確認すると、石の天井が私を迎え入れる。


「目を覚ましました、良かった」


「ターニャ、もう朝なの?」


私の顔を覗き込んでいたターニャは跳ね上がると、私の手を両手で包み、頭を胸に乗せてくる。

徐々に確かなものになってくる意識に、やるべき事と目の前にある問題を思い出す。


力が入らない体を無理やり起こすが、ターニャに押し返されてまた体を横にされる。


「まだ安静にして下さい、この砦は父と軍師さんが守ってくれています。ナハトさんたちを呼びましょうか?」


「うん、全員呼んできて欲しい。今後の決定を下します」

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