知らない世界からようこそへ

くすぐるの誰や

第1話 プロローグ

 なぜ選ばれたのか。その理由を考えても、不可思議だ。だれがこの人選を考えたのか。人事部のような存在がこの世界にあるとは思えないので、おそらく気まぐれだとは思う。最も可能性がある、選ばれた理由としては、暇そうだったからという答えはたぶん納得できる。それ以外で理由を探すと心もとない。もっと筋力があったり、体力があるような人材を探してくればよかったのにと思う。

「来るぞ!タイミングを合わせて、左右散開!いいな!」

「了解!」

 威勢のいい声が掛かり、それに合わせるように返事をする。複数の声が聞こえたので、彼の声は周りにきちんと伝わったようだ。伝わっている間に、細かい言葉の不整合が発生してなければいい。心配になったとしても、それをすぐに確認できる便利なものはない。周りの兵士たちの意志に期待するしかない。

「グルゥァァァァア!」

 恐ろしい姿をしている。簡単にしか述べないが、角があって、全身は黒く、目が赤い。これだけ言えば、印象として、ゲームに出てきそうな魔物ということがわかるだろう。はじめて見たときは度肝を抜かれた。しかし、実際の戦闘に参加してみれば、案外普通の動物と同じくらいにしか感じなかった。確かに大きさなどは、普段住んでいる世界の動物に比べると、恐ろしさを感じるし、大きさに目を見張るものがあるが、それ以外はどうにも変わらない気がする。だから、冷静に対処できる。

「中央に来た。俺の隊が引きつける。残りは作戦通り、左右展開!」

 今度は返事せずにすぐに移動する。率いている人数は20人ほど。中央の50人ほどが魔物の気を引いている間に、左右から囲んで挟み撃ちで一気にとどめまで刺す。自分は右側を担当する。魔物から見て、左側に移動するが、視野が狭いのか、相手は気が付いていない。周りこむ間に、魔物が前に走り出そうとする。

「よし、引け!」

 大きな声が上がったので、黙って手を挙げ、部隊に指示を出す。後ろに控えていた何人かが足元にかがんで、地面に落ちていた大きな縄を拾い上げる。その間に魔物が走り出す。タイミングを合わせるように縄を持ち上げる。こちらにいる部隊だけでなく、魔物を通して、向こう側にいる部隊も同時に縄を上げる。一気にピンと貼られた大縄が持ち上がる。その縄に気が付かないまま、魔物の突進が続く。勢いよく走っている途中で、後ろ右脚が引っかかる。

「グガァ・・・・・・!」

 盛大な粉塵と悲鳴を上げて、前のめりで転ぶ。頭から突っ込む様子はいかにも痛そうだ。そのまま悶絶している様子を見ると、脳震盪でも起こしているのかもしれない。すぐに起き上がる様子はない。

「よし、今だ!」

 中央の部隊から大きな声があがり、一斉に前と左右から魔物に襲いかかる。総勢100人くらいの規模だが、一斉に各々の武器で斬ったり、刺したりしているのは、せいぜい20人程度だろう。あまり大勢で攻撃できるほどの大きさではない。命令を出したのち、できることは魔物の動きに注意することだけだ。いざとなったら、止める必要があるが、全く動かない魔物の様子を見ていると、もうあとは彼らに任せた方がいいようにも思える。とりあえず、気を抜かずに、息の根が無くなることを確認するまで、黙って見ている。

「ガァ・・・・・・」

 弱々しい声が聞こえる。もうすぐ息絶えるのだろう。ずっとその間にも魔物にかかる攻撃の手は緩まない。最初にこの光景を見たときは、無残で悲しく思えたが、今はもう慣れてしまった。実際、この魔物によって、村が被害を受けた実態を今日見たばかりなので、仕方がないと思っている。もうすぐ面倒な仕事が終わりそうだ。

「お疲れ」

「あぁ、どうも」

 先ほどまで中央で大きな声で指示を出していた彼が近くまで来ていた。判断からして、この戦闘の終わりが近いことを認識したんだろう。

「今日はもう終わりそうですね」

「そうだな」

 うしろを振り向くと、すでに勝った気になっている何人か抱き合っていたりする。大げさなと思ったりするが、これは勝利を確信したときのいつものことだ。止めた理由もない。

「今日は1杯くらいやっていくか?」

「いいですね。でも、けっこうギリギリですよ?」

 腕時計を見せながら話すと、彼は大きく肩をすくめて見せた。時間的にたしかに厳しそうだと語っているように見える。

 魔物の動きが完全に停止して、兵士たちの勝利の雄叫びが聞こえたのは、そのすぐあとのことだった。

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