格闘少女物語ブレイク!~新米教師と天才少女と初心者2人が全国大会を目指す話~萌えて笑えて時々泣ける青春格闘部活小説。部活ものが好きな方はぜひ!※男は顧問だけ。たまに顧問×生徒、ガールズラブ展開も

@tatekawa-kei

第1話

朝日野女子高校校舎の東側二階は、部室棟である。

 その一角にある、『第五格闘部』と銘打たれた教室の扉を開けた少女が二人。


「……入部希望者、ね。ううんと……名前教えてもらえる?」


 半開きの扉から顔を覗かせた体操服姿の女生徒が、何かの書類を片手に少女達の名前を尋ねたのだった。


「樋口麻衣、と」


 最初に答えたのは、黒髪を薄く茶色に染めたやや吊り目の少女だった。冷淡な性格に見える顔つきと、話し方も淡々としていて気が強そうな印象を受ける。

 服装はえんじ色のブレザーに黒のプリーツスカート。この学校の制服である。


「大星由紀です」


 麻衣、と名乗った少女に目配せされ、続けて答えたのは黒髪の清純そうな少女。短めの髪を後ろでまとめてポニーテールにしており、顔にはぽつぽつとそばかすが見える。


「樋口さんと大星さんね。……ああ、経験者じゃないんだ」


 体操服の少女は途端に残念そうな顔をした。麻衣と由紀はきょとんとしていたが、すぐに言葉が続けられた。


「悪いけど、うちもう部員制限いっぱいなんだよね。ベルヒット経験者以外は入部できないの。わざわざ来てもらったのにごめんね」


 彼女はそう言って、麻衣と由紀が返事する間もなく扉を閉じてしまった。


「あ……」

「ちょっと待っ……」


 二人は同時に声にならない声を漏らした。

 それから顔を見合わせてがっくりと肩を落とし、大きくため息をついたのだった。

 由紀がぽつりと呟く。


「……また駄目でしたね」

「やっぱり格闘部は経験者じゃなきゃ入れてもらえないのかな……」


 麻衣がそう答え、二人は渋々その場から撤退し歩き始める。


「どうします? 一応三階にも第六格闘部の部室があるみたいですけど……」


 樹脂系素材の白くてすべすべした廊下の上、等間隔に構える木製の扉を眺めながら二人は歩いていく。


「……私は行きたい。どうしても、格闘部に入りたいから」


 やや吊り目の少女、麻衣がそう返答した。


「由紀は私に付き合ってくれなくてもいいよ。私が勝手に行きたいだけだからさ」


 そう言って由紀に帰るよう促す麻衣だったが、


「私も帰りませんよ。可愛い麻衣ちゃんの二の腕をもう少し堪能するまでは。むふふ」


由紀はむしろ抱きつくように麻衣の腕を掴み、にやりと笑みを浮かべる。


「ぎゃっ! ちょ、ちょっと、いきなり何するのよ!」


 突然腕をつかまれて困惑し赤面する麻衣。


「まあまあいいじゃないですか。減るもんじゃないし。行きましょ」

「もー、ついこないだまで赤の他人だったのに。ホントに馴れ馴れしいんだから……」


 にやにやしている由紀に対し、麻衣は動揺しながらもそこまで嫌ではない様子だった。

 それで少し気分が和んだようではあったが、基本的に二人の背中に元気はない。


「次で駄目だったら、格闘部以外の部活を探さないとね……」


 彼女達はすでに五つの部活に入部希望し、その全てで断られていたからだった。


 入部希望したのは第一から第五までの五つの『格闘部』。格闘部、というのはこの学校内だけでの通称であり、実際には別の呼び方をするのが正しい。『新格闘技』であったり、『ベルヒット』であったりと、格闘部が行なう競技には複数の名称がある。


 新格闘技、ベルヒット。性別問わず安全に楽しめる打撃系格闘技として数十年前に考案されたその競技は、今や世界の格闘技における一つの潮流として認められていた。


 そして、麻衣と由紀が入学したこの朝日野女子高等学校は、ベルヒットの高校大会において道内最強との呼び声も高い私立高校なのである。道内のみならず道外からも、多くの学生がこの学校の『格闘部』目当てで集まり、部員数は増え続け、今では6つもの格闘部が創設されるに至っている。


 しかしそれだけ多くの格闘部があってもなお、部員数制限をかけなければ部活の運営が滞る状況であり、ベルヒット経験者でもない素人は入部自体が認められないという有様だった。


