実話ありがとシリーズ② スマイル ,^^, ありがと、ちっちゃいママ。

田村優覬

ただいまぁ!! ちっちゃいママ~!!

今年もまた、夏が来た。


お祭りにプールに甲子園、カップル男女や児童の遊び声、そしてアイス日和びより。熱い季節が、またやって来たんだ。

案外アタシは、夏が好き。日焼けとか暑苦しいのは苦手だけど、それ以上に想い入れがある季節なんだ。

だって、御盆おぼんがあるから。

もっといえば、



――“ちっちゃいママ”の御墓に、行けるから。



茨城県土浦市のとある田舎墓地に、

大好きなちっちゃいママこと、

“じゅんこ”おばあちゃんの名が刻まれてる。

御盆まで待ちきれなかった私は、つい一人で墓前に来ちゃったんだ。仕事が空いて時間できたからね。

御線香の煙がなびくサンサン太陽の下で、今日も深い眠りに就いているみたい。ちっちゃいママらしく、静かで穏やかに。


御墓が建てられてから、もう五年が経つんだねぇ。

なんかあっという間だったなぁ……。また来年も同じこと言ってる気がする。五年後も十年後も、私がおばあちゃんになっちゃったときも……きっとさぁ。



……ねぇ、ちっちゃいママ?


私ね、今でも覚えてるんだ。

ちっちゃいママと過ごした、日常生活。

バカな私に教えてくれた、人として大切な事。

二十歳はたち越えた今でも、た~っくさん覚えてるんだよ。



私が物心付いたときには既に、ちっちゃいママと呼んでいた。ちっちゃいママは父方の祖母で、普段はおじいちゃんといっしょに食堂で働いてたんだ。平日は御昼の二時まで、土日祝日は夕方まで働いて、定休日は火曜だけの自営業者だった。


多忙だったはず……。


それでもちっちゃいママは、いつも私のそばにいてくれたよね。両親共働きの田村家だったから、平日はおじいちゃんに預けられて、主にちっちゃいママが面倒見てくれたもんね。


「ただいまぁ!! ちっちゃいママ~!!」

「おかえり、ゆぅちゃん」


幼稚園の送迎は、ちっちゃいママがいつも先にバス降り場に来てた。

スーパーでお買い物するときは、助手席の私と話しつつ運転してくれた。

外で遊ぶときなんかも、ちっちゃいママは私と“東京ミュウミュウごっこ”してくれた。真っ暗になるまでやってたから、絶対疲れさせちゃったよね……ゴメンなさい、楽しすぎてめられなかったの。



私が小学生になれば、今度はちっちゃいママが私んに来てくれたよね。相変わらず両親は働いてばっかで、実はこの頃から夫婦ゲンカも多くなってたんだ……。

けど、ちっちゃいママのおかげで、気にならなかったの。


「ただいま~! ちっちゃいママ~!!」

「おかえり、ゆぅちゃん」


自宅に着くと、ちっちゃいママが玄関まで来てくれた。

学校の宿題が難しいときは、私の隣でいっしょに考えてくれた。

夜になれば、ちっちゃいママが御飯を作ってくれた。ちっちゃいママのしょうが焼き、メッチャ美味しかったなぁ。

そういえばさ、二人で作ったときもあったよね!

お米のぎ方に炊き方、油の敷き方や包丁の持ち方、盛り方とか灰汁あくの取り方まで、危なっかしい私に教えてくれた。

他にも、たくさん教えてもらった。

お皿洗いとか、お洗濯とか。

お風呂の貯め方とか、お部屋の整頓とかまで。


あのときが、一番楽しかったかも。

ちっちゃいママが、ずっと笑顔でいてくれたから。

おかげで私も、ずっと笑顔でいれたから。


とても優しくて、私の大好きな、ちっちゃいママ。

でも、優しいだけじゃないのが、ちっちゃいママの怖いところであり、凄いところ。


「ダ~メ。お菓子は、一日一つの約束でしょ?」

買い物でのお菓子コーナーで、ちっちゃいママは絶対に一つしか買ってくれなかった。


「ちゃんと座りなさい。女の子なのに、はしたないでしょ?」

私が胡座あぐらでイスに座ったとき、目の前から注意された。


「ゲームは一日一時間。時間を守れない人は、約束を守れないのと同じよ?」

当時ドハマりした“ポケットモンスタールビー”をやってたとき、ちっちゃいママに取り上げられてしまった。もう少しでミズゴロウがヌマクローになるところだったのにー。


一番怒られたのは、たぶん小三のとき。


「なんでケンカなんかしたの!!」

ウザい男子と殴り合いになったときは(私が圧勝しました)、夜遅くまで説教された。

ケンカっ早い私の性格上、反省の色を浮かべられなかった。だってアイツさ、ザコのくせしてイジメっ子だったから。同じクラスでずっと見てて、ついに我慢できなくなっちゃったからさ。実際、マジ弱かったし……。


