怪しい青年①

国民へのお披露目から一日経った政務室では、山の様に積まれた書類と格闘する新王と、その補佐の騎士が黙々と仕事をしていた。


淡々と処理済みの書類を積み上げていくエルに対して、読み書きが一切出来ないクライネは王印を押すだけ。

印を上げてインクを付けてまた押す、これだけでも書類恐怖症に陥るには十分過ぎる。


「少し休憩に致しましょう」


「やっとですかー」


印を置いて伸びをして、部屋から飛び出て昼下がりの廊下を走る。


「お待ち下さいクライネ様、廊下を走られては転んでお怪我をします」


裾を少し上げて息を切らしながら追い掛けて来るメイドを待っていると、前からガルドナル将軍が歩いて来る。


「王よ、城の巡回ですかな。我々騎士としてその様なお姿を見られるのは、とても嬉しい事ですな」


「そうなのですか……そうですね、巡回をしましょう」


「ガルドナル様、いつも城内の巡回有難う御座います。ですがこれらは私たちメイドのお仕事でもあります、将軍に御負担をかける訳には参りません」


ガルドナルとの間に入ったメイドは本当に申し訳なさそうにそう言うが、巡回している本人は笑い飛ばしてしまう。

ガルドナル将軍はクライネに向き直り、突然丁寧に頭を下げる。


「私の娘はよく抜けている所がありますが、どうぞ宜しくお願い致します。ちょっとやそっとでは挫けぬ様に育ってくれましたからな、使ってやってくだされ」


「えっ……娘さんなんですか? 随分と若い娘さんなんですね」


「ええ、私には勿体無い娘です。では、私はこれで失礼致します。あまりエル殿を困らせてはなりませぬぞ、溜めやすい性格ですからな」


にこにこと愛想の良い笑顔のまま立ち去ったガルドナル将軍を見送り、まだ名前すら知らなかったメイドに名前を聞く。


「改めて、私。ターニャ・ミズルドです。よろしくお願い致しますクライネ様。身の回りの御世話を任されたからには、精一杯尽くさせて頂きます」


スカートの裾をつまんで優雅にお辞儀をしてみせたターニャだったが、スカートの中から何かを床に落とす。

慌てて拾い上げて後ろに隠したターニャだったが、スカートの中からナイフが顔を出して、布を切り裂いて再び床に落ちる。


慌てて拾い上げてもう一度隠したターニャだったが、もはや隠す意味があるのかどうかも分からない。

疑惑が確信に変わったにも関わらず隠したがるのは、恐らく人間に備え付けられた悪い所なのだろう。


アイネなりの言葉で表わすとしたら、愚かな種族。

何故ここでもアイネが出てきたのか分からないが、取り敢えず爺くさいドラゴンを頭から追い出す。


「隠さなくても良いんじゃないですか、少なくとも私を殺すものじゃないんですから。メイドさんが強いなら安心ですしね」


「当然です、これは敵に向ける刃ですから。王に向ける事なんてありません」


「頼りにしていますターニャさん、では巡回に行きましょうか」


「はい、私がどんな敵からもお守りします。このターニャ・ミズルドが、全てを打ち砕きます」


微笑んで頷いたクライネは、当初の目的を果たす為にターニャの手を引き、魔道棟の牢を目的地にして廊下を走る。

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