実話ありがとシリーズ② スマイル ,^^, ありがと、ちっちゃいママ。
田村優覬
ただいまぁ!! ちっちゃいママ~!!
今年もまた、夏が来た。
お祭りにプールに甲子園、カップル男女や児童の遊び声、そしてアイス
案外
だって、
もっといえば、
――“ちっちゃいママ”の御墓に、行けるから。
茨城県土浦市のとある田舎墓地に、
大好きなちっちゃいママこと、
“じゅんこ”おばあちゃんの名が刻まれてる。
御盆まで待ちきれなかった私は、つい一人で墓前に来ちゃったんだ。仕事が空いて時間できたからね。
御線香の煙が
御墓が建てられてから、もう五年が経つんだねぇ。
なんかあっという間だったなぁ……。また来年も同じこと言ってる気がする。五年後も十年後も、私がおばあちゃんになっちゃったときも……きっとさぁ。
……ねぇ、ちっちゃいママ?
私ね、今でも覚えてるんだ。
ちっちゃいママと過ごした、日常生活。
バカな私に教えてくれた、人として大切な事。
*
*
*
私が物心付いたときには既に、ちっちゃいママと呼んでいた。ちっちゃいママは父方の祖母で、普段はおじいちゃんといっしょに食堂で働いてたんだ。平日は御昼の二時まで、土日祝日は夕方まで働いて、定休日は火曜だけの自営業者だった。
多忙だったはず……。
それでもちっちゃいママは、いつも私のそばにいてくれたよね。両親共働きの田村家だったから、平日はおじいちゃん
「ただいまぁ!! ちっちゃいママ~!!」
「おかえり、ゆぅちゃん」
幼稚園の送迎は、ちっちゃいママがいつも先にバス降り場に来てた。
スーパーでお買い物するときは、助手席の私と話しつつ運転してくれた。
外で遊ぶときなんかも、ちっちゃいママは私と“東京ミュウミュウごっこ”してくれた。真っ暗になるまでやってたから、絶対疲れさせちゃったよね……ゴメンなさい、楽しすぎて
私が小学生になれば、今度はちっちゃいママが私ん
けど、ちっちゃいママのおかげで、気にならなかったの。
「ただいま~! ちっちゃいママ~!!」
「おかえり、ゆぅちゃん」
自宅に着くと、ちっちゃいママが玄関まで来てくれた。
学校の宿題が難しいときは、私の隣でいっしょに考えてくれた。
夜になれば、ちっちゃいママが御飯を作ってくれた。ちっちゃいママのしょうが焼き、メッチャ美味しかったなぁ。
そういえばさ、二人で作ったときもあったよね!
お米の
他にも、たくさん教えてもらった。
お皿洗いとか、お洗濯とか。
お風呂の貯め方とか、お部屋の整頓とかまで。
あのときが、一番楽しかったかも。
ちっちゃいママが、ずっと笑顔でいてくれたから。
おかげで私も、ずっと笑顔でいれたから。
とても優しくて、私の大好きな、ちっちゃいママ。
でも、優しいだけじゃないのが、ちっちゃいママの怖いところであり、凄いところ。
「ダ~メ。お菓子は、一日一つの約束でしょ?」
買い物でのお菓子コーナーで、ちっちゃいママは絶対に一つしか買ってくれなかった。
「ちゃんと座りなさい。女の子なのに、はしたないでしょ?」
私が
「ゲームは一日一時間。時間を守れない人は、約束を守れないのと同じよ?」
当時ドハマりした“ポケットモンスタールビー”をやってたとき、ちっちゃいママに取り上げられてしまった。もう少しでミズゴロウがヌマクローになるところだったのにー。
一番怒られたのは、たぶん小三のとき。
「なんでケンカなんかしたの!!」
ウザい男子と殴り合いになったときは(私が圧勝しました)、夜遅くまで説教された。
ケンカっ早い私の性格上、反省の色を浮かべられなかった。だってアイツさ、ザコのくせしてイジメっ子だったから。同じクラスでずっと見てて、ついに我慢できなくなっちゃったからさ。実際、マジ弱かったし……。
「ゆぅちゃん!?」
「……」
私は間違ってないって、ずっと思ってた。
でもちっちゃいママは、私が悪いと叱り続けた。
正直、途中途中の話は覚えてない。聞く耳を捨ててたから。
でも、この言葉だけは覚えてるんだ。
「――人の痛みをわからない人は、何もわからない人よ?」
その一言だけ、ハッキリ覚えてるの。
どんな相手であれ、
暴力を浴びせた時点で、
悪。
だからこそ、
“人の痛みがわかる、優しい人になりなさい。”
ヒーロー物が大好きな私には、そう聞こえたんだと思う。
それ以降は、ケンカは無くならなかったんだけど、殴ったり蹴ったりは無くなった。曲がったことが大嫌いで短気なままだけど、暴力を浴びせることは一切無くなったんだ。
ちっちゃいママが、
ヤンチャで野蛮な私を、
今では、
凄く感謝してる。
私が小四になると、ちっちゃいママが家に来る日数が減っていった。少年野球に入ったこの頃には、私一人でも留守番できるようになったし。同じ市内だから、会いに行こうと思えばいつでも行けたし。
寂しいとは、別に思わなかった。
ちょっとずつ……、
ちょっとずつ、
ちっちゃいママと会う日数が減って、
一学期が終わる頃には、
全く来なくなった。
もちろん、一人の時間が増えた。そのときは、ちょっと自由を感じて幸せだった。大好きなKAT-TUNの番組が見放題だし、怒る人もいない。
いよいよ私も大人だ。
一人立ちかな!