「ゆぅちゃん!?」

「……」


私は間違ってないって、ずっと思ってた。

でもちっちゃいママは、私が悪いと叱り続けた。

正直、途中途中の話は覚えてない。聞く耳を捨ててたから。


でも、この言葉だけは覚えてるんだ。



「――人の痛みをわからない人は、何もわからない人よ?」



その一言だけ、ハッキリ覚えてるの。


どんな相手であれ、

暴力を浴びせた時点で、

悪。

だからこそ、


“人の痛みがわかる、優しい人になりなさい。”


ヒーロー物が大好きな私には、そう聞こえたんだと思う。

それ以降は、ケンカは無くならなかったんだけど、殴ったり蹴ったりは無くなった。曲がったことが大嫌いで短気なままだけど、暴力を浴びせることは一切無くなったんだ。


ちっちゃいママが、

ヤンチャで野蛮な私を、

ただしてくれたから。

今では、

凄く感謝してる。


私が小四になると、ちっちゃいママが家に来る日数が減っていった。少年野球に入ったこの頃には、私一人でも留守番できるようになったし。同じ市内だから、会いに行こうと思えばいつでも行けたし。

寂しいとは、別に思わなかった。

ちょっとずつ……、

ちょっとずつ、

ちっちゃいママと会う日数が減って、

一学期が終わる頃には、

全く来なくなった。

もちろん、一人の時間が増えた。そのときは、ちょっと自由を感じて幸せだった。大好きなKAT-TUNの番組が見放題だし、怒る人もいない。

いよいよ私も大人だ。

一人立ちかな!


勝手にそう思ってた。

そう、思ってたんだけど……さ。




「離婚することになったから……」




突然の家族会議が始まって、パパがそう言った。あのときは確か、十月下旬の肌寒い日だったかな。

原因はやっぱり、お互いの仲の不一致。ずっと繰り返されてきた夫婦ゲンカを見てきたから、すんなり頭に入った。もう決定事項らしく、パパとママのどちらと暮らしたいかをも問われた。


もちろん私は、

……

……

……

……意味が、わからなかった。


離婚っていう言葉自体は、“行列のできる法律相談所”で何度も聞いてたから知ってるし、離婚する理由もわかってたけど、

……

……

……

……うん、

……

……

……

……マジで、意味わかんなかった。


私は何も言うことができず、ただ泣くことしかできなかった。

御飯を食べる気も、全然起きなかった。

二回部屋の自室に閉じ籠って、

布団にうずくまって、

ろくに眠れもしなかった。


好きだから始めた野球も、

友だちと会えるから好きな学校も、

ゲームや外出も、

何もかも、

休む日々が始まった。


ひたすら、ショックだったの。

家族って、一生いっしょにいる仲だと思ってたからさ。

とても、立ち直れなかった。


こんな生活を一週間過ごした頃。パパとママの二人揃う姿を見なくなった。二日おきの交替制で、一応家には帰ってきてた。二人は今まで以上に、笑ってた気がする。私のことを気遣ってか、ずいぶんと優しく接してもくれた。


不登校が続いてることには、何も言ってくれなかったけど……。


二週間が経っても、変わらない非日常。

何もおもしろくなくて、つまらない生活。

白い天井も見飽きてくる、そんな正午の頃だった。



「ゆぅちゃん?」



最初は、幻聴だと思った。この時間は、仕事のはずだし……。

でも何回も呼ばれたから、私は部屋を出て一階に降りた。



そしたら、来てくれてたんだ。




「ちっちゃいママ……」




次の瞬間、私はちっちゃいママに飛び込んだ。

いつからだろう?