「まあ、うちの学校は他の運動部でも遊びとしてベルヒットやったりしますから。ベルヒットが出来なくなる、ってわけじゃないと思いますけどね……」


 二人は廊下をつかつかと歩いていき、校舎の東端にある昇降階段までたどり着く。

 二人はそこを上り三階へ、さらにすぐ近くの部屋の前までやってくる。


 『第六格闘部』部室。すでに五つの格闘部で入部を拒否された二人としては、ここが最後の頼みの綱であった。


 二人はドアの前で一度深呼吸し、麻衣が満を持して扉を叩いた。

 拳で二度、トントンと音を立てて。

 すると扉が開かれ、中から格闘部の部員らしい身なりをした人物が現れた。

 現れた彼女は明るめに染めた茶髪に、きつめの化粧をしていた。全身に競技用のプロテクターを装着し、両手両足にグローブとシューズを履いている。


「あの、ここって第六格闘部、ですよね?」


 そう尋ねたのは黒髪の由紀だった。


「あ? そうだけど。何、あんたたち」


 ぶっきらぼうに聞き返す茶髪の女。気性は穏やかではないらしい。


「私達、第六格闘部に入部したいと思ってるんですけど」


 麻衣が後に続ける。すると茶髪の女性は一度怪訝そうな表情をしてから、麻衣と由紀の様子を頭から足の先まで舐めまわすように観察した。

 その眼光があまりに鋭利だったため、二人はたじろいでしまう。


「……あんたら、経験者?」

「い、いえ、違いますけど……」

「……ふぅん。まあいいや、とりあえず中入ってよ」


 茶髪の女性は案外あっさりと二人を部室の中に案内した。


「あ、はい。失礼します」

「失礼しまーす……」


 二人は軽く挨拶しながら部室の中へと入っていく。

 そこで二人が見たのは、茶髪の女生徒と同じようにグローブやプロテクターに身を包み、椅子に座った五人の生徒達だった。第六格闘部の部員であろう。


「甘和かんな、その子達なに?」


 その中の一人が、由紀たちを迎え入れた茶髪の女生徒に訪ねる。


「入部希望者だってさ。経験者じゃないみたいよ」


 由紀と麻衣は自己紹介をしようとしたが、その前に別の部員が口を開く。


「マジ? ちょうどいいじゃん」


 由紀と麻衣を見る部員達の目はどことなく冷めていて、由紀たちにとっては気味が悪く感じられた。

 よく見れば部室はひどく散らかっていて、その部屋を利用している人達の様子を表しているようだったのだ。


「そうだねぇ。んじゃ一年生、早速だけど仕事頼まれてくんない? 私ら今から部活の準備しなきゃいけないからさ」


 茶髪の女生徒がそう言う。由紀と麻衣は目を点にして聞き返す。


「仕事、ですか?」

「そうそう。ちょっとひとっ走りしてさ、五人分のジュース買ってきてよ」


 まるで普通の事のように平然と言ってのける彼女。しかし麻衣が食ってかかる。


「ちょっと待ってください。まだ正式に入部してないし、顧問の先生にも会ってないのに。それにそんなの部活の練習と関係ない。パシリさせたいだけじゃないんですか」


 すると第六格闘部の部員達は一斉の目の色を変え、口々に答える。


「だから、ちゃんと仕事すりゃあ部員にしてやるって言ってんのよ」

「顧問なんかハナからいねーよ」

「水分補給は大事だろ。練習と関係あっからさ」


 責めるような口振りでまくし立てる。茶髪の女生徒が彼女達をなだめようとする。


「まあまあいいじゃん。一年生なんだし、色々分かってないのはしょうがないよ」


 それから由紀と麻衣の方へ振り返り、彼女は説明を始めた。


「うちの部活さ。しばらく前から顧問がいないんだよね。いるにはいるんだけど、名ばかりっていうか、ね。だから部活の運営は生徒である私らが自主的にやってんの。うちの部活に入りたいなら、先輩の言う事は聞いておいた方がいいと思うよ?」

「そんな、横暴な……」

 由紀が納得行かない様子で言葉を濁す。


 しかし気にせず、足元を見るような口調で茶髪の女生徒は尋ねた。


「横暴だろうがなんだろうが、うちじゃそれがルールなのよ。……んで、どうする? ジュース買いに行くの? 行かないの?」


 麻衣と由紀の二人は黙り込んでしまう。

 二人は格闘部に入りたいと思っている。しかし、どうも第六格闘部は彼女達が想像していた雰囲気とは違うようだ。正式に入部もしていない段階で先輩にこき使われるなど、彼女達の常識ではあり得ないことだった。


「……買ってきたら、入部させてくれるんですか?」


 不快な感情を押し殺すように、麻衣が聞き返したのだ。


「もちろん。お、行ってくれるの。買ってくんのはスポドリでいいよ」

「行きますよ。……お金は」


 隣で目を白黒させている由紀を尻目に、麻衣が話を進める。


「今財布だせないからさ、立て替えといてよ。んじゃ、よろしくね」


 茶髪の女生徒が言い終わるや否や、麻衣がぐい、と由紀の腕を掴み、扉を開けて部室の外に飛び出した。


「ぅわっ、麻衣ちゃん?」


 突然の事に戸惑う由紀。麻衣は彼女の腕を掴んで走りながら、呟く。


「ごめん。勝手に話つけちゃって……。あいつらムカつくけど、私絶対格闘部に入りたいんだ。もうここしか入れる可能性残ってないから、嫌だけどあいつらの言う事聞くよ」


 その面持ちは真剣そのものだった。そうまでして彼女が格闘部に入りたがる理由は、由紀には分からなかった。俯きがちな麻衣の顔を、由紀はしげしげと眺める。

 二人は徐々に走るスピードを落として行き、最終的には廊下の途中で立ち止まった。


「……だから由紀は、他のまともな部活に……」


 麻衣はそう言って、掴んでいた由紀の腕を離した。

 まるで、ここでお別れだと言わんばかりに。


「待ってください。私も行きます」


 だが、今度は由紀が麻衣の腕をがし、と掴み、離さないように抱え込んだのだ。


「へっ? で、でも由紀は……」

「甘く見ないで下さい。これでもハートは強い方ですから。それに先輩にこき使われる一年生なんて、体育会系の風物詩みたいなもんじゃないですか。私はどこまでも麻衣ちゃんについていきますよ。主にこの二の腕目当てで」


 全く怖じる気配もなく、不敵な笑みを浮かべている由紀。

 麻衣はその様子を見て小さく吹き出し、表情をほころばせた。


「だから、私らまだ知り合って一週間経ってないってば。馴れ馴れしいなあ、もう」

「うふふ、馴れ馴れしいのが私の長所です」


 二人は笑いあってまた歩き始める。

 麻衣は歩きながら、ふとこんな事を考える。


(馴れ馴れしいけど、この子と一緒なら、不思議と怖くないや……)

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