勝手にそう思ってた。
そう、思ってたんだけど……さ。
「離婚することになったから……」
突然の家族会議が始まって、パパがそう言った。あのときは確か、十月下旬の肌寒い日だったかな。
原因はやっぱり、お互いの仲の不一致。ずっと繰り返されてきた夫婦ゲンカを見てきたから、すんなり頭に入った。もう決定事項らしく、パパとママのどちらと暮らしたいかをも問われた。
もちろん私は、
……
……
……
……意味が、わからなかった。
離婚っていう言葉自体は、“行列のできる法律相談所”で何度も聞いてたから知ってるし、離婚する理由もわかってたけど、
……
……
……
……うん、
……
……
……
……マジで、意味わかんなかった。
私は何も言うことができず、ただ泣くことしかできなかった。
御飯を食べる気も、全然起きなかった。
二回部屋の自室に閉じ籠って、
布団に
ろくに眠れもしなかった。
好きだから始めた野球も、
友だちと会えるから好きな学校も、
ゲームや外出も、
何もかも、
休む日々が始まった。
ひたすら、ショックだったの。
家族って、一生いっしょにいる仲だと思ってたからさ。
とても、立ち直れなかった。
こんな生活を一週間過ごした頃。パパとママの二人揃う姿を見なくなった。二日おきの交替制で、一応家には帰ってきてた。二人は今まで以上に、笑ってた気がする。私のことを気遣ってか、ずいぶんと優しく接してもくれた。
不登校が続いてることには、何も言ってくれなかったけど……。
二週間が経っても、変わらない非日常。
何もおもしろくなくて、つまらない生活。
白い天井も見飽きてくる、そんな正午の頃だった。
「ゆぅちゃん?」
最初は、幻聴だと思った。この時間は、仕事のはずだし……。
でも何回も呼ばれたから、私は部屋を出て一階に降りた。
そしたら、来てくれてたんだ。
「ちっちゃいママ……」
次の瞬間、私はちっちゃいママに飛び込んだ。
いつからだろう?