私の身長の方が大きくなってた。

それでも頭を撫でてもらいながら、抱き締められた。


嬉しくて、

嬉しくて、

嬉しくてさ……。


泣いちゃってたけども……、

ホントに、嬉しかった。


その日ちっちゃいママは食堂を早めに切り上げて、私なんかのためにお昼御飯を持ってきてくれたんだ。

それも私の大好きな、しょうが焼きだった。


心配、してくれてたんだ。


「ほら、まだ食べてないんでしょ? 御飯炊いて?」

「うん!!」


不思議だったなぁ。久しぶりにお腹空いたんだもん。

すぐにお米を研いで、炊飯器のボタンを押した。

できたら早速、いっしょに御飯を食べた。

お代わりもできた。

ちっちゃいママが、よそってくれたからだと思う。

とてつもなく美味しくて、

幸せだったなぁ~。


「ゆぅちゃん? 明日から、学校行きなさい?」

「……うん!!」


食後には、ちっちゃいママが世界で初めて、私に登校を勧てくれた。

私も、すんなり受け入れられた。

何も、怖くなくなったんだ。


ちっちゃいママが、言ってくれたから。


次の日から、私は約束通り学校に向かった。

学校進度には遅れてたけど、友だちと会えたから楽しかった。


……あ、そうそう。


授業参観のとき、ちっちゃいママが来てくれたよね。

テンション上がったわ~。

まぁ、手を挙げて発表したら間違っちゃったけど。


週末になると、少年野球も行った。

ちっちゃいママが、車で送り迎えしてくれたよね。

試合には出られなかったけど、練習で久しぶりにヒットを打てた。

ちっちゃいママが見守る中で、カキーンと飛ばせた。


帰宅したら帰宅したで、私はまた幸せだった。


「ただいまぁ!! ちっちゃいママ~!!」

「おかえり、ゆぅちゃん」


ちっちゃいママが、いてくれたから。

変わってしまった私の日常が、ちっちゃいママのおかげで少しずつ戻っていく。

季節みたいに、ゆっくりと移ろいだ。

一日ごとに、

一歩ずつ。


冬を迎えた頃には、こうなった。




「離婚、やめることにしたから……」




再び突然の家族会議が開かれて、パパが言った。ママも同席して、念願の田村家復活の日が訪れたんだ。


ホッと、安心できた。

また、パパとママが隣り合ってたから。

またこれからも、パパとママって呼べるから。

ケンカばかりの二人が、どうして復縁したのかは、

正直わからなかったし、今さら聞こうとも思わない。


ただ、元通りになって嬉しかった。


ホント、それだけだった。


ちっちゃいママも、安心してくれたみたいで良かった。また会えなくなる日々に戻ったけど、寂しさよりも感謝がまさってた。



……ありがと、ちっちゃいママ。



春になれば学年が上がって、またたく間に六年生になった。

また、身長が伸びた。

少年野球では、初めてレギュラーになれた。

公式戦でも、初めてホームランも打てた。

学校の体力測定でも、初めてAランクになれた。

勉強は……聞かないでくれ。



「ただいま~! ちっちゃいママ!」

「おかえり、ゆぅちゃん」



あの頃を思い返すと、ちっちゃいママとは夏休みとか冬休みとか、連休にしか会ってなかったね。正直、連休明けが嫌いだった。

けど、

ちっちゃいママと会える一分一秒を、

大切にできた。


平和な暮らしも、長く続くようになった。

春夏秋冬と、時間はドンドン流れて……。

私はついに、中学生になった。


初めて着た制服は、とても気持ち悪かった。

とにかくファスナーがウザかった。

生徒指導部の先生、めちゃくちゃ恐かったな~。


それから、軟式野球部にも入った。

本気でレギュラー目指してガンバったっけ。

まぁ、最終的にはスコアラー兼マネージャーになったけどさー。


……実はね、少しグレてもいたの。

訳あって、ヤンキーグループにいたからさ。

ケンカを売られたら、よく買っちった。

汚ならしい暴言ばっか散らして、相変わらず血の気が濃かった……。


でもね、暴力だけはしなかったんだ。

それだけが、私がちっちゃいママにできる自慢話。


勉強に部活、友だち付き合い(同性オンリー)、挙げ句の果てには塾にまで通い始めた私。

ついに、ちっちゃいママと会う日数がほとんど無くなった。月一ペースになってたと思う……。


けど……


「ただいま、ちっちゃいママ~!」

「おかえり、ゆぅちゃん」


毎度毎度、キラぴかスマイルで迎えてくれた。

ちょっと、痩せたようにも見えた。

それでも、学校での愚痴をよく聴いてくれた。

最後には、結局私が悪かったってことを注意された。

けど、嫌な気にはならず反省した。

だって、私を心の底から癒してくれたから。


私の、支えだった。


中三になって、部活が終わって。

今度は、人生初めての受験だ!


バカだったけど、できる限りの努力はした。

外出はほとんどしなかったし、

ポケモンも我慢したし、

ジャニーズが出る番組も観なくなった。

強いて言えば、日朝と亀梨くんの番組だけだった。

志望校も定まった。

絶対合格してやろうって、必死こいてガンバってた。

二回部屋の窓を開けながら、一人黙々と続けてた。


そしたら、外からこんなアナウンスが……聞こえた。



『土浦警察署より~!! ……迷子のお知らせです!! ……たむら~、じゅんこちゃ~ん!!……』



……間違いなかった。


ちっちゃいママの、名前だった……。


何事かと思って、意味がわかんなかった。

シャーペンも停まって、頭が働かなくなかった。


けどその晩、


私はパパから、


改めて知らされたんだ……。





――ちっちゃいママに、認知症が進行してたってことを……。

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