黒雷姫⑤

短い休憩を終えて再び荒野を馬で走っていると、漸くパレス王国の国境警備隊駐屯所が見える。

遠くに見えただけでほっとする自分を叱り、王城に帰還するまで気は抜けないと、もう1度気を引き締める。


「もう少しですナハトさん、頑張って下さい」


「申し訳ありませんクライネ様、私の所為で」


「王城に着いたらヨルムさんが治してくれます、それまで痛いですが耐えて下さい」


「痛みは大丈夫です、それよりも国境の動きが不自然で、そちらの方が気掛かりです」


「不自然ですか?」


国境の門の目の前に到着し、警備兵が門を開いて、何事も無く国の中に入る事が出来た。

これの何処に不自然な箇所があったのか、私には普通の光景にしか見えなかった、


「見間違いでした、申し訳ありません」


「大丈夫ですよ、まだ気が立っているだけですよ。戦争の熱が残ってるだけですから」


傷だらけの手で握っていた剣の柄頭に添えられている手を握ると、ナハトはゆっくりと息を吐いて柄から手を離す。

体から離れたナハトを抱き寄せて頬を擦り付けると、片目を瞑って照れ臭そうにそっぽを向く。


「痛いですクライネ様、傷に当たってます」


ナハトの腰に回していた手が傷に当たっていたのに気付かず、知らない間に抉ってしまっていた。

急いで回していた腕を離すと、今度はナハトが私にもたれ掛かってくる。


「ごめんなさいナハトさん、つい可愛過ぎて」


「可愛くないです、そんな事初めて言われました」


「そうですか? どちらかと言えば美人さんですが、その中に幼さもあって可愛いですよ」


「私なんて美人でも可愛いくもないです、美人なのはチェリーで、可愛いのはリュリュです」


「私はナハトさんが1番綺麗だなって思ってましたよ、こんな綺麗な人が側近なんて、どきどきするって思ってました」


「それなら私だって、こんな可愛い王様の側に居られるなんて。色々鎮めるのに今も大変です」


傷が無いナハトの頬に手を添えてみると、村の人たちが騒いでいた、発熱と言う体が異常な程熱くなる現象が起こっていた。

無理が祟ったのかと慌てて周りを見回すが、ヨルムやジャンヌは近くに居なかった。


対処法が分からず、取り敢えず冷やす為に剣を抜いて、刀身をナハトの額に当てる。


「な、なんですかクライネ様」


「熱いですよ、やっぱり病なんですか? 死んじゃうんですか? そんなの嫌です」


「違います、これは風邪じゃなくて……あの……さか」


「ヨルムさん! ナハ……」


「呼ばなくて良いです、あの人察しが良いから駄目です」


「駄目ですよ、これで死んでしまったら私も死にますよ」


「違うんです! これはクライネ様が好きで、体が熱くなってしまうんです。あの、これは盛っただけで……ごめんなさい、クライネ様にこんな感情を」


何故か謝ったナハトをもう1度抱き寄せると、今度は小刻みに震えていた。


「違うなら治すのを手伝いますよ、ナハトさんが辛いと私も辛いです。何でも言って下さい」


「な、何でも良いんですか?」


「はい、出来る事なら何でもやりますよ」


「な、なら。今夜クライネ様と寝かせて下さい」


「そんな事で治るんですか? 誰かと一緒に寝るのは久し振りです、前はお母さんと寝てたんですけど、色々あったんですよね」


「クライネ様と寝れるクライネ様と寝れるクライネ様と寝れるクライネ様と寝れる……ふふふふっ、寝れる寝れる……」


私のお腹に顔を埋めながらぶつぶつ呟いているナハトの頭を撫でながら、漸く王城に到着する。

ナハトを補助しながら馬を下り、先に到着していたヨルム、そして最後尾から戻って来たチェリーとリュリュを連れ、負傷者が療養する棟に足を運ぶ。

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