私の身長の方が大きくなってた。
それでも頭を撫でてもらいながら、抱き締められた。
嬉しくて、
嬉しくて、
嬉しくてさ……。
泣いちゃってたけども……、
ホントに、嬉しかった。
その日ちっちゃいママは食堂を早めに切り上げて、私なんかのためにお昼御飯を持ってきてくれたんだ。
それも私の大好きな、しょうが焼きだった。
心配、してくれてたんだ。
「ほら、まだ食べてないんでしょ? 御飯炊いて?」
「うん!!」
不思議だったなぁ。久しぶりにお腹空いたんだもん。
すぐにお米を研いで、炊飯器のボタンを押した。
できたら早速、いっしょに御飯を食べた。
お代わりもできた。
ちっちゃいママが、よそってくれたからだと思う。
とてつもなく美味しくて、
幸せだったなぁ~。
「ゆぅちゃん? 明日から、学校行きなさい?」
「……うん!!」
食後には、ちっちゃいママが世界で初めて、私に登校を勧てくれた。
私も、すんなり受け入れられた。
何も、怖くなくなったんだ。
ちっちゃいママが、言ってくれたから。
次の日から、私は約束通り学校に向かった。
学校進度には遅れてたけど、友だちと会えたから楽しかった。
……あ、そうそう。
授業参観のとき、ちっちゃいママが来てくれたよね。
テンション上がったわ~。
まぁ、手を挙げて発表したら間違っちゃったけど。
週末になると、少年野球も行った。
ちっちゃいママが、車で送り迎えしてくれたよね。
試合には出られなかったけど、練習で久しぶりにヒットを打てた。
ちっちゃいママが見守る中で、カキーンと飛ばせた。
帰宅したら帰宅したで、私はまた幸せだった。
「ただいまぁ!! ちっちゃいママ~!!」
「おかえり、ゆぅちゃん」
ちっちゃいママが、いてくれたから。
変わってしまった私の日常が、ちっちゃいママのおかげで少しずつ戻っていく。
季節みたいに、ゆっくりと移ろいだ。
一日ごとに、
一歩ずつ。
冬を迎えた頃には、こうなった。
「離婚、やめることにしたから……」
再び突然の家族会議が開かれて、パパが言った。ママも同席して、念願の田村家復活の日が訪れたんだ。
ホッと、安心できた。
また、パパとママが隣り合ってたから。
またこれからも、パパとママって呼べるから。
ケンカばかりの二人が、どうして復縁したのかは、
正直わからなかったし、今さら聞こうとも思わない。
ただ、元通りになって嬉しかった。
ホント、それだけだった。
ちっちゃいママも、安心してくれたみたいで良かった。また会えなくなる日々に戻ったけど、寂しさよりも感謝が
……ありがと、ちっちゃいママ。
春になれば学年が上がって、
また、身長が伸びた。
少年野球では、初めてレギュラーになれた。
公式戦でも、初めてホームランも打てた。
学校の体力測定でも、初めてAランクになれた。
勉強は……聞かないでくれ。
「ただいま~! ちっちゃいママ!」
「おかえり、ゆぅちゃん」
あの頃を思い返すと、ちっちゃいママとは夏休みとか冬休みとか、連休にしか会ってなかったね。正直、連休明けが嫌いだった。
けど、
ちっちゃいママと会える一分一秒を、
大切にできた。
平和な暮らしも、長く続くようになった。
春夏秋冬と、時間はドンドン流れて……。
私はついに、中学生になった。
初めて着た制服は、とても気持ち悪かった。
とにかくファスナーがウザかった。
生徒指導部の先生、めちゃくちゃ恐かったな~。
それから、軟式野球部にも入った。
本気でレギュラー目指してガンバったっけ。
まぁ、最終的にはスコアラー兼マネージャーになったけどさー。
……実はね、少しグレてもいたの。
訳あって、ヤンキーグループにいたからさ。
ケンカを売られたら、よく買っちった。
汚ならしい暴言ばっか散らして、相変わらず血の気が濃かった……。
でもね、暴力だけはしなかったんだ。
それだけが、私がちっちゃいママにできる自慢話。
勉強に部活、友だち付き合い(同性オンリー)、挙げ句の果てには塾にまで通い始めた私。
ついに、ちっちゃいママと会う日数がほとんど無くなった。月一ペースになってたと思う……。
けど……
「ただいま、ちっちゃいママ~!」
「おかえり、ゆぅちゃん」
毎度毎度、キラぴかスマイルで迎えてくれた。
ちょっと、痩せたようにも見えた。
それでも、学校での愚痴をよく聴いてくれた。
最後には、結局私が悪かったってことを注意された。
けど、嫌な気にはならず反省した。
だって、私を心の底から癒してくれたから。
私の、支えだった。
中三になって、部活が終わって。
今度は、人生初めての受験だ!
バカだったけど、できる限りの努力はした。
外出はほとんどしなかったし、
ポケモンも我慢したし、
ジャニーズが出る番組も観なくなった。
強いて言えば、日朝と亀梨くんの番組だけだった。
志望校も定まった。
絶対合格してやろうって、必死こいてガンバってた。
二回部屋の窓を開けながら、一人黙々と続けてた。
そしたら、外からこんなアナウンスが……聞こえた。
『土浦警察署より~!! ……迷子のお知らせです!! ……たむら~、じゅんこちゃ~ん!!……』
……間違いなかった。
ちっちゃいママの、名前だった……。
何事かと思って、意味がわかんなかった。
シャーペンも停まって、頭が働かなくなかった。
けどその晩、
私はパパから、
改めて知らされたんだ……。
――ちっちゃいママに、認知症が進行してたってことを……。
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